戦利品と傷跡
闘技場のゲートをくぐった瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、ヨルはその場に崩れ落ちそうになった。
「おっと!」
アカが、その身体をがっしりと支える。初戦の時とは、役割が逆だった。
「よくやったじゃない、ヨル。あんた、最高の術師よ」
「アカこそ……すごかった」
ヨルは荒い息の下で、どうにかそれだけを返した。
アカは、彼の顔を覗き込み、その額の汗を乱暴に拭った。その時、彼女の脳裏に、遠い昔の記憶が、一瞬だけ蘇った。同じように、少し無茶をしただけですぐに息を切らしていた、誰かの姿が。
(……本当に、あんたは見てて危なっかしいんだから)
彼女は心の中で呟き、その思いを振り払うように、ヨルの背中をバンと叩いた。
ゲートの先には、サクが壁に寄りかかって待っていた。彼女は、まるで試合の結果など初めから知っていたかのように、表情一つ変えない。
「能力の発動時間4秒。生体フィードバックは許容範囲内。……初の実戦データとしては、上出来だ」
彼女の“賞賛”は、どこまでも分析的で、冷たかった。
「ブラント・アカ。君の戦闘パフォーマンスも予測を上回っていた。二人間のシナジーは……非論理的だが、有効だ。チームランキングは更新しておく」
サクはそれだけ言うと、踵を返した。だが、去り際に、重要な情報を付け加えるのを忘れなかった。
「気を抜くな。次の対戦相手は、こうも単純ではない。それと……風見蓮が、君たちの試合データを全て買い取った」
その言葉に、ヨルとアカは顔を見合わせる。竹の影が、すぐそこまで迫っているのを感じた。
その夜、二人の部屋は、ささやかな祝勝ムードに包まれていた。
情報端末を確認すると、莫大な額のポイントが振り込まれている。二人は初めて、この殺伐とした世界で「富」と呼べるものを手にした。
「よっしゃー! これで、新しい剣が作れる!」
アカは子供のようにはしゃぎ、武器工房のカタログを食い入るように見つめている。
「そんなに、新しい剣が欲しいのか?」ヨルは尋ねた。
「当たり前でしょ」アカはカタログから目を離さずに答えた。「今の剣は、試作品なのよ。中に混ぜ込んである“妖術師の血”の純度が低くてね。もっとあたしの力……あの“陽炎円舞”を効率よく増幅できる、高純度の“触媒”を使った合金があるのよ。それに、呪いへの耐性もつけたいし」
彼女は、楽しそうに語る。だが、その瞳の奥に、一瞬だけ、別の色が宿った。
「……それに、まだやりたいことがある」
その横顔を見て、ヨルは、自分がまだ彼女のことを何も知らないのだと、改めて思った。




