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「竹」の影、「炎」の決意

 ヨルがサクの元で地獄の特訓に明け暮れていた頃、他の者たちもまた、それぞれの戦いに備えていた。


 風見家の広大な屋敷の奥にある、静謐な道場。

 そこに、蓮の姿はあった。彼は木刀を握り、ただ一人、凄まじい気迫を放ちながら素振りを繰り返している。一振りごとに、空気が悲鳴を上げ、見えざる刃が畳を浅く切り裂いた。

 その動きには、妖術杯で見せたような、速さを誇示する傲慢さはない。ただ、一点を見据え、研ぎ澄まされ、敵を滅する以外の全てを削ぎ落とした、鋼のような純粋さだけがあった。

「……蓮」

 道場の入り口に、小雪が静かに立っていた。

「例の少年の件。第四課の『境界模擬室』に、連日出入りしているようです」

「……そうか」

 蓮は素振りを止めない。汗が、彼の頬を伝って流れ落ちる。

「飼い犬になることを選んだか。それで、あの忌まわしき女の『印』から逃れられるとでも思っているのなら、愚かなことだ」

「でも……」小雪は続けた。「第四課が持つ戦闘データの蓄積量は、我々一門の秘伝にも匹敵する。あの少年が、あの特異な力を自在に操れるようになった時……果たして」

「脅威にはなるだろうな」

 蓮は、初めて動きを止め、小雪の方を向いた。その瞳は、底なしの沼のように、深く、暗い。

「だが、関係ない。私が滅すべきは、ただ一人。イザヨイ……あの女だけだ。そのために、この身がどうなろうと構わん」

 彼は再び木刀を構えた。その脳裏に浮かぶのは、もはやヨルでもアカでもない。一族を裏切り、禁忌に手を出した、忌むべきアネの姿だけだった。


 一方、アカは、焦燥の中にいた。

 毎朝、ヨルはサクに連れられていき、夕方、ボロボロになって帰ってくる。日に日に、彼の瞳に宿る光が、鋭さを増していくのを、アカは肌で感じていた。

 彼は強くなっている。

 それは喜ばしいことだ。だが、同時に、アカの心を蝕んでいく。

 自分は、どうだ?

 ただ、彼の帰りを待っているだけ。パートナーとして、何もできていない。このままでは、本当に、自分は守られるだけの“お荷物”になってしまう。

 そんなのは、絶対に嫌だ。

 あたしは、あんたの剣になるって言ったじゃないか。

 その日の午後、アカは一つの決意を固めた。

 彼女は、自分たちが試合で稼いだ、なけなしのポイントの全てを握りしめ、選手村の非公式賭博場──『闘技市場アゴラ』へと向かった。

 市場の管理人に、彼女は言い放った。

「あたしの全ポイントを賭ける。今から、ここで、公開スパーリングをやるわ。あたしが、一時間以内に、十人連続で倒せたら、賭け金は十倍。できなかったら、全額没収。この勝負、乗った!」


 その噂は、あっという間に選手村を駆け巡った。

 夕方、特訓を終えたヨルがサクと共に居住区画に戻ってくると、公開訓練場の一つに、黒山の人だかりができているのが見えた。

 人垣の中心で、オレンジレッドの炎が、舞っていた。

 アカだった。

 彼女は、既に九人の相手を倒していた。その身体は傷だらけで、息も絶え絶えだ。だが、その瞳の輝きは、少しも衰えていない。

「……最後、十人目だ!」

 最後の相手は、身長2メートルはあろうかという、巨漢の男だった。

 ゴングが鳴る。巨漢が、雄叫びを上げて突進する。

 誰もが、アカの敗北を確信した。

 だが、彼女は笑っていた。

 突進を、紙一重でかわす。すれ違い様、彼女の騎士剣が、巨漢の膝の裏を浅く切り裂いた。体勢を崩した巨漢の背後に回り込むと、彼女は残った全ての力を振り絞り、剣の柄で、相手の首筋を痛打した。

 巨体が、轟音と共に崩れ落ちる。

 静まり返る訓練場に、アカの、勝利を告げる荒い呼吸だけが響いた。


 その夜、部屋で。

 ヨルは、黙ってアカの傷の手当てをしていた。

「……無茶、しすぎだ」

「あんたにだけ、言われたくないわよ」

 アカは、消毒液が滲みるのか、顔をしかめながらも、悪態をついた。

 二人の間に、気まずいが、どこか温かい沈黙が流れる。

 先に口を開いたのは、ヨルだった。

「……すごいと、思った」

「え?」

「アカは、すごい。俺がいないところでも、ちゃんと、自分の力で強くなろうとしてる。俺も……頑張らないと」

 彼は、アカの腕に、最後の包帯を巻き終えた。

「俺が強くなりたいのは、アカを守るためだ。でも、それは、アカの後ろに隠れるためじゃない。アカの隣で、一緒に戦うためだ」

 アカは、目を見開いて、ヨルを見つめた。

 そして、たまらなくなったように、ふふっ、と笑った。

「……生意気」

 彼女はそう言うと、治療された腕を軽く振り、そして、ヨルに向かって、力強く拳を突き出した。

「当たり前でしょ。あたし達は、二人で一つのチームなんだから」

 ヨルも、少しだけ照れくさそうに、しかし、迷いなく、自らの拳を、彼女の拳に、こつんと合わせた。

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