下を見てたのはオレだけかよ
ふふふ……。
こうして──他所の男を自分のために働かせるってのは中々、悪くねェ眺めだな。
「……相当鍛えてんだな。オレより力あるんじゃねェの?」
「勿論鍛錬はしてるが、生まれつき力が強かったのもあるぞ。試してみるか?」
「イヤ、追加でもの壊したくねェし、遠慮しとくよ」
生まれつき力が強くて、後は鍛錬……か。
てことは、オレと概ね同じってことだが……言ってること相当だぜ。
オレは「勇者シエル」の「全盛期」の力をそのまま受け継いでんだぞ? そのオレと同じか……上回りかねない力なんだ。とてつもない鍛錬してんのは間違いねェ。
エスクリやマージュの仲間として引けを取らない……むしろ逆に食いかねない実力者だ。
「にしても──思ってたより手際良いじゃねェか。経験があんのか?」
「故郷で多少な。昔はやんちゃ小僧だったんだ」
「へェ。そんな感じするよ、アンタ」
ヴィク。
オレの分身二人の尻に敷かれてて、今オレの前で壊した壁をせっせと直してる男。
別にここは廃墟なんだし、元々壊れかけみたいなもんだったから無理に直す必要なんざねェんだが……ま、選択肢が二つあるなら得する方を選ぶべきだ。
ま、弁償を頼んだのはそれだけが理由じゃねェけどよ……。
「エスクリとマージュは何て?」
「『手伝おうか?』って言ってくれたな。『俺が原因だから大丈夫だ』とは言っておいたが」
「へェ、そう……ふふふ」
そうだ。
こうしてコイツに弁償を頼んだ理由の一つに──アイツらへの当てつけってのがある。
仮にも運命共同体とはいえ……アイツらが原因で俺は逃げ回り、家を壊され、勇者シエルのイタいファンとして振舞う必要が出ちまった。
だからこれは「アンタらのお気に入りはオレが独占してやるぞ」っていう、ささやかな意趣返しだ。
……それと、あともう一つ、見定めなきゃいけないことがある。
どうして、オレの分身たちがここまでこの男に入れ込んでるのか。
だってそうじゃないか?
エスクリ、マージュ、エペ。この勇者だけのチームに──なんでだってシエルじゃないただの一般人、ヴィクが混ざってる?
顔がいいから? 体がいいから? まァ、それもあるだろ、俺だってコイツのことは良い男だと思う。前世でも一線級の傑物だからな。
でも、それだけじゃねェはずだ。
多少なりとも話しててなんとなく分かったが、三人……二人と一本とも、どうにもコイツにかなり高い評価をしてる。
エスクリは……無自覚なんだろうが、頻繁に独占欲を漏れ出してた。
マージュはアイツに頼られたい、力になりたいってのが透けて見えてる。
エペは過度に称賛こそしないが、エスクリやマージュにするように咎めたりもしない。
三人とも、コイツに入れ込んでるのはもう火を見るより明らか。
なのに、同じ魂を持ってるはずのオレが、正直全然理解できねェ。
……いや、良い男なんだけども。
オレも初対面でなんかビビっとくるものがあった気がするけど。
だからそれが気になった。
「……なあ、アンタ」
「ん? なんだ?」
「アンタ──なんで『勇者シエル』に憧れてんだ?」
オレはコイツの前だとイタい勇者ファンのフリしねェといけないから、あんまりこんなこと聞くべきじゃねーんだろうけど。
エスクリの言う「勇者シエルに憧れて旅をしてる」ってのが事実なら、コイツの行動理念はそこにあるはずだ。
だから、それを聞けば。
コイツのことが少し理解できるかもしれない。
「……先に言っておくが、気分を害しても許してくれよ」
「……ん? ………………ああ、そうだな。オレから聞いてるんだからな」
何言い出すかと思ったが……そうか、コイツの中じゃオレは厄介な勇者信者なんだった。
これから喋る内容が解釈違いかもしれねェから先に断っておくぞってか。
面倒臭ェなこの設定。
「俺は……勇者シエルが高潔で世界のことを一心に思っていた英雄だと、知らされている。世間一般的な所謂、野蛮な豪傑ではなく、だな」
「おう。その解釈に文句はないぞ」
「そして、圧倒的な才能を持ちながら、それを決して己の欲望のためには使わず、ただひたすらに正しいことのために振るった……と」
「まァ……そうだな」
「また、勇者シエルは、通説と違って、病弱でもあったと、俺は聞いている。それでも折れずに、悪に立ち向かい続けた……それって凄いことだ。だよな?」
「……いいぞ」
……ああ、クソ。
事実なんだが……無性にむず痒いな。
確かに前世のオレはそう思うこともあったが……他人に面と向かって言われるとこうもこっぱずかしいもんなのか。
「そんな彼の生き方に憧れた……ってのは、おかしいことじゃないはずだ」
「そうだな、おかしくなんてねェよ。むしろ思ってたより正当な理由で拍子抜けした」
てっきりとんでもなく錯倒した想いでも拗らせてんのかと思ったが。
本当に正当な理由だな。話の内容が限りなく正史に近いってことを除けば、概ね現代人が勇者シエルに憧れる理由と同じなんじゃねェか?
「だから俺は、勇者シエルを目指して、鍛錬を続けてる……まあ、程遠いけどな」
「……なるほど、ね」
……ははっ、なるほどね。
そりゃ、好かれる訳だ。
エスクリも、マージュも、エペも。あの三人は勇者としての使命を強く意識してる。
そんな連中にとって、自分の行いを真っすぐに肯定してくれて、同じく世界を守る使命に身を投じてる人間ってのは──魅力的に映るだろう。
そして──オレとは相性が悪すぎる訳だ。
折れずに使命に立ち向かい続けた……それは前世までの話。
心の奥底では……少なくとも俺が受け継いだ一面では「こんな日々もう嫌だ」「逃げ出したい、諦めたい」「自由になりたい」って欲望がずっとあった。それを過剰な正義感と使命感で押し潰してただけだ。
で、そのストッパーがなくなった今のオレにとっては、コイツが憧れるその側面をまるで持ちえない。
だから、共感できないんだな、オレは。
「……ま、せいぜい頑張りな。理想を追いかけるのも楽じゃねェぞ」
「ああ、分かってる……さて、休憩終わりだ。続きやるか」
まァ、すっきりしたよ。
こんな良い男に現実突き付けられたのは悲しいが……それでオレが変われる訳でもねェし。
今日は知りたいこと知れただけで満足さ。
*
おお……!
壁の修理も、だいぶ形になってきたな。三分の一は塞がったし、補強も終わった。
この調子じゃ、あと数日ここで寝泊まりすりゃ元の壁より頑丈になるかもしれねェぞ。
いい仕事だ、文句のつけようがない。
「……ふぅ、結構進んだな」
「お疲れさん、やるじゃねェか」
「そう言ってくれると助かる。すぐに元に戻してみせるぞ」
へェ、頼もしい言葉だ。
アイツらには勿体ないぐらいだな。
ま、それならオレにはもっと勿体ない存在なんだけど。
オレと違って、アイツらは世界中のボスを倒して回るって使命の持ち主なんだし……。
……ん?
ボス?
「あれ、ヴィク──テメェ、ここのボスのこと教えたっけか?」
「? 初耳だぞ」
おっとォ……そういやそうだった。
あの時エスクリとマージュには話したが……コイツは蚊帳の外だったんだよな。じゃ、まだここのボスのこと詳しく知らねェのか。
しまったな、オレとしちゃ全員巻き込むつもりだったし、コイツにもし反対されたら困るんだが……。
「ただ──やっぱりここにもボスはいたのか。なら、街を出るのは後になりそうだな」
……。
………………ふゥん?
「お前……結構やる気だな?」
「当然だ。そのために旅をしているからな!」
おおう、笑顔が眩しい。
いやでも、そうだよな。「勇者シエル」を目指してるってんなら、乗ってくるのは当然か。今の話聞いて、その上でコイツが「ここのボスだけは素通りする」なんて選択肢取る訳ねェよな。
こっちとしても好都合だ。オレは世界の命運に興味無いが、この街から出たい気持ちは本物なんだし。ボスを倒す上で強力な人材が増えるなら万々歳だよ。
そうと決まれば、コイツにもさっさと教えてやるか。
知ったが最後、もうこの街から出られねェが……勇者シエルのファンなら本望だろ。
「なあ、ヴィクトール。ボスのこと、教えてやるよ。着いてきな」
「いいのか? 何から何まで悪いな」
即答かよ。
魔物相手には恐怖とか感じねェんだろうな。やる気満々でオレは嬉しいぜ。
じゃ、勇者組にもやったように、屋上に連れてって、見せて教えてやろう。
ここからじゃ屋根が邪魔で見えねェし、実際にものを見た方がよっぽど分かりやすい。
「いいって、オレだってボスは倒してェんだから。ほら、屋上はこっちだ」
「………………屋上?」
「ん? 何やってんだ? 早く来いよ」
「……あ、ああ。分かった。今行く」
「ほら、見ろよ。あれが、ここのボスだ」
ちょうど雲が切れて、あの影が出てきやがった。
ほーら、今日も今日とて元気に空を飛び回ってるぜ。こんな日まで毎日監視に勤しんで、お疲れサマだよ。
「……よりにもよって、鳥……か」
……よりにもよって?
あァ、そうか。ヴィクも戦士だもんな。空飛んでるヤツ相手ってなるとオレと同じで分が悪いだろ。
圧倒されてるなァ。若干冷や汗だってかいてるし。
無理もねェ、初めて見たら誰だってそうなる。二十メートルの化け物が、頭上を飛んでるんだぜ?
武器ぶん投げるか、魔法使うかすれば遠距離攻撃はできるが……コイツからは特に魔力感じねェし、武器なんざ投げてもアイツには届かねェしな。
ただ、一切下向かずに、クソ鳥を睨み続けてるのは流石というか。
「もっと近くで見たいか? 端まで行けば……」
「いや、ここでいい。十分だ」
「ん? そうか?」
……まァ、無理強いはしねェよ。
でも、あいつの飛行ルートを見るなら、あっちの角の方がいいぞ?
そんなにボス討伐に興味があるなら、もうちょっと知りたがってもよさそうなのに──
──ヒュオオオオッ!
「お……っと──突風か!」
こりゃまたタイミングの悪い。
せっかく人連れてきてる時に危ないもん飛んできやがって。
ここ結構高い場所だから急にこういう突風が吹いてくるんだよな。
しっかり踏ん張るか、何かに掴まってさえすればそこまで脅威でもねェけど、完全に無防備だと体ごと持ってかれたりして……。
「……ん? ヴィク?」
……?
いねーぞ。さっきまでヴィクが立ってた場所に──誰もいねェ。
あれ、おかしいな。吹き飛ばされたか?
いや、そんなことあり得ねェか。あの筋肉だしな。
……まさかな?
屋上の縁に、必死にしがみついてる手が見えた気がするが……いや、まさか……。
「わ、悪い! 助けて、もらえるか!」
「何やってんだテメェ!?」
あっぶな! あっぶね!
風くらいでよろけてんじゃねェぞ!? いやここに連れて来たのはオレだけど……んな馬鹿なことお前みたいな男がなるか普通!?
「あーもう! 引っ張ってやるからさっさと上がってこい!」
なんでオレがこんなことしなきゃならねェんだ。
ここが高くて危ない場所なのは分かってたが……マジでここから落ちそうになるとは。
これがヴィクで幸いだったというか。マージュなら縁にしがみつきもできねェし……。
ただそれでも、まさかコイツが風にあおられて吹かれちまうほどのドジっ子だったなんて、いくらなんでも予想できる訳が……。
「い、いや、できない!」
「……は?」
「俺は──高い場所がダメなんだ!」
……。
…………。
………………?
「はァ!?」
*
なんとか引き上げて、部屋まで戻ってきたが……まさか、こんなことになるなんて。
オレがエスクリやマージュじゃなくて良かったな。引き上げられる確証無かったぞ。
「その、悪かったな。アンタがそういうの苦手だって知らなくてよ」
「……いや、俺の方こそ、迷惑をかけた。ありがとう……」
まだ顔色が悪いな。重症だぞ、こりゃ。
まァ、高所恐怖症の人間があと指数本で崖底にまっしぐらって状況だったなら……こうなるのも仕方ねーか。
下の方見なかったのも……クソ鳥を見てるからじゃなくて怖かったから?
いや、人間味があるっていうか……完璧超人よりは可愛げがあると思うぞ。そこまで落ち込むなって。
「でもよ──どうして言わなかった?」
「……」
そこは疑問だ。
高い場所が怖いなら一言そう言えば、オレだって口答説明で済ませたぜ。
そりゃ、恥ずかしいってのもあるだろうさ。男って女の前だと見え張りたくなるもんな。
オレも前世で覚えあるぜ、上手くいった覚えないけど。
「……その、まさか──これほど高いとは……思わなかったんだ」
「あー……」
そういや、そうか。
いくら山の中にある都市トロワジーとはいえ、今この場所が──切り立った崖の上にあるなんて、知らねェよな。屋上を見せたのはエスクリとマージュとエペにだけだし。
で、階段登ってる時も壁しか見えねェ。屋上に出た瞬間、いきなり崖先の風景が広がるから……そりゃビビるか。
「それに……ボスの情報は、しっかり手に入れておくべきだ。重要な情報だと思ったから、多少の無茶は……必要だと」
……なるほど。
屋上って聞いてビビっちゃいたし、実際に出てからはずっとビビりっぱなしだったけど、それでもボスの情報を求めて立ち尽くしてたと。
そりゃそうか。この街の人間っていくら話しかけてもボスの話題は一切提供してくれないし。コイツらにとっちゃ貴重な情報か。
で、恐怖で踏ん張ることもできず、風にあおられたが最後、そのまま落っこちかけたと……。
「……情けないとこ見せた。笑わないでくれると助かるんだが……」
「笑わねェって。俺だって苦手なもんの一つや二つあるからよ」
前世でニンジンが中々食べられなかったりな。
今だって自由を求めて「使命」なんてものに嫌悪感満載な訳だし。
……いや、ちょっとだけおかしいな。
笑わねェって言ったばかりだが、どうにもギャップが大きすぎる。
多分、あの元シエル二人も、この事実は知らねぇんだろうな。
コイツがまさか──ただの「高いところが怖いお兄さん」だなんて。
アイツらはここの屋上がめちゃくちゃ高いことは知ってる。実際一度見に来てるはずだし、まさかこの崖を「低い」って考えてるなんてこともねーだろ。
で、ヴィクは二人に連絡してからこっちに来てるんだ。もし知ってたら、こっちに来る前に止めるなり、警告するなりするはずだろ。
でも、アイツらは何も言わなかった……ってことは、そういうことだ。
ヴィクだって、そんなカッコ悪いことわざわざ二人に言いたくねェだろうしな。
「ま、元気出せよ。あの二人には秘密にしといてやるから、な!」
「……ありがとう、リュト」
「いいって」
じゃあ、今……。
この事実を知ってるのは──オレだけってことか。
……おお、案外悪い気分じゃねェぞ?
むしろなんか良い気分だ、ふふふ。
この男がオレと同じでニンジン食べられない、お化けが怖い……なんてことねェだろうし。多分唯一の弱みなんだろう。
屈強で、ツラの良い、現代でもトップクラスの実力者。
そんなコイツが実は、「高い場所が怖い」だなんて、弱くて、情けなくて、でも人間くさい一面を持ってる。
そして、それを知ってるのはオレだけ。
「……安心しな。誰にも言わねェから」
「恩に着る……リュトは、口が堅くて助かるよ」
これは、オレたち二人だけの秘密だ。アイツらに教えてやる義理はねェ。
そう考えるとコイツも一気に可愛らしく見えてくるから不思議だな。
ボスを倒した後はまた独り旅を始めるから、せいぜいそれまでの秘密だし……結局オレがあの二人と同じくらい入れ込む理由にはならねェけど。
今回この事実を知れたのは、オレがここに住んでて、たまたまコイツを誘ったから。
偶然だけど──なんか、得した気分だ。
「でもよ、ボスってデカいだろ。ある程度の高さって、よくあることじゃねェの?」
「ああ、それなら問題ない。魔物相手ならマシになるんだ。アイツらは倒すべき災厄だからな、恐怖もあるがそれ以上にやる気も満ちて来る」
「えぇ……」
なんだその理屈。
やっぱコイツもちょっとズレてんな。
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