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 庄司は外に出ることに躊躇はしなかった。ここまで全くの別人であれば、もはや元の原型もないわけで、隠す必要もないと思った。だが女ものの衣服を持っていないことが唯一気がかりだった。柄シャツに頼り、髪型もイケている時期だってなかったためキャップ帽で隠していたため、いわゆるオシャレという物を知らなかった。しかし尊の病状を考えると、人の目など気にすることが尊の唯一の殺し方だと考えた。今歩けずにどこかで蹲っている尊の方が、どう考えても辛かった。

 キャップ帽を被る。可愛らしいキャラクターが刺繍されている、白と青の帽子。大学でどこで買ったのかを女性に聞かれて以来、気に入って被り続けている。柄シャツには頼らず無地に近い白いシャツを着た。まだそのころには、あの三十分の余韻は残っており、白いシャツを着た時、胸に二個の突起が浮き出ているのが確認できた。庄司は、そっと指の腹でその部分をなぞると、その突起部分が新たな器官として存在していることをその体のびくつきで再確認した。庄司はまた、時間が合ったらゆっくりしたいなと、考えると同時にすぐに頭を振った。短パンを脱ぎ、長ズボンを履く。ズボンがいつもより大きく感じ、大学の入学式でしか使わなかったベルトで締め付けた。オーバーサイズな服装かもしれないが、こういう女いるから大丈夫だと自分に言い聞かせて、男物の黒いスニーカーを履いて尊のもとへ向かうのだった。化粧も何もしていなくても、女という者は色っぽい雰囲気を出せるのだなと、庄司は自分の人間的価値があることを嬉しく思った。庄司はもうすでに、女として生きていく覚悟を持っていた。


 それから尊の家へと向かう道中で、建物の影に寝ている尊を庄司は見つけた。尊は手を目元にあてて息をゆっくり吐いて唸っている。夏のような暑さを感じて、いつしか二人は汗をかき始めていた。鈍い、汗だった。

「大丈夫? 尊?」

 尊はその声を聞いてすぅーと胸が晴れていくのを感じた。この体の熱さや、頭の中の蜃気楼が、庄司のその透き通った声でかき分けられていく。

「尊、来たよ。尊」

 名前を呼ばれるたびに、庄司が寝ている尊の視界を晴らしていく。やがてピントが合ってきて、庄司の綺麗な眼が見えてくる。尊はその目を、朧げに見た。天国からの使者のように美しく感じた。部屋でカーテンから漏れる光によって美しく見えた時とは違う、こんな日陰であっても自らの美しさで輝いているようにそこに庄司はいた。

「尊、ねぇ尊」

 庄司は手を尊の首元にあてた。ひんやりとした手があたって、尊の熱を急速に抑え始めた。そのまま庄司の親指が尊の輪郭を撫でた。尊は言葉を出さずに、この至高の時間に身を任せた。

「庄司、俺、な」

 と喉をひどく締め付けるような声を尊は出し始め、庄司はそれをすかさず止めた。

「ダメ、離さないで、運ぶから。いったんわた……俺の家。行こう」

 庄司はもはや力の入っていない尊の両腕に手をかけて、いったん上半身を起き上がらせた。目の焦点が合ってはいなかったが、尊はこの時、熱をも凌駕する葛藤に見舞われていた。庄司という天国からの使者が連れてきたのは、汗の匂いと、卑しい色っぽい状態へと様変わりした雰囲気だった。尊は嫌でも分かった気がした、尊はそしてこう願った。

 庄司も、俺と同じようにしていないかと。同じように悩んでいてはくれないかと。

 それを嘘でも承知で、自分の罪を打ち明けられるなら、別に庄司が来なくても歩きだしていたと感じた。庄司があくせくと尊を支えて、立たした。肩に手を回して二人三脚で歩く。尊は女性にこんなことをさせるなんて最低だと、せめてもの自戒で力を込めて歩いた。尊は庄司の肩に回した手を強めた。そしてまた喉を締めた。

「なぁ庄司、俺、たぶん、熱じゃ、ないんだ」

 先ほどよりは喋れていた尊を、わざわざ庄司は止めなかった。

「俺、熱じゃなくて、たぶん、たぶんだけど、お前のこと」

 庄司は足を止めた。尊の顔を思わず覗き込んだ。目は合わなかった。庄司はまさかと思って、いやしかし、それ以外の言葉が出てくるのは願わなかった。どんな言葉が続いても、きっと尊は罪滅ぼしのように言ってくるし、庄司自身も良好な関係に転がっていく未来は見えなかった。まだ家まで距離もあるし、それをここで言ったって気まずい空気になっても困るのは明白だった。歩道の真ん中で、男女が肩を貸し合って立っているその時、尊の告白を待たずしてそれはやってきた。

「あのう、大丈夫っすか? なんか、大丈夫っすか? それ尊っすよね」

 庄司が顔を上げると、そこには男が立っていた。金髪に髪を染めた、恐らく尊の友人かなんかだと見受けられる男。なんともいいタイミングだった。尊は何も言わなかった。

「尊、おい尊……だよな。えと、なんか、肩貸しましょうか」

 その男は庄司の返答を待たずとも既に、尊の肩に腕を回していた。

「ああ、尊の。ありがとうございます。なんか熱っぽいらしくて」

 庄司はそう言って男と、尊とまた歩き始める。

「とりあえず私の家に連れていきたくて。すぐそこだから」

 尊はさっきよりもずっと苦しそうな顔をして、脂汗を書き始めていた。口を震わせて、パクパクと何か言いたがっているような気がした。

「ああ、そゆことすか! いやぁ尊、俺にも連絡くれればいいのに」

 肩をポンポンと叩かれている尊は、どうも顔色が良くなかった。

「あ、彼女さん。尊は俺が連れてくんで、解熱剤買ってきてくれませんか」

 庄司は、なんだか上手いこと離された気がした。尊を助けたいという気持ちが先行して、なんで離れないといけないのか言い返しそうになったが、自分が女である以上そのほうが合理的なのは明白だった。

「ありがとうございます」

 庄司は尊の熱い体から離れた。涼しい感覚に襲われた。金髪の男が尊と一緒にくっついて歩いているのを見て、睨みつけるようにその背中を見ていた。庄司は悪魔が来たような気分へとなった。


 

庄司は解熱剤を持ってドラッグストアから出た。よくよく考えれば、金髪のあの男がどこに尊を連れていくのか聞いていなかった。あの男が庄司の家を知っているわけがないし、尊の友人であるならば尊の家だろうかと、庄司がその方向に歩き始めた。

 まだ庄司は焦燥に駆られていた。あの男に『彼女さん』と言われたことが、また頭の中でぐるぐると回ってどうにかなってしまいそうだった。尊の彼女に見えてしまうのは、分からなくもない。しかしあの時に尊が何も言葉を発しなかったのはどうしても引っかかるのだった。肯定をしてほしかったわけでも、否定をしてほしかったわけでもないが、とにかく彼女であることを一瞬でも、嘘でも認めてほしくなかった。

 勘違いしてしまう。庄司は足を速めた。

 以外にも、事の顛末は短時間で起きたようで、庄司はドラッグストアから出てきてからやっとのことで空腹を感じた。きっと尊も腹を空かしているだろうと、あの男の分も買うのには納得いかなかったが、道中のコンビニで昼ご飯を買うことにしたのだった。とはいっても長居させる気はないので、軽食程度の菓子パン二個ほどにするのだった。

 すると尊からの電話がきた。この前人生初めてのお酒デビューをした時に飲んだ、濃度の低いお酒の缶がアイコンになっている。通話開始ボタンを押す。

「もしもし?」

「あれ? 女性?」

 スマホの向こう側からは困惑の声が聞こえた。

「あの、庄司さんですかね。間違いだったらあれなんですけど」

 しまった。この電話に出るべきではなかった。

「ああ、ええと、庄司の、あの彼女です。さっきの。尊の彼女と勘違いしたじゃないですか。あの女です」

 電話の向こうからは、一拍、しかし長い一拍が置かれた。

「ああ、え? あのう、庄司って人と変われますかね」

 庄司は止まって、もう回り疲れた頭をさらに働かした。

「いや、庄司は、その、今はいなくて、ええと」

 庄司は良い嘘を思いついた。

「その、庄司も病気で寝込んでて。最近尊とも遊んだらしいから。それがうつったのかぁって感じで。だから尊と一緒にいたんです」

 すると「ああ!」と向こうから明るい声が聞こえた。

「いやぁよかった。なんか浮気現場に出くわしたのかと思ってビビりました。ならよかったです。いやどうも尊が庄司の名前を連呼してまして」

 庄司は心臓が跳ねたような気がした。尊が自分の名前を呼んでいる。

「それで電話してみたんです。てか彼女さんならタイミングも良かった。俺今尊の家にいるんで。すみません言い忘れちゃって」

「ああ、大丈夫です。すぐ行きますね」

 通話を少し強引に終わらせた庄司は、とうとう走り始めた。もしあの金髪の男が変に勘ぐりを入れるタイプだと違和感を抱かれたかもしれない。なんとか尊との関係性を都合のいい感じに偽ることができたと、庄司の脂汗は次第に無くなっていた。

 尊の言葉を待たずとも、尊との関係を否定する状況を作ることとなった。


なんか納得できないから打ち切る

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