何の役にも立たないはずの火
……はぁ、最悪。ついてない、本当についてない……。
なんでぼくが外に出たタイミングで『これ』が起こるのか。
日頃の行いが悪いから? ……いや、別に悪いことなんてしてない。
ただ真面目に暮らしてきて、今日だってエスクリとエペを見送った後、節約のために遠くの安い水売り場まで歩いてきただけ。
それなのに……。
「閉まってるってどういうこと……」
いや、「この霧」が出たから早じまいするってことなんだろうけどさ。
こっちはここまで来るのに三十分も歩いたんだよ……?
往復一時間。無駄足。徒労。
はぁ……やってられない。
「帰ろ……」
今年に入ってもう三回目だよ、この霧。おかげでジェドゥームの人はもう慣れっこだけどさ。
髪もうねってきた……ただでさえ癖っ毛なのに、湿気を吸ってもう爆発寸前。
ああ、さっさと帰ろう。いつもの狭い部屋に逃げ込んで、布団かぶって寝てしまおう。
水はないけど、お茶の残りなら少しあるし。それで我慢しよう。うん、水の一杯すら買えなかったぼくなんかには、それが丁度いいってことなんだ……。
じゃあ、明かりをつけないと。
「っと……えぃ!」
──パチン!
……よし。
得意の火魔法で指先にちょっと火を浮かべただけだけど……これなら霧の中でも少しは視界の足しになる。
この街じゃ「ハズレ」扱いの火魔法だけど、こうやって明かりにする分には便利……まあ、これくらいしか使い道ないけど。水魔法ばっかり勉強してる人にはこんなことできない。
さぁ、後はあの角を曲がって、大通りに出て──
──ドンッ!
「ひっ!?」
「うおっ!?」
あ……え? ぶつかった? 何に?
壁? いや、でも声がして……へ、こんな時に外出してる人が?
この街の住民なら、霧が出たらさっさと建物の中に入れって分かってるはずだし、外なんかうろついてる人いる訳が──
──あ……。
「……はぁ、よかった。知り合いか」
……え。
ヴィクトール、くん……?
「あ、あああごめん! ぶつかっちゃって……」
「いや、俺こそ不注意で……悪い。えっと……」
「あっ、マージュ。マージュ、です。ぼくの名前」
「ああ、マージュ……か」
び……びっくりした! 本当にびっくりした……!
明かりをちょっと目線の高さまで上げたら急にイケメンの顔が映り込んできたから本当にびっくりした。
さっきエスクリとも彼の話をしたばっかりだし、しかも最近気になりだしてきた異性……異性? 同性? だから猶更……!
……大丈夫かな、今のぼく。癖っ毛すごいことになってないかな。
ていうか……なんでこんなところで……。
……ってそうか。彼は旅で来た人だから、「この現象」のこと知らなくて、それで立ち往生してたのか。
「あの……大丈夫?」
「っ……いや、まあ、おう」
……でも、変だな。なんだか、前見た時と様子が違う気がする。
イケメンで、すごくドキドキするのは同じだけど……彼ならこんな霧なんて、物ともせず颯爽と歩いてそうなのに、今はまるで、迷子になった子供みたいに心細そう。
手元にもなんか持ってて……金属の筒?
……あ、これ「光る棒」だ。お店で売ってるやつ。魔力を込めれば光る、便利な照明器具。光ってないから分からなかった。
でもこれ……なんか、めちゃくちゃ持ち手がひしゃげてない? ところどころヒビが入ってるというか……粉々になってるし。
あっ……魔力の供給元が潰れてる。それで光らなくなっちゃってる。
「それ……壊れちゃった?」
あっ目逸らした。
えっ?
「……ちょっと、力が入りすぎてな」
……ううん?
素手で握りつぶしたってこと? ちょっとってレベルじゃないけど……。
……まあでも、状況は分かった。彼は光る棒を照明代わりに歩いてたけど、自分の握力でそれを壊しちゃって、暗闇の中で立ち往生してたんだ。
で、そこに水を買えなくて傷心中のぼくがぶつかったと。
……あれ、意外とドジっ子?
でも、それにしては顔色が悪すぎるような。
ただ明かりがなくなっただけで、ここまで青ざめる? 彼はもう、ボスを十体も屠ったってエスクリが言ってたし。暗闇くらい、気配察知とかでなんとかなるんじゃ……。
「……その、笑わないでくれよ」
え……?
「……あ、あ、うん」
え、急にどうしたんだろう。
……そんな縋るような目されても。
きみがイケメンなことはよく分かってるんだから、そんな風にしてぼくの気を引こうったって──
「──実は俺、暗い場所が……ダメなんだ」
……へ?
*
──はっ!
し……しまった。
つい意外過ぎる衝撃の情報に頭の中を支配されて言葉を出せなくなってた。
えっそうなんだ。前見た時はなんでもできそうなすごい人に見えてたけど……意外とそんな弱点があったんだ。
じゃあもしかして、あの時「光る棒」を大人買いしてたのも、ぼくを助けるだけじゃなくて──個人的な暗闇対策で欲しかったってことだったのかも……。
「悪い。そんなこと急に言われても、どうしようもないよな……」
「……そんなこと」
いや、目の前のイケメンに暗所恐怖症って要素があったことはそこまで気にならない。
個人的にはそれ以上に彼への好感度が上回ってる自信があるし、むしろその欠点も可愛く思えてくるし……ぼくって面食いなのかな。
今の彼は、捨てられた犬みたいにすっかり小さくなってるけど……あれ、なんか背負ってる?
……ああ、水か、チャポチャポ音がするし。ってことは、彼も水を買いに来てて、それの帰りでこの霧に巻き込まれたってことなのかな……。
で、彼は暗いとこが怖くて、それで手の中の「光る棒」も握りつぶしちゃったからどうしようもなくなって、そもそも動きようがないからここで動けなくなってた……と。
「それで、マージュ。この暗いのは、一体……」
「あー……知らない、よね。えっと、この霧──ここの『ボス』のせいなんだ」
教えてあげなきゃ。
彼はよそ者だから、この理不尽な災害の理由を知らない。
「その……エスクリから聞いたんだけど、魔物狩りしてるんだよね。なら、ワームが黒い霧出すことも知ってる……よね?」
「ああ、分かる」
「えっと、ここのボスは……要はただのデカいワームなんだけど。数ヶ月に一回だけ目覚めて……こうやって人を襲うために、黒い霧を吐き出して回るんだ」
「……最悪だ」
あっうん。それはここの住民も皆思ってるよ。
いつもは地中で眠ってるくせに急に表に出てきて、規格外の大きさでとんでもない量の霧を吐いて、それで毎回こうして暗黒世界になるっていう……はた迷惑な現象。
「街には結界があるし、こういう緊急の出現時はより高度な結界を張るための儀式が行われるから……ボスが入ってきたりすることは無いよ。この霧だって、ただ視界が悪いだけで、害はないし」
これもジェドゥームじゃ常識だし、皆慣れ切ってるから何も言わないけれど。
ボスが出現したって知らせと同時に、物々しい学園の魔法使いたちが広場で儀式し始めるから傍目に見たらすっごく怪しいんだよね……。
で、こういう唐突な出現をされると、準備できてない近隣の村や小さな街は十分な結界を張り切れなくなってそのままボスの餌食になるってことがあって……。
……そんなこと、ただでさえ今すごく震えてる人に言わなくていいか。
「えっと、暗いとこが怖いってことは……お化けとか、そういうのが苦手なタイプ?」
もしそうなら、可愛いけど。「お化けなんていないよ」って笑い飛ばしてあげられる。
いやそんなことぼくにできるかな。エスクリならできるんだろうけど、ぼくなんかが笑ったら怒らせるんじゃないかな。
「いや、霊的なものは問題ない。なんならアンデッドのボスを倒したこともある」
「えっ」
「相手が魔物なら暗闇とか関係なくやる気は出せる。そもそも霊がいる場所はオーブとかでなんだかんだ明るいしな」
「えぇ……」
「ただ……その、『闇』そのものが、昔からどうにもダメなんだ。理由もよく分からなくて……」
さらっととてつもないこと言った。いや、既にソロでボス十体倒した実績があるのは知ってたけど。
でも、アンデッドのボスって……ゾンビとか幽霊の親玉でしょ? そんなのを平気で倒せる人が……。
まあでも……そっか。完璧に見える人にも、弱点はあるんだ。
それに、おかげでなんだか彼が身近に感じられる。雲の上の存在だと思ってたけど、案外、ぼくと同じ地平に立ってる人間なのかもしれない。
「えっと、じゃあ……どうしようか? この霧は晴れるまで数時間かかるし……」
「……困ったな」
……だ、だよねぇ。
彼は旅人だし、きっとどこかに宿を取ってるんだろうけど……ここに住んでるぼくは宿の場所なんて把握してないし、分かったとしてもこの霧じゃ探し出すどころか方向すら分かりやしない。ぼくにできないんじゃ、もっと土地勘のないヴィクトールくんにできる可能性はまあ皆無。
思いっきり炎を出して辺りを照らそうにも……火事の危険が大きくてできないし。かといって、このまま彼を置いていくなんてできないし。
……どうしよう。
一つだけ、解決策というか、選択肢があるにはあるけれど。でも、それを言うのは……すごく勇気がいる。
いくら元が男とはいえ今のぼくは女だし、そんな状態であんまり取るべき選択じゃないってのも分かってる。場合によっては、はしたないって思われたり、警戒されたりするかも。
でも、このままここに突っ立ってるわけにもいかないし。彼だって、早く屋根のある場所に入りたいはず。
……よし。
言うぞ。
言うんだ、ぼく。
これは人助け。
下心なんてない。
……ほんのちょっと、彼ともっと話したいって気持ちはあるけど。それは内緒。
深呼吸。
心臓がうるさい。
喉が渇く。
震える声を、必死に抑え込んで。
「……と、とりあえず……ひにゃ、避難する?」
「……?」
言った。
言っちゃった。
噛んだことすら気にならない。
だってもう引き返せない。
「その……うち、すぐ近くだから……さ?」
*
ぁぁぁ、緊張するぅ……。
エスクリとエペが来るからってちゃんと掃除しておいて良かったぁ……。
こんな気持ち前世じゃ微塵も感じたこと無かったし、今だって自分の感情が理解できないぐらいなのに……ああ、ダメだ。意識しすぎておかしくなる。
「ど、どぅぞ……」
「……すまん、邪魔するぞ」
……入ってきちゃった。
彼を一人にしておけないし、かといって宿の位置も分からないから仕方なく自分の部屋に連れ込んじゃったけど……これで正解だった?
部屋の中も霧が入り込んでるからうっすら暗いけど……外よりはマシなはず。とりあえず指先の火をずっとつけておけば、真っ暗ってことはない……よね。
「悪いな。俺がいるせいで、魔力使わせちまって」
「ううん、平気。これくらいなら朝までだって維持できるし……」
ぼくの凄まじい魔力量なら、この程度の火種、呼吸するのと変わらない。
むしろ、この火があるおかげで、彼の顔が見える。そっちの方が、ぼくにはいいのかも。
「それで……落ち着いた?」
「ああ。おかげさまでな……情けないとこ見せちまった」
……彼ほどの戦士が、暗闇一つでここまで弱るなんて。
でも、それが「可愛い」って思っちゃうのは、不謹慎かな──
「──お前、火の魔法使いだったんだな」
……ッ!
「……うん。まあ、一応」
……まあ、ここまで火をずっと灯してて、魔法使いじゃないってのもおかしいしね。
さっきの「魔力使わせて」ってさっきの言葉も否定しなかったし。
……というか、バレちゃったのかな。
──ぼくが「火魔法しか使えない」ってこと。
一応彼も水を買いに来てて、それと同じ場所でぼくと鉢合わせたんだから、ぼくの目的も水を買うことだってことは多分察せるはず。
この街で魔法を使えるなら「水魔法が使える」ことは当たり前だし、なのに水を買いに来てるってことは──「ぼくは水魔法が使えません」って白状してるのと同じことになる。
「珍しいな。この街は水魔法使いばかりだって聞いてたが」
「うん……」
……まあ、彼は、見下したりはしないよね。「なんだ、水じゃないのか」「基礎もできないのか」「役に立たないな」って。きっと彼ならそんなことは思わない……と思う。
ただ、変人だとは思われちゃったかもしれないな。
まあ、こんなぼくなんかには、それぐらいの評価が妥当なのかもしれないけれど。
そうだ、ぼくはこの街じゃ何の役にも立てない。
どうせ、外に出ても何の役にも立てない。
きっと、他の誰かを助けられることも無い。
だから、ぼくの行いに感謝されることもない。
こうして自責でもしないと歪みまくった自分の軸を保てない。
荒みすぎた自己認識のおかげか、こんな些細なことでもすぐ自己嫌悪ですぐ泣きそうに──
「──ありがとう。おかげで、助かった」
……泣きそうに。
……え?
今、なんて。
え……あれ。なにこの気持ち。
「その火……すごく、温かくて、眩しいな」
へ、温かい? 眩しい……?
いや、火だからそんなの当たり前なんだけど……ぼくの火が? ただ燃やすだけの、この街じゃ使い道のないこの力が?
「恥ずかしい話だが、その、本当に参ってたんだ。だから──」
「──マージュ、お前がいてくれてよかった……本当にありがとう」
──ドクン
「……!!」
……そんなこと、言われたこと、あったっけ。
こんな風に、真っ直ぐに。ぼくの力を、ぼくの存在を、肯定されたことなんて。
……いや、村にいた時はそうだった。ぼくは皆に期待されて、皆のためになれると信じてて、皆を助けたいと思ってた。
今、久しぶりにその時のことを思い出して……。
「ど、ど、どういたし、まして……!」
……だめだ、なんか泣きそう。鼻の奥がツーンとするし、視界が滲むし。
こんな簡単な言葉で、たった一言で。ぼくの中の冷たい塊が、溶けていく。
嬉しい。死ぬほど嬉しい。ぼくって、この人の役に立てた。それだけで、生まれてきてよかったって思えるくらい……単純だなぁ、ぼく。
「……こんな迷惑なボス、さっさと倒しちまわねえと」
彼はそんなぼくの気持ちなんて微塵も気づいてないんだろうけど。
今この状況を引き起こしてる、あの『ボス』にしか意識が行ってないんだろうけど。
「……きみは、きみたちは、ボスを倒しに来たんだっけ」
「おう、そうだぞ。デカいってことしか知らないが、ボスを倒すまではこの街を出る気も無い」
……すごい。
彼は、戦うんだ。この恐怖の根源と。
自分自身はすごく恐怖してるのに、それに負けたりせずに立ち向かうつもりなんだ。
彼なら、本当にここのボスも倒せるのかもしれない。
「すごいよ……ヴィクトールくん。すごい勇気だ。ぼくには真似できない」
「そんな、勇気だなんて。今だってこんなにも暗闇が怖いんだぜ?」
「でも、ここのボスだって、全長1kmあるっていうのに、きみは一切逃げようとしないんだから……」
「おう………………ん?」
やっぱり、かっこいい。
ついていきたい。誰かの背中を追いかけるなら、ヴィクトールくんの背中がいい。
そして、ぼくは──そんな彼の不安を和らげることができる。
あんな強大なボスを倒そうとしてる彼に、ぼく自身がなることなんて不可能だけど。
でも、そんな素敵な人を支えることが、ぼくなんかでもできるって分かって。
なんだか、ものすごく救われた。
「え、いちきろ……?」
「そうだよ。全長1km」
「は……?」
ああ、この霧が晴れなければいいのに。
今はただ、彼と二人で、この温かさに浸っていたい。
霧が晴れない限りは──こうやって寄り添って、彼とお話をして。
彼を、支えてあげられる「ぼく」でいられるんだから。
「……え、デカすぎないか? 流石に……」
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