幕話:観察日記
2章を見返したら都市名を「ドゥジェーム」ではなく「ジェドゥーム」と誤植していました。
ふざけた仕事しやがってこの(´・ω・`)
ドゥジェームを経って三日目。
今日から、日記をつけることにした。
日記は学園に来た当初も書くようにしてたけど……だんだん落ちぶれていく自分を文章に起こすのが辛くなって止めてしまった。
でも今は大丈夫なはず。
旅の記録を残しておくのも大事だと思ったし、今日から再開。
……まあ、三日坊主にならないように頑張ろう。
さて、今日の出来事について。
夕食の時、今後の予定について話し合いがあった。
今日の夕食当番はエスクリ。彼女の作ってくれたスープは、素朴だけど温かみのある味で美味しかった。
どうしてあんなに根菜が入ってたのかは不明だけど。
エスクリに聞いてみても「リ、リハビリだよ! リハビリ!」としか答えてくれなかったし。もしかしたら彼女の苦手克服のため?
まあ、それはそれとして。
重要なのは話し合いの方。
「──ということで、次は『ソワン国』の方に向かいたいんだ」
そう言ってエスクリはエペを差し出していた。
なんでも、あの巨大ワームを倒した頃から、エペの刀身が鞘越しでも分かるくらい熱くなったり、変に伸びたり縮んだりするようになったらしい。
だから、エペを直すために、回復や修繕についての産業が盛んな『ソワン国』に向かいたいと。
で、そのために『シェーヌド山』って山々を越えないか、っていうのがエスクリの提案。
世界中のボスを倒して回る旅に変わりはないし、どこをどう通るかは自由。都合の良いように都度相談して変えていくのが理想的だとは思う。
ただ、これって……。
「聖剣っていうぐらいだし、普通の剣じゃないことは分かってたが……もしかしなくてもこれ、俺の作戦のせいだよな」
「い、いや! ヴィクを責めてる訳じゃなくて!」
「そうだよ! 魔力を込めたのはぼくなんだし!」
つまり、巨大ワームを倒すために行った、「エペに大量の魔力を流し込む」という行為が原因で不調をきたしているのではないか……っていう。
ぶっつけ本番でやったことだし、普通にできたから気にしてなかったけど……エペには魔力の許容量があったみたいで。その反動を今になって受け止めることになったと……。
彼自身は、自分が立案した作戦でこんな事態になったって責任を感じてるみたいだけど……エペにそんな限界があるってことはぼくもエスクリもエペ自身も知らなかった事実ではあるし、ヴィクくんを責めるつもりはない。
どっちかというとむしろ……。
「で……ごめん、ヴィク。ちょっとエペと……じゃなくて、マージュと相談したいから、その……席、外してくれる?」
「いいけど……聖剣の話になると毎回俺ハブられるんだよな」
「ごめんって」
……ああやってちょっと寂しそうな顔される方がこっちには堪える。
まあでも、エペと会話するためには、ヴィクくんに聞かれるわけにはいかない。
だから、こうやって追い出すしかないっていう。
彼は、「分かったよ、薪でも拾ってくる」と言って、大人しく立ち上がってくれた。
そういう優しいところが、彼の……いけない、脱線した。
『……もう彼はいない?』
「大丈夫だよ、エペ」
『そう。あー……なんか変な感じ。人間でいう風邪……みたいな状態なのかな』
らしい。
話しかけても熱っぽいのか、ボーっとした返事が返ってきたり。変形させようとしてもたまに不発だったり。変に感覚が冴え渡ったりもするんだとか。
とにかく、気分が悪そうってのが確かなところ。
「ごめん……エペ。ぼくの魔力のせいで」
『いや、誰のせいでも無いんだって。ただ、早めに「調整」してくれると助かるけど』
調整──つまり、修理だ。
でも、聖剣の修理なんてできるんだろうか。
ソワンまで行けば人間以外にも色々な「回復」を行える場所があるらしいけど……少なくとも、普通の武器屋じゃ門前払いされるのがオチだよね。
まあそれは、実際に行ってみないと分からないか。
「で、山を超えるってのは……」
「あ、うん。地図でみた感じ、この山の周りには人の住んでる場所が無さそうでさ」
エスクリの提案。まあ、その真意はぼくにもよく分かる。
人の住んでる場所が無い……それはつまり、山の周囲にボスもいないってこと。
魔物は人を襲う習性に従って棲み処を決めるから、人のいない場所に住み着くことはない。
要は「周りに助けないといけない地域は無いから、真っすぐ山を突っ切っちゃおう」ってことだ。
勇者の使命を果たすべき場所が存在しないなら、わざわざ山の周りを大回りする必要は無いから。
逆にこの『シェーヌド山』内部についての情報は全然無い。
山の中には人がいるかどうか分からない。つまり、魔物がいるかどうかも分からない訳だ。
どうしてここだけ情報が途絶えてるかはよく分からないけど……。
『まあ、君たちの判断に任せるよ。僕は運んでもらう立場だから、特に異論は無し』
「おっけー。エペもこう言ってることだし、これからの行動予定は『シェーヌド山』を越えて、『ソワン国』へ向かう、で決まりだね!」
エスクリは「山の中にボスがいてもボクたちが蹴散らすし!」と自信ありげだった。
なんて彼女らしい考え方。ぼくは落ちこぼれのままでいることこそ止めたけど、まだあそこまで自信をもって物事を決められるほど優柔不断からは脱却できてない。
そういうところは見習わないとな。
にしても、山か。ここからシェーヌド山まではまだ結構距離があるし、山に入っても越えるまでは結構時間がかかりそう。
馬車はあくまで荷物用だし。もし途中で歩けなくなったら──ヴィクくんに「おぶって」なんて言ってみたり……。
「……いや、これは書かなくていいか」
こんなにちまちま自分の邪な考えまで書かなくても良いかもしれない。
うん、これは真面目な冒険日誌なんだし。書くのは事実だけで十分だよね。
そろそろインクも乾いてきた。
明日に備えて、ぼくも寝よう。
以上、本日の記録終了。
*
ドゥジェームを経って五日目。
眠れない。
いや、眠ろうと思えば眠れるんだけど、なんとなく目が冴えてしまっている。
馬車の中は静か。聞こえるのはエスクリの寝息と、外でパチパチと爆ぜる焚火の音だけ。
まあこれも、日記を書き終える前に寝落ちしないためだと思えばいいか。
今日は生き残ってたワームと遭遇した。
ボスがいなくなって、一気に激減したはずだけど……まだしぶといのが少しいるのか。
まぁ、エスクリがパパっと片付けてた。
おかげで、寝ずの番のヴィク、目が冴えたぼくに対し、ちょっと疲れたエスクリは早めに床につくことにしたみたい。
「ボクはもう寝ることにするよ。二人とも、おやすみ──」
『ねぇ、エスクリ。あの手袋もうそろそろ匂い薄れてきたと思うんだけど』
「──ぶっ!? ちょっ、エペ、それは言っちゃ……ああゴメン! おやすみ!」
……寝る前のあれは何だったんだろう。
ぼくたち二人ともよく聞き取れなかったけど、寝る前の準備をしていたエスクリにエペが何か言ったみたいで。いきなりエスクリが顔を真っ赤にして、「うるさいっ!」って叫んで寝袋に潜り込んだ。
エペはと言えば「うわわわわ揺らさないででででで」って目を回しながら持っていかれちゃった。
今調子が悪いのにめちゃくちゃ振り乱されて……あれで不調が悪化しないといいけど。
……よく考えたら剣に回す目は無いな。
ぼくは何を考えているんだろう。
外ではヴィクくんが見張りをしている。
一昨日はエスクリ、昨日はぼく。だから今日、ヴィクが寝ずの番をするのも変なことじゃない。今までもこうしてきたらしいし。
でも……ぼくとしてはちょっと心配だった。
いつものことだとは言え、彼は強いけど……暗いのが苦手だ。
この前の街中での様子は……震えて、顔色を悪くして、まるで迷子みたいだった。
彼はエスクリに暗所恐怖症のことを隠しているようだけど、今思えばこの「寝ずの番」ってシステムは彼にとって結構苦痛なのかもしれない。
「……今日は強めに火を焚いておく、ね」
寝ずの番している間の光源は弱めの灯火だけ。
もし近くに魔物がいたとして、奴らは野生動物と違って火を怖がる性質が無いから、焚火をそのまま焚いておくっていうのはあんまりよろしい行為じゃない。
だから焚火を消して、弱めの明かりだけで乗り切るのが普通なんだけど……正直、彼には荷が重そうだ。
だから、テントの外、彼が座っている場所の近くに、いつもより少し大きめの火の玉を浮かべておいた。
薪を使った焚火じゃない。ぼくの魔力を燃料にした、純粋な魔法の光。これなら煙も出ないし、風で消えることもないし、燃料切れの心配もない。
ぼくが起きていなくても、寝てしまっても魔力の供給さえ続ければ、朝まで彼を照らし続けられる。
「……助かる、ありがとう」
……ふふふ、助かるだって。ありがとうだって。
やっぱり胸が暖かくなるね。
番をしていたヴィクくんの背中は……特に震えた様子を見せていなかった。
背筋を伸ばして、剣を膝に置いて、じっと闇を見据えていた。
……よかった。ぼくの光が、彼を守れてる。
役に立ってるんだ。ただの荷物持ちじゃなくて、彼が必要とする「光」として、ここにいられるんだ。
今まではどうしてたのかな。彼は一人で旅をしてきた、ボスを十体も倒してきた。
その間、夜はどうしてたんだろうか。一人で、震えながら、朝が来るのを待ってたのかな。それとも、恐怖を押し殺して、無理やり戦ってたのかな。
……想像すると、胸が締め付けられそうだ。もっと早く出会いたかった。もっと早く、ぼくの光を届けてあげたかった。
でも、これからは違う。もうぼくがいる。どんな暗い夜でも、ぼくが照らしてあげる。彼が「眩しい」って言うくらい、明るくしてあげられる。
……なんて、ちょっとポエミーすぎたかな。
日記だからいいよね。誰に見せるわけでもないし。
そういえば……。
『ああ、そういえば彼は暗いところが苦手なんだっけ』
とは、エペの言葉だ。
後で気づいたんだけど、彼もヴィクくんの弱点に気づいてたらしい。『夜中、一人で震えてたからね』だって。
よく考えれば剣のエペは眠ったりしないし、普通に気付くのか……ぼくだけの秘密だと思ってたんだけど。
でも、それをエスクリには言ってないあたり、彼なりの配慮なのかもしれない。
もしかして、ぼくが今こうして日記を書いてることも、バレてたりする?
まあ、仮にバレてたとしても、いいか。彼はぼくだし、別にバレたって特に思うことなんてありはしない。
うん……そろそろ限界かな。
もう眠くなってきたし、今日はここまでにしよう。
以上、本日の記録終了。
*
ドゥジェームを経って九日目。
今日は特に何もなかった。本当に、驚くほど何もなかった。
ただひたすら、馬車で進むだけの一日。平和なのはいいことだけど、日記に書くネタがないのは困る。「今日は一日中歩きました。足が痛いです」で終わるのはちょっと……。
……仕方ない。今日は何か思ったことを適当に書くことにしよう。
後で見返した時に役に立つかもしれないし。
まずは風景。荒野はもうそろそろ抜けられるかも。
見渡す限り、赤茶色の土と岩。たまに生えてる枯れた低木。
「……うん、飽きた」
五分で見飽きるし、文字に起こしてもつまらない。ボスがいないせいで魔物もいないし。
変化がなさすぎて目が滑る。そもそもこれまでぼくが十六年間見てきた景色でしかない。
エスクリは……頻繁にヴィクくんの隣を陣取って、楽しそうに話してることが多かった。
やっぱり彼女は……いや、相棒ならあれぐらいの距離感でも普通なのか……?
エペは……荷台の隅で……寝てる? いや、剣は寝ないよね、疲れてるだけかな。
戦闘には問題ないって本人……本剣も言ってたけど、無理はさせない方がいい。
そして、ヴィクくん。
相変わらず顔が良い。声も良い。ちょっと贔屓目か。
背中は広くて、髪型はワイルドで、姿勢がスッとしてて、健康的な肉体美を今日も晒してた。
汗を拭った拍子に見える二の腕。日に焼けた肌と、その内側の白い肌のコントラスト。
朝、起きた時の寝癖が可愛かった。右側の髪だけぴょこんと跳ねてて、直そうとして手で撫でつけるんだけど、頑固に戻っちゃうところとか。
朝食のパンを食べる時、硬い部分を奥歯で噛み砕く時の顎のライン。咀嚼するたびにこめかみが動くリズム。
水を飲む時、喉仏が上下する動き。飲み終わった後に、手の甲で口元を拭う仕草。その時に袖がめくれて見える手首の骨の出っ張り。
人差し指と中指の間に豆がある。剣ダコかな。使い込まれた革手袋が、指の動きに合わせてきしむ音。
日差しが強くなってきて、眉間にシワを寄せながら遠くを見る目。黒い瞳が、太陽の光を反射して琥珀色に見える瞬間。
汗が額からこめかみを伝って、顎のラインに沿って落ちていく軌道。鎧の隙間から覗く、汗で服が張り付いて、肩甲骨の動きが浮き出た背中。右の肩甲骨の方が少しだけ可動域が広い気がする。剣を振るう癖かな。
昼休憩の時、地図を広げる手つき。紙の端を指でなぞりながら、目的地を確認する時の真剣な顔。風で髪が目にかかったのを、無造作にかき上げる仕草。その時に覗く耳の形。少し耳たぶが厚い。
エスクリと話している時の、ちょっと緩んだ口元と軽い笑い方。笑うと目尻に少しだけシワが寄る。あくびを噛み殺そうとして、鼻の頭にシワが寄るところとかも。
夕方、少し肌寒くなってきて、マントを羽織る時の動作。バサッと翻す音がかっこよかった。焚火の準備をする時、薪を組む手際の良さ。火打石を使わずに、ぼくの魔法を頼ってくれた時の「頼む」という声のトーン。
火に照らされた横顔。影の落ち方。彫刻みたいに整った鼻筋。夕食のスープを飲む時、熱くて少し舌を出して冷ます猫舌っぽいところ。剣の手入れをする時の、こなれた手つき。
……うん。書き出してみると、意外と色んなことが見つかってくる。
普段はクールに見えるけど、細かい仕草に人間味があるというか。見てて飽きない。
明日は歩き方とか、剣の振り方とかも詳しく記録してみようかな。
あと、寝てる時の呼吸のリズムとかも──
「──マージュ。熱心だな、何書いてるんだ?」
「ひゃあああっ!?」
「うおっ、悪い」
え、え! ヴィクくん!?
いつの間に!? 普通に心臓が止まるかと……!
「わ、わわわっ! な、なんでもない! 旅の記録! メモだから!」
ちょっと待って、反射的に日記を閉じて、胸に抱きしめたけど……今書いてる内容、相当マズくなかった!?
見られたら死ぬ。社会的に死ぬ。いや、社会的には死なないけど、パーティーの中でぼくの立場がとんでもないことになってしまう。
「えっと──そうか! 邪魔して悪かった。真面目でいいと思うぞ!」
こ、これは……バレた? いや、バレてない? どっち……?
不思議そうな顔をしてるけど……ああよかった。すぐに苦笑して離れていった。中身までは見えてないみたい……危なかった。
……冷静に考えるとキモいな。
なんでぼくは……かつては「見た目の良い奴が憎い」とか抜かしてたくせに、ヴィクくんの容姿のこと書いてるんだ。大丈夫か自分?
別にぼくは彼の容姿だけが好きなんじゃなくて、彼の中身の良さも相まってついていこうと決心したのに。これじゃ外面だけ見て尻尾振ってるみたいじゃないか。
とにかく! ヴィクくんにバレるのだけは絶対ダメだ……!
そう思えば、エペにバレてしまっても……なんて考えは本当にどうでもよかった。エペやエスクリみたいな自分自身にバレるのと、ヴィクくんにバレるのでは恥ずかしさのベクトルが完全に別物。
そもそも、ヴィクくんのことを書いてた時に、本人が来たのがタイミング最悪っていうか……。
「……あれ?」
……前のページ、ヴィクくんについて。
……その前のページ、ヴィクくんについて。
……さらに前のページ、ヴィクくんについて。
……一番初めのページ。まあ、他のこと。
ヴィクくんのこと書いてた時にっていうか……ほぼヴィクくんのことしか……。
これ、日記っていうか……『観察日記』?
「………………よし」
日記は人に見られないように気を付けよう。
それが普通。内容に関してはもう気にしないってことで、うん。
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