コロッセオ
「あなたの名前、ヨルで合ってるよね? とりあえず受付で登録しよっか」
アカはヨルにそう言った。ヨルは軽く頷き、彼女について歩き出した。あまりにも突拍子もない出来事が続き、彼はもう考えることを放棄していた。
周りの男たちが、じっとりと二人を見ている。その視線からは、言葉にできないほどの怒気が発せられていた。
(やっぱり、可愛い女の子と歩くと反感を買うものなんだな)
ヨルは心の中で静かに思った。
「おじさーん、登録お願いしまーす! あたしはアカで、こっちがヨルね!」
アカが受付の男に声をかけた。男はアカを見て、額に青筋を浮かび上がらせた。
「誰がおじさんだ! 顔が老けてるだけで、まだ23歳だ!」
「おおっと、ごめんなさーいおじさん! 悪かったよ、おじさん!」
男は深いため息をつき、親指で隣の機械を指差した。
「あそこで写真を撮って、裏に名前を書いて俺に渡せ」
「そんなに適当でいいのかよ…」ヨルは小声で呟いた。
「普通の人なら、こんな試験に気軽に応募したりしないからね」アカはにこやかにヨルに言った。
「だって、命懸けなんだから」
「え、マジで? じゃあ、俺やっぱり帰ってもいいかな…」
ヨルは急に怖気づいた。この訳のわからない場所に、もう一秒だっていたくなかった。
「それはダメ。君はあたしの大事なパートナーなんだから」
アカは不意にヨルの腕に自分の腕を絡め、今にも泣き出しそうな声で言った。
突然女の子に密着され、柔らかく温かい感触が腕から伝わってくる。ふわりと、彼女の髪から漂う淡い香りを感じた気がした。
その香りは電流のように、彼の思考を駆け巡る。心臓が言うことを聞かずに激しく脈打つのを感じた。
「そ、それじゃあ…仕方ないな」
ヨルは顔をそむけ、急速に熱くなっていく頬をなんとか隠そうとした。
アカは彼の反応を予測していたかのように、片手で口元を覆ってくすくすと笑った。
(周囲の男たちから放たれる殺気が、さらに膨れ上がった気がする)
彼らは受付の男に言われた通りに写真を撮って渡し、適当な場所を見つけて腰を下ろした。
「もうすぐ入場のアナウンスがあるはずだよ」
「ただの試験なのに、別々に入場するの?」ヨルは不思議そうに尋ねた。
「ん? なんだか勘違いしてるみたいだね? へへっ」
少女は肘で軽くヨルをつついた。
しかし、彼女はそれ以上説明する気はないようだった。ヨルもそれ以上は聞かなかった。
『ヨル、アカ。一号試験会場へお入りください』
しばらくして、アナウンスが響いた。
アカはヨルの腕を軽く引き、一つの部屋へと向かって歩き出す。
「ヨル君、一緒に戦おうね」
少女は笑顔をしまい、すっと息を吸った。
「戦うって…筆記試験じゃないの?」
「ははっ、ヨル君って冗談うまいんだね。さ、行こう」
彼女は部屋のドアを押し開け、彼を引っ張って中へと入っていった。
ドアをくぐるまで、ヨルは目の前の光景を想像だにしていなかった。
目の前に広がるのは、部屋とは到底思えないほど広大な空間。いや、むしろ、まるで異空間に迷い込んだかのようだ。
天井はなく、代わりにどこまでも雲ひとつない青空が広がっている。周りには黄色い砂が舞い、視界が悪くて状況がよくわからない。
「一体ここは…」
ヨルの言葉は、マイクテストの音にかき消された。
『ようこそ、第287回妖術杯ようじゅつはいライブ会場へ! 司会進行は君たちのベストフレンド、このエックスだ! 妖怪の皆さんも、人間の皆さんも、あるいはその両方である皆さんも! ここに迷い込んだただの一般人か、<クラブ>の者でないのなら、参加者たちに盛大な拍手を!』
「ウォォォォォッ!」
四周から割れんばかりの歓声が響き渡る。
そしてヨルはついに理解した。ここは試験会場などではない。
明らかに、人ならざる者たちで埋め尽くされた――「コロッセオ」だ!