皆で飛び出せば怖くない?
「──って作戦だ。これなら、ボスも倒せるだろ」
え……っと? ヴィク、くん?
……しん、ってなっちゃった。部屋の温度が一気に下がった気がする。
聞こえるのは自分の心臓の音だけで……ああもう、こんな時ばっかり主張してきて、耳障りで仕方ない。
さっきの学者さんの研究室を足早に出て、エスクリとぼくを連れて宿の自室に戻って、そこでヴィクくんから「ボスを倒す目途」ってのを教えてもらったけど……いや、とんでもない作戦だ、それ。
確かにヴィクくんならボスもいずれ倒すんだろうとは思ってたけど……聞き間違いじゃない、よね? 冗談……でもない。
だって、そんなの。作戦なんて呼べるものじゃない。いや一応作戦ではあるんだけど……そんなこと誰もできないからしてこなかった訳で。
ただの特攻、自殺志願者の妄言。正気じゃない。あの一キロメートルの化け物を相手に、そんなこと……本当にできるのか?
「あの学者から聞いた話だが、ボスは一度潜ると次に出てくるのは数か月後ってこともある」
「え、そうなの?」
「そうだぞ。確かに言ってた」
ああ、まあそれは、そう。
あのボスは数か月に一回地上に出てきて暴れ出すから……今を逃せば次に出会えるのは数か月後……それは間違ってない。ジェドゥームじゃそれが常識。
でも、その声……本当に、本気なの?
『ヴィクと違ってエスクリはあんまり話聞いてなかったからね……』
「うっ……」
「だから──やるなら、今しかない。奴が地上にいる、この一瞬に賭ける」
……ああ、だめだ、知ってるんだ、そのトーン。
一歩も引かない──男の覚悟っていうのかな。そういうものが、ビリビリ伝わってくる感じ……ヴィクくんは本気なんだ。
「そのために要になるのは──エスクリのその『聖剣』と『マージュ』。お前たちだ」
「……っ」
……いや、そうなんだけど。
さっき聞いてた話だと、確かにヴィクくんの作戦にはエペと──ぼく自身が重要になってくるんだけど。
でも、ぼくは確かにヴィクくんのボス討伐には大賛成だけど……あまりにも急に言われたから心の準備というか……。
……いや、うん。
これは、ぼくにも「そろそろ元勇者としての使命を果たせ」ってこと……なのか。
その機会を──彼は、用意してくれてるのか。
「一般人のマージュにこんな危険な役、無理な話だってことは分かってる」
「……うん」
「ただ、この作戦には大きな魔力が必要だ。だからお前の『凄まじい魔力量』って奴に力を貸してほしい」
……そんな顔で、こっちを見ないで。
そんな、吸い込まれそうな黒い瞳で見つめられたら……逃げられないじゃないか。
無理だなんて言わせない圧力のくせに、どこか縋るような色まで混ぜてくるなんて。
卑怯だ。
「それとエスクリ。お前の剣──どこまで変形できるかも聞きたい」
「えっと、そうだよね……う~ん……」
エスクリはちょっと言いにくそうにしてて……まあ、そりゃそうだ。
作戦にはエペの変形能力が欠かせないし、ヴィクくんもそれについては確認しておきたいだろうけど──彼はエペに意思があることなんて知らないから。
でも、ヴィクくんの前でエペと会話するわけにもいかないし──
「──ごめん、ヴィク。ちょっと外してくれるかな。マージュと相談したいことがあって」
「今か?」
「うん、今。ごめんね」
まあ、そうなるか。
「分かった。俺は外で待ってる」
『……はぁ、あんな無茶な作戦を提案するなんて』
あ、ヴィクくんがいなくなった瞬間声が聞こえるように……。
エペか。
『で、どうしようか? エスクリ』
「……ま、やるしかない……よね」
「あぁ、やっぱりそうなるんだ……」
残された勇者三人組の顔色は……とても良いとは言えない。
そりゃあんな作戦聞かされて、平気でいられるってのも、なかなか難しいと思う。
ただ、目の前の二人……じゃなくて、一人と一本はもう覚悟を決めてるみたい。
ヴィクくんの作戦を信用して──命を賭けるつもりなんだ。
『多分、僕の変形に限界は無さそうだよね。昔、試しに伸ばした時はどうだったっけ?』
「あの時は二十メートルくらいまではいけたね。ボクの魔力が尽きて実験は終わっちゃったけど」
『だね。あの感じなら、特に違和感も無かったし、魔力さえあればもっと大きくはできそうだ』
「元勇者が二人して何やってるの……」
えっと。エスクリから聞いた話だと、エペは魔力を消費して、形状を変化させられるらしい。
多分エスクリとエペは昔出会ってすぐの時に変形の限界を試そうと色々実験してたんだね。
で、二十メートルぐらい伸ばして、エスクリの消費魔力が限界に達して……ってことか。
「じゃあ、後は──マージュ、キミがこの作戦に参加してくれるかどうかだよ」
……!
……あぁ、呼ばれちゃった。
「ボクたちとしても、嫌がるキミを無理に戦場に連れ出して、戦いを強制させる……そんなやり方はしたくない」
『そうだね。君が拒否するなら、ヴィクもこの作戦を強行はしないと思う』
「……うん」
ヴィクくんと違って、二人はぼくが元勇者シエルだってことを知っている。
そして、元勇者でありながら、大きな挫折を経て落ちぶれたことも知っている。
二人は、ぼくに『逃げ道』を提示してくれてるんだ。
かつて勇者ではあったけど、その責務を必ずしも全うしなくていいと、無理強いはしないと──役に立とうというプレッシャーに惑わされなくてもいいと。
そう言ってくれてるんだ。
「……マージュ、どうする?」
だから、ぼくは──
*
『街で見たときも思ったけど……街の外で見てもでっかいなぁ……』
「大丈夫かな。こんな誘導で本当にボスが乗ってくれる……?」
「分からんが、他に方法が無いからな。気づくのを待つだけだ。それにしても──」
「──ありがとう、来てくれて。マージュ」
「……うん」
来ちゃった。
とうとう来ちゃった、ぼく。
あんな無茶な作戦聞かされて。それでも来ちゃった。
……うぅ、風が強い。
ここは街の外れ、切り立った崖の上。
足元には真っ暗な荒野が広がっていて、落ちたらひとたまりもない高さ。
普通なら、こんな場所に立ってるだけで足がすくむはずなんだけど。
「えい」
「えい!」
「おー……」
……何やってるんだろ、ぼくたち。
三人で手に持ってるのはヴィクくんが大人買いしてた「光る棒」。
ぼくが魔力を込めて、最大出力で発光させて、それを三人並んでひたすら振り回して。迷子になった子供が助けを求めてるみたい。
「ワームは視界を奪う霧を吐くんだ。こんな目立つもん持ってアピールしてる人間なんて、格好の獲物だろ」
まあ、なるほど。理屈は通ってる。
あの時、ヴィクくんが大量に買い込んだ光る棒。それがまさか、こんな形で役に立つなんて。
……まあ、あの時は暗所恐怖症かつぼくを休ませるための口実に買い込んだんだろうけど。
でも、その偶然を無駄にしないところが、彼らしい。
そうだ。ぼくは彼の、彼らの、皆の役に立つためにここに来たんだ。
ぼくの魔法は、火しか出せない。燃やすことしかできない、無駄な力だと思ってたけど……でも、彼はそれに「助かった」と言ってくれた。ぼくの力は、ヴィクくんを助けることができたんだ。
それならきっと、ここにいるヴィクくんと、エスクリと、エペの力になることだってできるはず。ボスを倒して──ジェドゥームの人々の役に立つことだってできるはず。
だから、ぼくはここに来たんだ。
ぼくは、すっかり諦めていた──勇者としての使命をここで再び思い出すんだ……!
──ズズズズズ……ッ!
「……反応した! こっち来る!」
来た……!
本当にこっち気づいた!
──グァォォォォォォッ!
「準備だ!」
「マージュ、お願い!」
そ、そうだ、準備。
ぼくには役目があるんだ。ただ突っ立って震えてるだけじゃない。彼に「必要だ」って言ってもらえたんだから。
エスクリが差し出した剣──エペ。奥に何か熱い芯があるのが分かる。生きてる、この剣は生きてる。ぼくと同じ魂を持つ、もう一人の自分。
深呼吸して、体の中の魔力を練り上げて、イメージ。
──エペに、ぼくのありったけの魔力を流し込む……!
『うわっ、すごい量だね……! 溢れそうだよ!』
作戦第一、エペにぼくの膨大な魔力を注ぎ込むこと。
エペは魔力を使って変形できるけど、エスクリの魔力じゃ回数制限があるくらい、魔力の消費が激しいって弱点がある。それを補うのが、今のぼくの仕事のひとつ。
「来るぞ! 捕まってろ!」
──ガシッ!
「ひゃっ!?」
「うわっ!」
しまった。
エスクリ共々、特にぼくは──女の子みたいな声が出ちゃった。
ボスが近づいてきて、準備を済ませたら──即座にヴィクが二人を抱きしめるって話だったのに。
……ぼくは女の子か。少なくとも今は。
うぅ、近い、顔が近い。
力強い腕も、草原みたいな日向の匂いも、そしてあの──野性的で整った顔つきも。
心臓が爆発しそう。ボスへの恐怖なのか、彼へのときめきなのか……分からない。
「二人とも堪えてくれ、手筈通りだから」
「あっ、ヴィク、ちょっと、急に、苦しい……って……!」
エスクリも抗議して……うわ、顔真っ赤。
文句言いながらも、全然抵抗してないし。むしろ、しっかりしがみついてるし。
……やっぱり、同じだ。ぼくたち、本当に同じなんだ。
向こうのぼくはだいぶ男としてのプライドが上回ってる抵抗してるみたいだけど。
「離すなよ、絶対!」
そうだ、ここからが作戦第二。
ここからが本番。
目の前が暗くなる。ボスの巨体がすぐ近くまで来てる。
来る、飲み込まれる。
でも、怖くない。
ヴィクくんがいて、エスクリがいて、エペがいる。少なくとも今までと同じ一人じゃない。ぼくはもう、孤独な落ちこぼれじゃない。そう思えば、今までよりはずっと怖くない!
「行くぞッ!」
こっ、ここからが! 作戦第二!
ここからが本番!
初めにこの作戦を聞いたときは、「何言ってんだ」って思ったけれど!
でも、もうここまで来たら引き返せない! もう目の前のとにかくデカいこいつを倒すまでは終われない!
浮遊感。
地面が遠ざかって、風が顔を叩いて、髪が舞い上がって、視界が黒に染まっていって……吸い込まれる、落ちていく。
三人で──ボスの口の中に飛び込む!
これがヴィクくんの作戦!
「うおおおおっ!」
「うわあああっ!」
「きゃあああっ!」
『み、みんなうるさい!』
ああ、これが「冒険」か。これが「仲間」か。久しぶり……前世以来だ。
悪くないね、こんな無茶苦茶な最期なら、今度の生も笑って逝けるかも。
……なんて、死ぬつもりなんてないけど。
だって、彼が言ったんだ、「目途はついた」って。
だから、信じてる。
*
「うわああああっ!?」
さ、叫んだのは誰だっけ。ぼくか、それともエスクリ? エペじゃないよね。
天地が分からない。物凄く深い口の中にまっすぐ落ちていって──内臓が浮きあがってるみたい、吐きそう。
怖い。死にたくない。でも、もう遅い。
ここがヴィクくんの腕の中でよかった。そうじゃなきゃ、すぐにでも発狂してた。どうしてぼくには火魔法の知識だけで前世の修羅場の記憶がほとんど無いんだ……!
「うっ! ぐっ、がっ!」
ちゃ、着地、できた?
いや、なにかには乗っかったような感じがするけど、無事着地できたわけではなさそう。
なにこれ、足元が……柔らかい? ぬるぬるする? ぼくとエスクリを背負ってるヴィクくんもバランスが取れずに、体勢を崩したのがはっきり振動で伝わって来て……。
三人まとめて、何かの斜面を滑り落ちていく。ゴロゴロと転がるたびに、生温かくて、生臭くて、ドロドロした液体が全身に何かがへばりつ……うわ、粘液だこれ! 気持ち悪い!
ああもう最悪。ここ、どこ? ボスの口の中、のはず。
てことは、これ……涎? 消化液? だ、大丈夫? 溶けない、よね? ぼくたち。
……服だけ溶けるみたいなのも勘弁! 今誰に体押し付けてると思って──
──ゴオオオオオオッ!
……!!?
お、音がすごい。地鳴りなんて比じゃない。すぐ隣で雷が落ち続けてるみたいな轟音。
あいつの呼吸音? それとも心音?
振動もヤバい。小さい箱の中に入れられて投げられてるみたい。頭の奥からが揺らされてる感じで……より一層吐きそう!
もうやだ、帰りたい。やっぱり無理だったんだ。人間がこんな巨大な生物に勝てるわけない。食べられたんだ。食べられに行った訳だけど──ぼくたちは、そのまま上手くいくこともなく、ただのエサになったんだ。
もう、終わりだ。ヴィクくんの腕も、解けそうに……。
……ん?
違う、解けそうなんじゃない……震えてる?
「はっ、はっ、はっ……!」
ヴィクくんの体……あんなに硬くて頼もしかった腕が、小刻みに震えてる。
寒いから? 違う、ここは蒸し風呂みたいに暑い。じゃあ、何?
──「実は俺、暗い場所が……ダメなんだ」
……あっ、そっか。暗いんだ。
目を開けても、何も見えない──完全な漆黒。ボスの口の中なんだ、あの「黒い霧」の一番濃いところが充満してて、光なんて一筋も届かない、絶望的な闇……だから、彼は。
ヴィクくんは、暗所恐怖症だ。
ぼくには想像もできないくらいの恐怖が、今、彼を襲ってるんだ。
あんなに強いのに。ボスの巨大さにも怯まなかったのに。ただ「暗い」というだけで、彼はこんなにも脆くなってしまう。
「……守らなきゃ」
ぼくが。この人は、ボスに立ち向かうために飛び込んだ。ぼくたちがヴィクくんを信じているように、ヴィクくんもぼくを信じて飛び込んでくれた。
なら、今度はぼくの番だ。何の役にも立たないと思ってた、この力が。今だけは、彼を救うための「光」になるんだ!
震える指先に、力を込めて。
魔力を練れ。
燃えろ。
彼を照らすために。
「……光れッ!」
──ボウッ!
よしっ!
いつもよりずっと指が震えてるし、魔力の練り方も十分じゃないけれど──指先に、炎が宿った!
小さな、でも力強いオレンジ色の光。闇が少しだけ弾かれて、周囲の景色が一瞬だけ浮かび上が……。
うわグロテスク。
ピンク色の肉壁。脈打つ血管。滴る粘液。地獄絵図だね、見なきゃよかったかも。
「……ありがとう」
でも。
目の前にいる彼の顔が見えた。
蒼白で、脂汗をかいて、歯を食いしばってる。
その瞳が、ぼくの炎を捉えた瞬間、光が宿って、焦点が合って──震えが……止まった!
「おかげでよく、見える──助かった!」
──ダンッ!
「えっ! うわっ!」
「きゃっ!?」
と、飛んだ? 足場もないような肉壁を蹴って?
う、嘘でしょ。ここ、揺れまくってるんだよ? ヌルヌルなんだよ?
「捕まってろ!」
光が点いた瞬間、言うが早いか、どんどん加速してる。
右へ、左へ。暴れ狂うボスの口内を、まるで平原にいるみたいに駆け抜けていく。
え、すご、体幹どうなってるの? 足の裏に吸盤でもついてるの?
少し動く度、嵐の中の小舟みたいに全身揺さぶられてるけど、彼の力がものすごく強くて、まるで落ちるような感じがしない。ものすごい安定感……!
「上だ! 脳はあの先だ!」
え、あ、上?
どっちが上かもう分かんないけど、彼が言うならそうなんだ。
光の先に見える、ひときわ大きく脈打つ場所。
あそこが……上?
ボスの──脳のある場所?
「エスクリ! 準備はいいか!」
「おわっと……いつでも!」
じゃ、じゃあ! ここから作戦第三!
エペの使い方を知ってるのはエスクリ一人だけ!
そのエペには、ついさっき、ぼくがとてつもない量の魔力を注ぎ込んでる!
「いくよ、エペ!」
『任せて! 準備万端だ!』
「二人とも! 備えて!」
エスクリが叫んで。
ヴィクくんが踏ん張り、ぼくたちを支えて。
エペが、光の塊になって膨れ上がる。
伸びる。伸びる。どんどん、どこまでも伸びる!
「『百メートル/ロングソード』ッ!!」
光の柱が、天井を──ボスの頭を、貫いた。
──ズドオオオオオオォォォンッ!!
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