藪つついたら自分が出てきたんだけど
この街にまた──「余所者」がやって来た……らしい。
「またか……」
地図にも載ってねェ──こんな山奥に迷い込むとは。
大方、山を越えて向こう側に行きたかった……ってとこか、可哀想に。
何も知らねーんだろうが、ここは地獄の釜の底みたいなとこ。
わざわざ死にに来たようなもんなんだぞ。
まァ、ボク……オレがここにいる経緯も似たようなもんだが……。
「どんな顔してるか、拝みに行くか」
別に放っておけばいいんだが。
関わることの危険性もあるし、自分が可愛けりゃ、見て見ぬふりをするべきだ。
ただ──この街の連中はそうしてない。目を逸らしたり、口を閉ざしたり、あえて悪態ついたりして──誤って街に迷い込んじまったヤツに「居心地が悪いからさっさと出ていこう」って思わせるよう振舞ってる。
何も知らない被害者を、巻き込む訳にはいかない。それが、この街の生き方だ。
で、今やオレもその街の住人。なら、その生き方に従うべき……なんだよな。
「入ってったのは……あの店だな」
よし。
オレもいつも通り、客のフリして店に入って、偶然装って「早く出てけ」って脅しに行くか。
場合によっちゃ「実力行使」チラつかせて、それで上手くいけば早めに追い出せる。無理そうなら……実際にブン殴る訳にもいかねーし、「この街の新しい一員」ってことで仲間入りを受け入れることになりそうだな。
──カランコロン……
「よっすおっちゃん、邪魔するぜ。水出してもらえる?」
「リュトか……今、余所の奴が来てるから……」
「分かってるって。分かってて来たんだよ」
俺の目的はその本人に脅しって名前の忠告することなんだから。
……にしてもまァ、息が詰まりそうな雰囲気だな。普段は賑やかなんだが、「余所者」が入って来たから全員それどころじゃなくなったって感じか。
で、問題のターゲットは……おっ、アイツか?
ふーん、結構イイ男……じゃなかった。
飲み物二つ持って……自分の卓に戻ろうとしてんだな?
逃げられちゃ困る。迷ってる時間はねェ、さっさと済ませるぞ。
「なァ、アンタ」
「ん? なんだ?」
……急に腕掴まれたってのに静かだな。動じてねーのか。
ムカつくな、その余裕。こっちは善意でやってやろうってのに。
……筋肉スゲェな。
握っててびっくりした。結構力込めたつもりだったんだがまるで沈まねェぞ。まあいいけど。
「アンタ、余所者だろ? 悪いことは言わねェ、さっさと帰れ」
「……急に言われてもな。俺たちは旅の途中だ、休みたいだけなんだが」
……遠回しな言い方なんか通じねーとは思って単刀直入に行ってみたが、そう上手くはいかなかったか。
にしても、「休みたい」? 知らねーからそんなこと言えるんだろうが、ここは休息にゃ一番向いてねェよ。
「アンタがニブチンならお気の毒だが……周りの『さっさと出てけ』って圧は感じねー?」
「確かに感じる──だが、俺たちに迷惑をかけるつもりはないし、訳があるなら話してくれれば考える」
「……『訳を話せない』っつたら?」
「悪いがそれなら即断できないな。一旦飲み物置きに行くから戻ってから話さないか?」
こんの……!
訳を話していいなら話してーんだよこっちも。だけどこちとらそれが「できない」んだよ。
だからこうして言ってんだろ。やっぱ言葉だけじゃダメか。なら、少し脅してやるか。
「ボク……じゃない、オレの忠告が聞けないってのか?」
「忠告するなら、理由を言ってくれ。あと飲み物が温くなるから放してくれ」
「理由を言いたくねェんだっての。実力で教えないと分からねェのか?」
「待てよ、何をそんなに。あと飲み物が零れるだろ」
「いい加減飲み物置けよテメェ」
なんでずっと持ったまま置かねェんだよ。
そもそもなんで二つ同じ飲み物なんだ。デケェサイズの頼めばいいだろーが。
困ったな。結構殺気も出して凄んだつもりだが、まるで動じた感じがねェ。
かなりのやり手なのかもだが、脅しが効かねえならもう忠告の手段が尽きちまった。
「待ってくれ。お前が相当な手練れなのはその握力から十分伝わるし、訳があるのは分かるから、俺としてもきちんと話がしたい」
……は?
「……なんだそれ、口説いてんのか?」
「いや……そうだな、口説いてると思ってくれ。逃げる気はないしすぐ戻ってくるから」
「……そうかよ。いいぜ、置いてきな」
「ありがとう。すぐ戻るからな」
……ああ畜生。
悪い奴ではねェってことは分かる、よく分かる。
これでコイツが行け好かねえヤツなら無理矢理にも追い出して助けてやれるんだが……こうイイヤツだとつい鈍っちまう。
そもそも、飲み物なんざカウンターに普通に置けば……って、ああ、そういうことか?
もしかしてアイツ連れがいるのか。てっきり迷い込んだのは一人だと思ってたが、他に仲間がいて、ソイツに頼まれたから飲み物を取りに来てた途中だってことか? それじゃあ説得する相手が人数分増えちまうじゃねーか。人数差もあるし、脅しだって効かなくて当たり前だ。
なら、アイツが戻ってった卓が連れのいる卓ってことか。
……あ? なんか光るもんが四つこっち向いて……。
──「って……金色?」
──「えっあっ、ホントだ……って、えぇっ!?」
………………はっ?
……嘘だろ、見間違いか? 照明の加減か?
いや、違う。間違えるわけがねぇ。あの色と輝きは……オレが毎日、鏡の中で見てる色……。
……ってことは、まさか。
「ヤバい!」
「え、リュト? ど、どうした?」
「おっちゃん悪い! 金は後で払う! じゃな!」
まさか『あの目』をしたヤツが来てるとは思わなかった!
とにかく──逃げねェと!
「いや、水だけだから別に構わないが……」
*
──『逃げた! 二人とも! さっきのあいつ、追いかけるよ!』
──『う、うん! ヴィクくんも、早く! 後で説明するから!』
──『え、あ、おう──すまん主人! 代金は置いていく! 釣りは要らない!』
マジかマジかマジか! こんな場所で出会っちまうとは。完全に油断しきってた!
なんでこんなことになっちまうんだよ、ただの親切心だぞ? 余計なお節介焼いた罰か? ……いや、今はそんなことどうでもいい!
「ハッ、ハッ、ハッ……」
とにかく走れ、もっと速く。一秒でも早く、一メートルでも遠くへ。
アイツらとはできるだけ関わりたくねェ。運よく見逃してくれる可能性もあるっちゃあるが……あの金色の目はオレが気づく前からこっちを見てたんだ。目をつけられてたって考えた方が合点がいく!
目指すは路地裏だ。狭くて暗いが、今のオレには好都合。入り組んだ道なら、撒くチャンスはある。
こっちはここに来て早一年余り、来て数時間のアイツらより詳しいはずだ。この街の地理を叩き込んでる、土地勘なら負けねーぞ。あの角を曲がって、次の辻を右に行けば……。
──ヒュンッ!
「おっとォ!?」
なんだ今の音、風か?
いや、違う。もっと鋭い。何かが空気を切り裂いた音か。
嘘だろ。まさか、もう追いつかれたのか? そんなわけねぇ、オレは全速力だぞ。普通の人間なら影すら踏めねェはず……!
「待ちなよっ!」
とんでもねェスピード!
やっぱ「あの目」の持ち主はタダモノじゃねェってことか!
──ガシッ!
痛っ! ああもう、んな強く掴まなくたって……!
「いい……だろうがッ!」
呼吸を止めて、筋肉を緩めて、相手の力のベクトルを──そのまま別方向にずらす感じ!
思った通り。勢い任せに掴んでるから、力が入ってようとこっちを掴みきれてない。
後ろに引く力に逆らわないで、そのまま流れに乗って──体を半回転、肩を落として関節の可動域ギリギリまで捻じ込めば……ほらな! 指の力が分散する!
「う、うわっ!」
──スルッ
おっしゃァ、抜けたぞ!
再加速だ!
ズッコケた音が聞こえた気がするが、知ったことか。
こっちも本気を出せば無理やり引きちぎれただろうが……流石にそんなことやる訳にはいかねェし。悪いな、力比べに付き合ってる暇はねーんだよ!
「ま、待て!」
追いかけて来てんのは一人だな。あの男ともう一人いた赤毛の女は追いついてこれてねェ。
ただ、この銀髪の女一人でもとんでもないスピードだ。平面じゃまた追いつかれる。直線勝負じゃ分が悪い。どうする。どうやって撒く?
もっと入り組んだ場所……そうだ、街外れの廃墟エリアだ。
あそこなら崩れかけた壁や瓦礫が多いし、身を隠す場所もたくさんある。
それに、人気がねェ。派手に暴れることになっても、誰にも見られずに済むはず。
よし、方向転換だ。
路地を抜けて、街の端へ!
相変わらずこっちの方は空気が違う。
人の気配が消えて、埃とカビの匂いが濃くて……まさに廃墟だな。
崩れた石垣に苔むした柱、入り組んだ迷路みたいな瓦礫の山。
ここなら勝負できる。撒く自信はある。右へ左へ、死角を利用すれば──
──ゴオオオオオッ!!
「うぉわぁっ!? あっつ!」
は!? なんだ急に!?
目の前に真っ赤な壁が出て来やが……マズイ!
「隙ありぃっ!」
「ぐはっ!」
しまった!
急に目の前が炎の壁で埋め尽くされて立ち止まった隙に……ああ畜生!
「はぁ、はぁ……やっと捕まえたよ! 今後は離さないからね!」
「畜生が……降参だよ」
んなもんずりィって……あんなもん見て隙晒さない方が無理だ。
その一瞬でとんでもない勢いのタックルかましてきやがって。
受け身を取れたはいいが……オレじゃなきゃどうなってたか。
おかげでこうやって組み伏せられちまった訳だが。破けちまうから止めてくれ……。
「──あっ、ヴィク!」
「おお、追いついたか!」
「なんとかね! マージュもナイスアシストだったよ!」
「う、うん! 火魔法だけなら大体のことはできるから……!」
残りの二人も追いついてきやがった……。
てことは……この三人の誰かが魔法使いってことか。赤毛のヤツか?
そもそも、こんな高精度で高火力の魔法が使えるだなんて思わねェだろ。剣背負ってたからただの剣士だと思ったのに。
男だってあれだけ鍛えてて魔法使いな訳がねェし、赤毛の女だって杖持ってなかったから……。
……ああそうか、「あの目」の持ち主は数百年前の人間で杖なんざ使わないんだった。
なんでこんなこと忘れてたのか。
とにかく今のオレは剣士の女、戦士の男、魔法使いの女三人に完全に包囲されたって訳で……逃げられなさそうだな。
はぁ。もう、どうにでもなれ。
「じゃあそろそろマージュ──早くヴィクから降りたら?」
「へっ……」
「おっと、すまないマージュ。追いつくためとはいえ急に抱き上げて悪かった」
「あっうん、でも別にぼくは……」
「は? マージュ?」
「な、何さエスクリ……」
……何の話してるんだコイツら。
*
「じゃあその、これから大事な話をするから……ヴィク、外してくれる?」
「え」
「ごめん、ヴィクくん……でもここからの会話をヴィクくんには聞かせられないから……」
「え」
本当に何の話してるんだコイツら……。
オレが力抜いたら、オレを組み伏せてた「エスクリ」って銀髪の女は解放してくれたし、魔法使いらしい「マージュ」って赤髪の女も火の壁を解いてくれた。
もう逃げないって判断されたか、舐められたもんだ。まァそれでも──実際もう逃げる気はねーけどさ。
やっぱ「あの目」を持ってるヤツは今の時代でも別格の強さってことだよな。それこそボス討伐クラスの。
俺だって相当強い自信があったが、向こうにそれが二人いるなら──今から戦おうって思い直しても敗色濃厚だしよ。
「外すのは別にいいが……どうして俺は毎回ハブられるんだ」
「ゴメンね……」
「ごめんね……」
で、その相手がこのよく分からねェ仲間外れやってる三人組と……。
……はぁ。バカみたいだ、オレ。あんなに息巻いて、余所者を助けに行かなきゃって忠告しに行って……それがこんなオチかよ。
ほら、スゲーとぼとぼしながら向こうの方行っちまったぞ。
あの男──ヴィクとか呼ばれてたか。イイ男なのに、可哀想だな。パーティーん中でも尻に敷かれてんのかな、アイツ。
「で? どうしてここまでして追い詰めたんだよ。逃げたオレが言えることじゃねェが」
ま、向こうの聞きたいことってのは概ね見当がついてるが。
逃げ場はないし、魔法使いがいるなら「嘘も見抜く魔法」を使ってくる可能性とかもあるしな。こっちとしちゃもう観念して何もかもゲロっちまおうかと思ってるが。
「えっと……その前に──ゴメンね! 急に追い回して組み伏せたりして……」
「ぼくからも……ごめんね。当たらないようにはしてたけど、多分怖かっただろうし……」
『僕からも謝るよ。こっちとしても色々確認したいことがあって、止められなかったんだ』
「……フン」
律儀なもんだな。
いきなり逃げ出したのは俺だし、「あの目」を持つヤツらなら俺のこの目を見た瞬間躍起になって追いかけて来ても何も変じゃねえのに……。
……なんだ今の声。
第三者の声が直接頭ン中響いて来たんだけど。
「あっ、さっき喋ったのはこの『聖剣エペ』だよ。今は調子悪いみたいだけど、こうやって会話できるんだ」
「ぼくも初めて聞いたときは驚いたな……びっくりだよね」
『急に話しかけて悪いね。自己紹介はさっきエスクリのした通りだよ』
……?
剣が、喋った?
「……ん? あ、ああ。分かっ……た?」
……いや、でも、まあ、そんなもんか。
エスクリって女もマージュって女も驚いてねェし、むしろ当たり前みたいな顔してる。「あの目」を持ってる人間の装備ならあり得なくないし、もしかしたら武器そのものが「その存在」なのかもしれないし……考えるのは止めよう。
「で、単刀直入に聞くんだけど──キミ、『勇者シエルの生まれ変わり』……で合ってるかな?」
「その、間違ってたらごめんね。魔力が一切感じられないからこっちからは確証が持てなくて……ああ! もし一般人の方なら精いっぱい謝るし、慰謝料だって払うから……!」
『マージュ、落ち着いて』
「……ハッ」
言われた、言われちまった。
正直、あんまり聞きたくなかった言葉だし、こっちは忘れようと色々努力してたんだが……まァ、隠しても無駄か。
オレのこの『目』が、何よりの証拠だもんな。
オレだって、アンタらの目を見て逃げ出したんだ。これで人違いだって方が笑わせる。
……はぁ。
ここまでバレてちゃ、シラを切るのも無駄か。
こんな鳥籠の中で、一生飼い殺される運命だと思ってたのに。まさか、向こうからここまで壁をぶっ壊しに来るとは。
「ご名答、だ。よく見つけてくれたもんだよ」
ただ、コイツらは──間違いなく強い。
エスクリはあのスピード。聖剣とかいう『エペ』も持ってるんだ。凄腕の剣士ってことは疑いようがない。それこそ──『前世の姿』そのものみたいに。
マージュはあの魔法。火力も精度もとてつもない魔法を、一切消費無く繰り出してた。スタイルに変化が無いってことは──今でも通用してるってこと。
そして、最後の一人──あのヴィクとかいう男。このオレですら驚くような肉体をしてて、殺気にもビクともする様子を見せなかったし。
しかも尻に敷かれてそうとは言え、この二人のパーティーメンバー。ポジションが同格だろうが、下っ端だろうが、実力者なのは自明だ。
全員、ただの人間じゃねぇ。オレと同じ、イヤそれ以上の化け物だ。
もし、コイツらが本気なら……もしかしたら、『アレ』相手だって、勝機があるかもしれない。オレ一人じゃどうにもならなかった絶望を、コイツらなら打ち破れるかも。
だから……賭けてみよう。
この偶然に。この出会いに。
どうせ逃げ場なんてねぇんだ。
一生ここで飼い殺されるくらいなら、足掻いてみるのも悪くねェ。
「そうさ、オレはリュト」
「勇者シエルの生まれ変わりの──武闘家だ」
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