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ドッペルゲンガー

 第二回戦、当日。

 ヨルとアカは、再び、あの黄砂の舞う闘技場に立っていた。

 だが、彼らの雰囲気は、初戦の時とはまるで違っていた。ヨルの瞳には覚悟が宿り、アカの構えには一切の迷いがない。

『さあ、やってまいりました第二回戦! 東に陣取るは、初戦で衝撃のデビューを飾った超新星、ヨル&アカペア!』

『対するは西! 勝つためには手段を選ばない冷酷な傭兵コンビ! 我こそは二人で一人、一にして二なり! チーム・ドッペルゲンガー!』

 司会者エックスの紹介と共に、反対側のゲートから、二人の人影が現れる。

 ヨルは息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、顔も、背格好も、装備も、そして放つ妖力の気配さえも、全く同じ、瓜二つの男だった。

「……サクさんの言った通りだ」ヨルは呟いた。

「ああ。どっちが術師で、どっちが戦士か、全く見分けがつかない」アカも、額に汗を滲ませながら、しかし不敵な笑みを浮かべていた。「面白いじゃない。やってやろうじゃないの」


『3、2、1、スタート!』


 開始の合図と共に、二人のドッペルゲンガーが、全く同じ動きで、左右からアカへと挟み込むように突進してきた。

「セオリー通りね!」

 サクから得たデータを、アカは完璧に頭に叩き込んでいた。彼らの基本戦術は、瓜二つの姿で相手を幻惑し、完璧な連携で思考の隙を突くこと。ならば──。

「どっちが本物かなんて、考えるだけ無駄!」

 アカは突進してくる二人を前に、一歩も引かなかった。彼女は低く身を屈めると、騎士剣を地面すれすれに、大きく薙ぎ払った!

「“陽炎円舞ヘイズ・ワルツ”!」

 剣の軌跡から、爆発的な光と熱風が円状に広がる。それは、彼女の剣に込められた術師の血を、テクノロジーで増幅させた、指向性の閃光手榴弾のような技だった。

「ぐっ……!?」

 二人のドッペルゲンガーは、咄嗟に腕で顔を庇い、その動きが一瞬だけ止まる。

 アカはその隙を見逃さない。彼女は、より体格の良い、おそらく本物の戦士であろうと踏んだ右側の男へと、一気に踏み込んだ。

 金属音が激しく火花を散らす。男の身体能力は、アカの予想通り、術師のそれではない。だが、アカも初戦の時のように、ただ力任せに打ち合うだけではなかった。彼女は相手の猛攻を華麗な剣捌きで受け流しながら、その視線は常に、もう一人の男──術師の動きを捉えていた。


「ちっ、こいつ、今までの奴らとは違うな」戦士の男が、初めて舌打ちをした。

「ああ。なら、少し“趣向”を変えよう」術師の男が、不気味に笑う。

 次の瞬間、戦士の男の猛攻が、さらに激しさを増した。アカは、その対応に追われ、術師への警戒が僅かに削がれる。

 その、ほんの一瞬の隙。

「──“金縛りの呪言かなしばりのじゅごん”」

 術師の囁きが、アカの耳に届いた。

 途端に、アカの身体が、まるで沼に足を取られたかのように重くなる。思考はクリアなのに、手足にまとわりつくような、見えざる抵抗。動きが、明らかに鈍った。

「しまった……!」

 これこそが、彼らの真の必勝パターン。戦士が相手を拘束し、術師が必殺の呪いをかける。あるいはその逆。幻術は、この本命を隠すための、ただの布石だったのだ。

 戦士の男は、その好機を逃さない。アカの剣を力ずくで弾き飛ばし、がら空きになった胴体へ、容赦のない蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……ぁっ……!」

 アカの身体が、くの字に折れ曲がり、後方へと吹き飛ばされる。

 まずい。このままでは、蓮の時と同じだ。いや、それ以上に、一方的にやられる。


 ──だが、今回は、一人じゃない。


「アカ!」

 ヨルの声が、闘技場に響いた。

 アカは、吹き飛ばされながらも、必死に体勢を立て直し、その声に応えるように、一瞬だけヨルを見た。二人の視線が、確かに交錯する。

 ヨルは、目を閉じた。

 あの地獄のシミュレーションを、思い出す。

 恐怖に呑まれるな。絶望に屈するな。

 ただ、守るべき一点だけを見据えろ。

 彼は、ゆっくりと目を開いた。

 世界から、三度、色が失せる。

 彼の視界には、もはや戦士も、術師も、闘技場さえも映っていなかった。ただ、アカの身体に絡みつき、その自由を奪っている、禍々しい紫色の術式プログラム……その一点だけが、彼の世界に存在していた。

 複雑に絡み合った、悪意のコード。その中枢。全てを司る、たった一行の“定義文”。


(見つけた)


 ヨルは、震える指を、ゆっくりと前に突き出した。

 彼の脳が、悲鳴を上げる。鼻から、再び血が流れる。

 だが、今度は、意識を手放さない。

 彼は、あの地獄の特訓で掴んだ、精密なメスを振るう、外科医の感覚を、思い出した。

 狙うのは、ただ、一点。


「今だッ、アカーーーッ!!」


 ヨルは叫んだ。

 彼が叫び終えるのと、アカの身体から、ふっと重圧が消えるのは、ほぼ同時だった。

 ヨルが、金縛りの術式を構成する、最も重要なコマンドの一文字を、正確に【削除】したのだ。


 その瞬間を、アカは待っていた。

 身体が解放された彼女の動きは、神速だった。

 彼女は、目の前の戦士には目もくれない。その屈強な肩を、まるで踏み台のように、力強く蹴りつけた。

「なっ!?」

 戦士が驚愕の声を上げる。アカの身体は、空中で美しい弧を描き、全ての防御を失った、術師の男の懐へと、一直線に飛び込んでいた!

「しまっ……!」

 術師が、慌てて次の術を編もうとする。だが、それよりも早く、アカの騎士剣の柄が、彼の鳩尾に、深々と叩き込まれていた。

「ぐ……ぉえっ……!」

 術師は、カエルのような呻き声を上げ、白目を剥いて崩れ落ちた。

 術師が意識を失ったことで、彼が維持していた“同一化”の幻術も、完全に解ける。

 そこに立っていたのは、瓜二つの男ではなく、筋骨隆々とした巨漢の戦士と、その影で倒れる、痩せぎすで、臆病そうな目をした女の術師の姿だった。

 戦士の男は、相棒がやられたのを見て、一瞬呆然とし、そして、静かに武器を捨てた。

「……参った。俺たちの、負けだ」


 攻守は、そして勝敗は、一瞬で決してしまった。

 ヨルは、まだ立っていた。鼻血を流し、肩で大きく息をしながらも、その足で、確かに。

 彼は、初めて、実戦で、自らの能力を“制御”し、パートナーの勝利への道を、切り開いてみせたのだ。

 彼の隣で、アカが、汗を拭いながら、不敵な笑みを浮かべていた。


「言ったでしょ」

 彼女の声が、静まり返った闘技場に、楽しそうに響いた。


「あたし達は、二人で一つのチームなんだから」

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