エピソード24 視界
黒い装甲はもう無い。
しかし、〈異嚇〉の黒い稲妻は走り続けていた。
身体は動かない。クレエルは必死に身体を動かし、仰向けになって横になるレイルのもとに駆けつけた。
そして、魔力が枯渇するまで治癒魔法をかけた。
だけれども、レイルは言った。
「死にたいんだ」
だから返す。
「死なせるものか、死なせやしない。いやだよ、だって。ようやく仲良くなれそうなのに、いやだ。死んでほしくない」
「俺は、死にたいんだなぁ」
笑顔が絶やせなくなっている。
〈異嚇〉はそういう現象だから、仕方がない。
「僕は死なせたくないんだよ、冗談じゃない。冗談じゃないんだよ、ああ、もう、バカ。バカ野郎、くっそバカ。普通だったら死んでる量の出血だよ、何だよ、何なんだよお前、バカ野郎。バカ野郎、心臓に骨が刺さってるよ、骨が胸から突き出てるよ、あああ、助からない。いやだ、いやだ、死なないでよ、死なないでよレイル」
「賢者様」
「なに!!」
「死にたくて、仕方がないんだ」
「それは君の事情だろ!? そういうの厄介なんだよ、いつもいつもあんたみたいな善人ばかり苦しんで、自分ひとり弱くなった気にならないでほしい! ふざけんなよ!! 次に変なことを言ったら絶対に呪う! 八十年くらい生きないと解呪されない呪いかける! 解呪されないまま死んだら、地獄に落ちるぞ!!」
「地獄は、俺の行く場所だ」
「バカ言え!! バカお前!! 地獄は、地獄はあれだよ、あれなんだぞ!」
呼吸が戻っていく。何処からともなくやってきた回復魔法が心臓をつなぎとめてしまったらしい。レイルのものでもクレエルのものでもない回復魔法。
「魔王、き、貴様……」
「ほら、生きろよ……地獄にはチーズフォンデュとかあるぞ!!」
「チーズ……チーズ……チーズは嫌いだよ……」
「チーズフォンデュだらけ! 地面からチーズあふれ出てるし、毎週チーズが降る日がある! たぶん木曜日!」
魔王が笑う。
「私はチーズだぁいすき」
「うるせぇぞクズ……!!」
「黙ってろカス……!!」
「私はチーズだぁいすき」
なにはともあれ。
レイルの鮮明になっていく視界にクレエルがいる。
「生きなきゃ、いけないかい」
「当たり前だバカ野郎」
「……そうか。……でも俺……。でも、俺の……俺の事情……なんだものな。君は生きてほしいんだな。なら……なら。……………………わかった、生きるよ……」
「当たり前だ、当たり前だろバカ野郎」
途端にレイルの肉体が魔法への抵抗をやめる。そこで治癒魔法が完全に自由を取り戻したのか、「パスン!」と音をたてて肉体を治癒した。
バクンバクンと高鳴る心臓が落ち着かない。クレエルはズボンに溶けた雪が染みるのも構わないで、尻餅をついた。
「でも」
「なに……」
「このあと、生き続けるつもりなんてなかったから」
「なに!?」
「な、何をすればいいのかわかんない」
「……じゃあ、五年くらい世界旅行しようよ」
「世界旅行……?」
「そうだよ。旅行。バトルなんて一切無しの、楽しむだけの旅。それを僕とやろうよ。それで、暇があれば、復興の手伝いとかしてさ。道中で僕は君に魔法を教えるんだ。君の体内に僕の魔力が幾らか移ったんだ。魔法今なら使えるよ、たくさん!」
「……どうりで……」
レイルの手は弱々しくも、胸のあたりを触れていた。
「え?」
「ン……なんでもない」
「ねぇ、最初はどんな魔法がいい? やっぱり攻撃魔法?」
「そうだな。……強いて言うなら、物を浮かせる魔法」
「それまたなんで〜?」
「海岸清掃……放り出してきたんだ……」
クレエルはそんな事を言う頭のおかしい馬鹿野郎を、きゅうっと目を細めてただ見つめてから、「簡単なんだよ」と答えた。




