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 ここは試験会場などではない。明らかに、人ならざる者たちで埋め尽くされた――「コロッセオ」だ!

 観客席を見渡せば、青い炎が燃え盛る仮面をつけた者や、体の一部が化け物のように変異している者もいる。しかし、よく見ると、武器だけを携えた『普通』の人間の姿も少なくなかった。


「どういうことだ!?」ヨルはアカに尋ねた。アカは彼の問いには答えず、闘技場の反対側を見据えながら言った。

「気をつけて、来るよ」


『さあ、皆さんご注目! 闘技場の東側に立つのは、ブラント家よりお越しのブラント・アカ、そして彼女のパートナー、ヨル!』


『対する西側に立つのは、我らがホスト国、日本が誇る風見かざみ家のれん!そして、名門・月詠つくよみ家のお嬢様、小雪こゆきだ!』

『それでは両選手、試合前の意気込みをどうぞ!』


「何の試合なんだ!? もしかして、殺し合いでもするのか? 俺、棄権してもいいかな…」

 ヨルはアカに切羽詰まった声で言った。自分が元いた世界とは相容れないものに足を踏み入れてしまったことを、彼はますます強く感じていた。


「月詠家のお嬢様が、てっきりご自慢の護衛と一緒に出てくるのかと思ったんだけどな」

 アカはヨルの言葉を無視し、闘技場の向こう側にいる相手に向かって言った。


「ドイツから来たお嬢さんには関係ありません。この勝負、我々が勝ちます」

 蓮と呼ばれる青年がそう言った。ヨルとさほど歳は変わらないように見えるが、その声には少しも刺々しさがなく、山の湧き水のように静かで、それでいて有無を言わせぬ決断力を秘めていた。

 彼の視線はアカを通り越し、彼女の一つ一つの微細な動きを分析しているかのようであり、また、その背後でうろたえるヨルを品定めしているようでもあった。彼はわずかに身をずらし、小雪という名の小柄な少女を半歩後ろに庇うように立っていた。


ゆき。試合が始まったら、お前は後方で俺に術言をかけてくれればいい。相手はお前を狙ってくるような手合いではなさそうだ」

 蓮は小雪を見て、静かに言った。小雪は小さく頷いた。


「ねえ、そこの風見さん家の。妖力を手に入れるための試合だってのに、初戦からホスト国の特権で妖力使いまくりなんて、あたしみたいな妖力なしのマグルには不公平じゃない?」

 アカは肩をすくめ、仕方ないといった口調で言った。


「失礼ながら、ドイツのお嬢さん。よそ者としてこの妖術杯に参加する以上、不利な状況は覚悟の上であるべきだ。それに」蓮はヨルに視線を移し、「あなたも仲間を見つけたではないか」

 自分のようなただの人間が何ができるというのか、ヨルには到底理解できなかった。


 しかし、アカは続けた。

「風見家の人って、本当に可愛くないよね。ヨルも、あの子みたいにあたしに呪言をかけてくれればいいから」


「呪言? 呪言ってなんだよ! ていうか、さっきから人の話を聞いてないだろ! 俺はただの一般人で、昨日の夜まで普通に街で買い物してたんだぞ!」

 ヨルはついに堪忍袋の緒が切れ、怒鳴った。


 場内は一瞬、しんと静まり返った。

「おい、あいつ何て言った? 一般人?」「おいおい、前代未聞だぞ」「あの小僧、今日が命日だな」

 観客席からざわめきが聞こえる。


 アカはヨルの手を掴み、ぐいっと脇に引っ張った。

「どういうこと? あんたが一般人って。ここのスタッフじゃないの?」アカは不機嫌そうに尋ねた。


「違うんだ、目が覚めたらここにいた」ヨルはさらに困惑した。

「じゃあなんでスタッフの服なんか着てるのよ!」


「スタッフの服? これはあの看護師さんが…」


 アカは額を押さえて眉をひそめた。


「じゃあ、あんた…何の術式も使えないってこと? どうすんのよ、相手は日本の名家で、生まれつき妖術持ちなんだよ? あたし一人で相手しろって言うの?」

 彼女は腕を組み、その場でぐるぐると回り始めた。

 しばらくして、意を決したように言った。

「いい、よく聞いて。この本を持って、あんたが何もできなくても、何かを詠唱してるフリをしなさい」


 ヨルはアカから本を受け取った。表紙は真っ白で、中の文字もどこの国のものか判別がつかない。

「あんたが何も読めないのはわかってる。でも聞いて、この試合、あんたが素人だってことがバレたら絶対にダメ。バレたら…死ぬよ」

 アカの真剣な声は、これまでの半ば冗談めかした口調とは全く違っていた。

 ヨルは、もし正体がバレれば本当に殺されるのだと、認めざるを得なかった。

「わ、わかった。善処する」ヨルは必死に頷いた。ここで死ぬのだけはごめんだった。


「ドイツからのお嬢さん。あなたの連れは、認められた他国の参加者でもなければ、術式の使い手でもないようだ。規則によれば、この試合は我々の不戦勝とし、あなたが連れてきたその実験動物は死刑に処されるべきです」

 目の前の茶番を見ていた蓮が、相変わらず冷たい声で言った。


「あら、竹のお兄さん、聞き間違いじゃない? ここのヨル君はすご腕の呪言師なんだけど。もしかして、怖気づいちゃった?」

 アカは口元を覆い、くすくすと笑った。蓮の後ろの少女も、思わずくすりと笑った。


「竹…だと? 無礼な」

 どうやら痛いところを突かれたらしい。彼は確かに非常に痩身で、前髪や襟足の奥に青緑色のメッシュが何本も入っており、まるで、一本の竹のようだった。


「さっさと試合を始めろ! 貴様を叩きのめすのが待ち遠しい!」

 蓮はわずかに怒りを込めて言った。


『オーケー、ベリーナイス! それでは盛大な歓声と共に、第287回妖術杯、第一試合の開始を宣言しよう!』

『3、2、1、スタート!』


 開始の合図が鳴るや否や、蓮は一足飛びで闘技場を横断し、アカの目の前まで迫った。ヨルの目では、彼が地面を蹴る動作さえ捉えられなかった。ただ、蓮の体が青黒い幻影と化し、瞬く間に数十メートルの距離を駆け抜け、音もなく放たれた砲弾のようにアカの目前に到達したのが見えただけだ!

 彼の足元の地面は砕けていない。だが、彼を中心として凄まじい風圧が爆発し、闘技場の黄砂を唸りを上げる竜巻へと変えた!

 舞い上がった砂粒が再び視界を遮り、耳をつんざくような風の音が、ヨルの鼓膜をキリキリと痛めつけた。

 その人為的な砂嵐の中心で、蓮の姿は恐ろしいほど鮮明だった。いつの間にかその手には青緑色の幽光を放つ二本の短刀が握られ、毒蛇の牙のように交差し、アカの心臓と喉元を狙っていた。

 対するアカは右手を前に突き出し、無数のオレンジゴールドの光の粒子が掌に集束し、高周波の唸りを上げる。光が凝縮し、形を成す――蓮の刃が彼女の肌に触れる寸前、優雅なデザインの西洋式騎士剣が彼女の手に瞬時に鋳造された!


 耳障りな金属音が炸裂した。


 短刀と長剣の衝突は目に見える衝撃波を生み、二人の足元の黄砂を吹き飛ばし、硬い岩盤を露出させた。

 アカは致命的な一撃を防いだが、蓮の猛攻はまだ終わらない。

 蓮の一本の短刀はアカの剣を抑えつけたまま、しかし彼の体は衝突の反動を利用し、重力に逆らうように宙を舞った。

 まるで突風に巻き上げられた枯れ葉のように、軽々とアカの頭上を飛び越える。空中で体を翻すと同時に、もう片方の手に握られた短刀が、音もなく致命的な弧を描き、無防備なアカの腰へと迫っていた!


「後ろだ!」

 ヨルは呪言師のフリも忘れ、大声でアカに警告した。

 しかし、蓮が予期していた刃が肉を裂く感触はなかった。代わりに感じたのは、温かく、柔らかく、それでいて驚異的な握力を持つ何かの感触だった。

「貴様…そこまでやるか?」

 蓮の声に、初めて明らかな驚愕の色が混じった。

 その時ヨルは初めて、アカがいつの間にか剣の柄から片手を離し、その血肉の体で、鉄をも断ち切る蓮の短刀を、真正面から握りしめているのを目の当たりにした!鋭い刃が彼女の白い掌を切り裂き、鮮血が瞬く間に青緑色の刀身を染め上げ、血溝を伝って地面に滴り落ちていく。

 激痛が走るはずなのに、アカの顔には苦痛の色は一切なく、むしろ豹のように獰猛で、興奮した笑みが浮かんでいた。


「ふん、こんなの、まだ序の口だよ」

 彼女は刃を握った手に力を込め、蓮の武器を完全に固定する。それと同時に、騎士剣を握るもう一方の手首を返し、重い剣身が万鈞の勢いを乗せて、刁鑽な角度から蓮の頭部へと薙ぎ払われた!

 蓮の瞳孔が急激に収縮した。彼は即座に捕らわれた短刀を手放し、体は後方へ疾走し、幻のように数回跳躍して十数メートルの距離を取った。次の瞬間、彼の姿は溶ける氷のように輪郭が曖昧になり、透明になり、ついには彼自身が巻き起こした砂塵の中に完全に溶けて消えた。


「ちっ……あのお嬢様の術言か?」

 アカは自分の血で濡れた短刀を、カラン、と音を立てて地面に投げ捨てた。彼女は両手で騎士剣を握り直し、防御の構えを取った。その眼差しは鷹のように鋭く、砂塵の中に消えた敵の気配を探っているようだった。


「ッ……!」

 突如、渦巻く砂塵の中から、肉眼では捉えきれないほどの銀色の閃光が迸った!アカは神速の反応で身をかわしたが、あまりの速さに、その腕の柔らかな肌に細長い血の筋を刻まれた。

 傷は深くないが、恐ろしく正確な一撃だった。

 それは、ほとんど透明な一本の糸。いや、極限まで圧縮された風の刃だった。

 一撃を当てた後、砂塵の中の敵はそれ以上の動きを見せず、ただ静かに次の好機を待っているかのようだった。

 アカは新たな傷には全く意に介さず、一瞥もくれなかった。彼女は構えを解かず、ただ砂塵が最も濃い方向を、その双眸で射抜くように見据えていた。

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