ノイズ
2025年8月16日 21時13分
冷たい雨粒が夜空を切り裂き、古いテレビのノイズのように降り注ぐ。路地の奥深くで、音のない狩りが繰り広げられていた。
サクと呼ばれる女の姿は、闇の中でひときわ華奢に見えた。彼女が纏う黒のトレンチコートは風に煽られ、まるで夜の翼のようだ。その手に握られた長刀が、遠くのネオンを反射して死の光沢を放っている。
彼女の正面に立つのは、正真正銘の化け物だった。その体は巨大で分厚く、皮膚はざらついた岩のようで、ぬるぬるとした苔のような物質に覆われている。二つの猩紅の瞳が暗闇で燃え盛り、巨大な爪がコンクリートの地面を引っ掻いて耳障りな音を立てる。呼吸のたびに、腐臭を帯びた白い霧が吐き出された。
先に動いたのは化け物だった。咆哮を上げながら猛然と飛びかかり、その巨大な影が瞬く間にサクを飲み込んだ。しかし彼女は退かず、逆に手にした長刀を力一杯前方に投げつけた。刃が雨の幕を切り裂き、鋭い風切り音を立てて、化け物の右肩後方の壁に正確に突き刺さる。
化け物の爪が彼女に触れる寸前、サクの姿が幻のようにかき消えた。次の瞬間、彼女は刀の柄があった場所に出現していた。
壁を蹴る力で、彼女の体は宙で優雅に回転する。いつの間にか左手に現れていた短刀が、そのまま化け物の硬い首筋の皮膚を切り裂いた。黒い血が噴き出し、化け物は痛みに狂ったように转身し、巨大な爪を滅茶苦茶に振り回したが、空を切るばかりだ。
サクはとうに地面に降り立っていた。化け物の無様な動きを、氷のように冷たい瞳で見つめる。彼女は再び右手の長刀を投げ放った。今度の標的は、化け物の左側遠くにある廃棄されたドラム缶だ。刀は深く金属の胴体に食い込む。化け物の猩紅の目が刀の軌道を追い、サクがそこに出現すると思い込んで巨体をドラム缶へと向けた。
だが、サクは動かなかった。ただ冷静にその場に立ち、化け物が隙だらけになるのを見ていた。彼女は再び化け物の背後に出現し、壁を軽く蹴ると、身体が矢のように射出される。手にした刃は先ほど切り裂いた傷口を狙い、容赦なく再び突き刺さった。
「グオオオオッ――!」
化け物は鼓膜が破れんばかりの悲鳴を上げた。この神出鬼没の戦術に完全に激昂したのだ。もはや刀を追うのをやめ、がむしゃらにサクが最後に現れた場所へと突進していく。
サクは慌てなかった。最後の予備の短刀を高く放り投げると、刀は空中で銀色の弧を描いた。そして彼女の姿はまたも消え、再び現れた時、彼女は中空にいた。落下する重力を利用し、まるで黒い流星のように、空中で受け止めた刀の柄を両手で握りしめ、化け物の脳天めがけて、人と刀が一体となり、容赦なく突き刺した!
金属の刃が頭頂から深々と突き刺さり、化け物の巨体が轟然と震え、猩紅の瞳から瞬時に光が失われた。
ドンッ!
化け物は倒れ、濁った雨水が大きく跳ねた。
サクはその死体の上に軽やかに着地し、黒いコートの裾がゆっくりと垂れる。彼女は無表情に自分の刀を引き抜き、化け物の皮膚で血を拭った。雨水が彼女の端正で冷酷な顔を洗い流し、長い黒髪が濡れて頬に張り付いている。ただその両の瞳だけが、刃のように鋭く輝いていた。
「東京A32区、『妖化者』の掃討完了。<クラブ>の人間、及びその他目標は発見できず」彼女はイヤホンに向かって報告した。
「了解。基地へ戻れ。ヤツは当分現れん。それに、お前はもう三日も寝ていないだろう」イヤホンから男の声が聞こえた。冷たい声色の中に、どこか気遣いが含まれている。
「休息は必要ない。ここの『妖化者』も彼女が放った可能性がある。この機会は逃せない」サクは冷ややかに言い放った。
「はあ…わかった。だが、安全には気をつけろ」男は折れた。
「あの少年の容態は?」
「被害者のことか。幸い、妖化の兆候はない。こちらで『処理』しておく」
「わかった」サクは簡潔に答えると、路地の闇へと消えていった。
「だから、俺はあんたが探してる人じゃないんだって!」エレベーターの中で、ヨルはオレンジ色の髪の少女に向かって叫んだ。少女は少し不思議そうな顔で彼を見つめ、上から下までヨルをじろじろと観察し始めた。
彼には典型的なアジアの少年の黒髪があり、柔らかく短い前髪が額にかかっている。顔に特に目を引くような特徴はなく、顔立ちは整っていて、線も柔らかい。人混みに紛れたら見つけるのが難しくなるタイプだ。
「確かにそうは見えないかも。ごめんね、あたしはアカ。ここで試験を受けに来たブレードダンサー。君の職業は?」少女は快活にヨルに尋ねた。
「職業? 多分…スチューデント(学生)?」
「あはははは! スチューデント? そんな職業聞いたことないよ! あんた面白いね!」少女は腹を抱えて笑った。
ヨルは少し困惑した。「もう行ってもいいかな?」
「行く? ちょっと待ってよ。この試験、二人一組なんだ。あたしのパートナーがどこかに行っちゃってさ。あんた、ここの職員なんでしょ? ちょっと手伝ってよ」少女は大きな瞳を瞬かせてヨルに助けを求めた。
「職員なんかじゃないし、俺は自分がなんでここにいるのかもわからないんだ」
「はいはい、また始まった。わかったわかった、あんたは何も知らないってことで。試験が終わったらお別れでいいでしょ?」少女は明らかにヨルの言葉を信じていない。
「家に帰りたい。俺はただ、家に帰りたいだけなんだ…」ヨルは頭を抱えてしゃがみ込み、今にも泣き出しそうだった。
「泣かないでよ。試験が終わったらちゃんと送ってあげるから」
「…本当?」ヨルは少女の屈託のない笑顔を見て、少しだけ安心した。
「もちろん!」少女は八重歯を見せ、胸を叩いて保証した。
「…わかった」ヨルは目の前の少女を信じるしかなかった。
チーン――。
エレベーターのドアがゆっくりと開く。外にいた人々が一斉に中を覗き込んできた。
ヨルは目の前の光景に度肝を抜かれた。体に奇妙な紋様がある者、明らかに刀剣や盾といった危険な武器を持っている者。
中には手の中の本をもてあそんでいる者もいて、その表紙には解読不能な文字が書かれていた。
「俺は一体、どんな場所に来てしまったんだ…」ヨルは心の中で呟いた。