#25 黒鉄に降る青雷
「ファル君、来たか。今ちょうど調整が終わったところだ!」
部屋の中は、整理されているようで整っていない。作業台には分解中の義肢ユニット、壁には無造作に並べられた試作銃、床には工具とカフェイン飲料の空き缶が転がっている。
振り返った青年“タン・リー”は、相変わらずのヨレた作業着姿だった。寝癖のついた髪が片方に寄り、首からは何本もの用途不明な工具を吊り下げている。
「オイオイ、まーた寝てねぇのかよ、リー」
「三日……いや、二日と半分ってとこかな。でもほら、見てよこれ!」
彼は両手で大きなケースを持ち上げ、作業台にドンと置いた。中には、一目で只者ではないとわかるショットガンが収められている。
「リファインシリーズの派生モデル。コードは THOR-4。君専用の試作モデルだ」
黒鉄のボディは長身で重々しく、バレルの先には大型のコンペンセイターが鎮座し、銃身を覆うハンドガードにはレーザーポインターと光学サイト、フォアグリップが組み込まれている。太く湾曲したドラムマガジンが腹部にずっしりと収まり、銃身そのものが生き物のような存在感を放っていた。
「名前の意味もあるんだ。Tは僕の名前、“タン”から。Hはヘビーショットガンの“ヘビー”。Oは設計の元になったマガジン式ショットガンから。Rはリファイン、そして“4”は4ゲージを示す数値。力を意味する“フォース”とも掛けてある」
「名前がすげぇな。雷神かよ。撃てば雷鳴が轟くってわけか」
「うん。撃てば雷鳴、撃たれた方は雷に撃たれたような衝撃でただじゃ済まない。そういうイメージで設計してみた」
「本当に社内試作か? これ……もう完成品だろ」
「まだ、ほんの試作一号機だよ。でも、君みたいな現場の人間に使ってもらえるのが一番嬉しい。……僕の作ったものが、誰かの役に立つって、技術者冥利に尽きるからね」
「おいおい、朝から感動路線かよ」
ファルが苦笑すると、リーも少し照れたように肩をすくめた。
「ただ、そういう気持ちもたまには言っておかないと、また黙って壊されるかもしれないからね。……まあ、壊されても直すけど」
「へいへい、そいつぁ頼もしいこって」
ファルは一度ショットガンを脇に置き、ゆっくりと腰を伸ばす。
空調の音が微かに唸り、蛍光灯の光が静かに揺れていた。
「なあリー。三日だか二日と半分だか知らねぇが……飯、ちゃんと食ったか?」
何気なく問うたつもりだったが、返ってきた答えは予想の斜め上を突き抜けていた。
「食べたよ。……昨日の夜は、栄養バーとエナジードリンクを煮込んでスープにした。思ったよりトロみが出たんだ。あれ、多分ゼラチンの仕業だね」
ファルは眉をひとつ跳ね上げ、ふっと鼻を鳴らした。
「そりゃ“食った”っつーより“錬成した”に近いだろ。胃袋の方は大丈夫かよ?」
「んー……たぶん。さっきからちょっとだけ胸焼けしてるけど、それは空腹かもしれないし」
そんなやり取りをしながら、ファルは何気なく一歩、距離を詰めた。
その瞬間、わずかに顔をしかめる。
「……おい。お前、ちょっと匂うぞ」
「えっ?」
リーは自分の腕をくんくんと嗅ぎ、きょとんと目を瞬かせた。
「おかしいな。ちゃんと工業用アルコールで拭いてるんだけど」
「……せめて風呂にしとけ。頼むから」
「でも、工業用の方が消毒力高いし。時短になるし」
「時短で命を削ってんじゃねぇよ…。技術者っつーのはそういうのも含めてちゃんと整えてからが本番だろうが」
ファルは頭をかきながら呆れたように笑い、リーはどこ吹く風といった表情で肩をすくめた。
「じゃあ、今度は消毒の後に芳香剤でも振っとこうか」
「いや……そういう問題じゃなくてよ……」
ファルが呆れ声で返すと、リーは「研究者は自己犠牲の精神でね」と笑いながら自慢気に胸を張った。
だが、その胸元からは明らかにカフェインと油脂の匂いが立ち上っている。
「……芳香剤の前にシャワーだ、シャワー。お前の自己犠牲の前に俺の鼻が犠牲になっちまう。まずはそこから改善しろ」
言いつつ、ファルは再び THOR-4を持ち上げた。
手になじむ重量。新しい装備の感触に、口元が自然と引き締まる。
「まあでも……この武器にしろ、お前のズレた生活スタイルにしろ、見てると元気出るわ」
「褒められてると、受け取っておこうか」
二人の間に、ほんの束の間の静けさが流れる。
空調の送風音がやや強まり、天井の照明がかすかに唸った。
そのときだった。
耳を刺すような電子音が、突然、空間を引き裂く。
研究室全体が赤色灯に包まれ、天井のスピーカーから鋭いアラートが叩きつけられるように響いた。
「警告。メディオ支社エントランス前にて、複数の車両による武装集団の接近を確認。関係者は至急、館内安全区画へ避難してください」
ファルは反射的に身を起こし、 THOR-4に手をかけながら首を傾げた。
「……警報だぁ? 今日は訓練の予定だったか?」
リーはすでに端末へ駆け寄り、キーボードを素早く叩いていた。
「そんな連絡、僕には来てない。……ちょっと待って、映像拾ってみる」
キーボードを叩く手が一瞬止まり、モニターに支社エントランスのライブ映像が浮かび上がる。
複数の車両が突っ込むように到着し、武装した兵士たちが手際よく降車してくる。
全員が揃いの戦闘服に鉄鬼衆の徽章を付け、完全武装でメディオ支社のエントランスへと乗り込もうとしていた。
「これ……訓練じゃない。しかもこの装備……鉄鬼衆の制式装備だけど、上からの指示じゃないはず……!」
『強き國の復権を願い、我らは今ここに立つ! 腐敗と堕落の象徴を討つために! 真なる國を取り戻すために!』
突如、室内に設置されたスピーカーから割り込んで来た音声にファルはわずかに表情を曇らせた。
「……強き國、ね。どっかで聞いたような台詞だな」
記憶の引き出しを開け閉めし、思い当たった節に眉根を寄せながらファルは腕組みして唸り声を上げる。
「行くのかい、ファル君」
「訓練じゃないなら社内の内紛だろ。馬鹿馬鹿しいが、誰かがぶん殴って落ち着かせねぇと」
THOR-4に視線をやると、リーが横からマガジンを差し出した。
「これ、非殺傷弾。命までは奪わないはずだけど……充分痛いよ」
「おう、助かるぜ」
ファルは受け取ったマガジンを装填し、チャージングハンドルを引く。
金属音が銃の内部で律動し、初弾がチャンバー内に装填された。
その間に、リーはロッカーを開けて中から黒の戦闘スーツを取り出した。
「それと、これ。キミが普段使ってるパワードスーツと同型。改造はまだだけど、鉄鬼衆相手に生身で戦うわけにはいかないでしょ?」
「サンキュ、お気に入りのライダースーツがズタボロになるところだったわ」
ファルは苦笑しながらそれを受け取り、素早く装着を済ませた。
肩のスリングを調整し、銃の重みを確かめる。
「リー。部屋のシャッターを閉めろ。俺が戻るまで、絶対に出るな」
「了解。非常用セキュリティ、起動……完了。……ファル君、くれぐれも気をつけて」
ファルは頷き、扉の前で一瞬だけ息を整えた。
「昼までには片付ける。ダチと飯の約束してんだ。こんな連中に邪魔されるわけにはいかねぇ」
リーは小さく目を見開き、次いでゆっくりと笑った。
「……行ってらっしゃい。健闘を祈るよ」
ファルはドアを開き、警報と赤光に包まれた廊下へと踏み出した。
足音が、金属の床に吸い込まれるように響いた。
赤く明滅する非常灯の下、ファルは無人の廊下を駆けるでもなく、だが確実な足取りで進んでいた。靴底の感触と、肩にずしりと掛かる THOR-4の重量が、現実を引き戻してくる。
廊下の角を曲がるたびに、何かが始まりかけているという気配が強まっていた。
まるで建物そのものが息を潜め、これから起こる衝突に備えているかのようだ。
「『強き國』か……。無関係、じゃねぇな流石に」
警戒しつつ乗り込んだエレベーターが静かに停止し、ファルは二階のフロアへ踏み出す。
高天井のホールには白と銀の内装が広がり、階下を囲むガラスの手すり越しに、一階のエントランスが見渡せる。
ファルの視線の先では、重装の兵士たちが列を成し、エントラスを制圧していた。
無地の戦闘服に、黒鉄のパワードスーツ。極東重工の制式装備を纏った鉄鬼衆の一団。
だが、そこにあるのは秩序ではなかった。
車両が突入した跡には割れた自動ドアの残骸。ロビーの壁面には銃痕が残り、彼らは外部に向けてエントランスに置かれていた机とソファを積み重ね、粗雑なバリケードを構築していた。
動きは統率されており、敵意の矛先は誰の目にも明確だった。
ファルは一度身を引き、エレベーターホールの端に身を滑り込ませる。
周囲には来客用のテーブル、簡易チェア、案内スタンド。
片端から掴み取り、音を立てぬよう素早くエスカレーターを塞ぐように組み上げていく。
やがて、エスカレーターの出入り口に即席のバリケードが立ち上がった。
その合間にも、通信端末を操作する指が止まらない。
セイナのアドレスを呼び出し、何度も通話を試みるが、端末は微かに震えるだけで何の応答も返さなかった。
通信は完全に封じられている。ノイズ混じりの画面が示すのは、広域に撒かれた妨害電波の兆候。
小さく悪態を吐き、ファルは遮蔽物の背へ身体を預ける。
呼吸をひとつ、ゆっくりと落とし込んだ。
そのときだった。階下から、拡声器を通した声が鳴り響いた。
「諸外国から目を背け、弱腰に成り果てた天帝よ! 我ら『強き國』の義勇が、今ここに直訴する!」
声は続く。
「我らの祖国に必要なのは、真なる再興! 富國強兵! 戦力の増強と権力の集約! 腐った上層は取り除かれ、新たなる“秩序”が打ち立てられねばならぬ!」
兵士たちが声を上げる。口々にスローガンを叫び、銃を掲げて拳を振り上げる。
その叫びは宗教的な熱を帯びていて、明らかに普段の鉄鬼衆の規律に則った行動ではなかった。
「これより支社長室を制圧し、メディオ支社を強き國の新たなる拠点とする! 我らの大義に、迷いはない!」
ファルはそっと THOR-4のスリングを手繰り寄せた。
光学サイトのカバーを外し、チャージングハンドルを僅かに引いてチャンバー内の薬莢を確かめる。
その顔に、わずかな憤怒が浮かんだ。
「ウチの社員を焚き付けて、クーデターまで起こさせやがって。 【鎧の男】、テメェの計画なんざ、俺が全部ぶっ潰してやるよ」
照明が微かに瞬き、警報の残響が空間を脈打つ。
ファルは姿勢を低くしたま
ま、遮蔽物の陰で静かに待機した。
鉄鬼衆過激派たちの演説が終わると同時に、エントランスの騒がしさは次第に統率された動きへと変わっていった。
過激派の主犯格らしき男が一歩前に出て、拡声器を通して命じる。
「第五小隊、支社長室を制圧せよ。第二小隊は研究室棟からの退路を確保せよ。《《あの方々》》が戻られる前に、迅速に大義を遂行するのだ!」
その指示に従い、十数名の選抜兵が列を組んでエスカレーターの下へと移動する。
装備は統一された黒鉄のパワードスーツ。重装でありながら歩調は素早く、視線は常に上階を睨んでいた。
警戒態勢のまま、最前列の兵士がエスカレーターの最下部から上を仰ぎ見る。
「……バリケードだ。テーブルと椅子で封鎖している。誰かいるかもしれない」
「逃げた奴が慌てて塞いだんだろう。突破しろ。構わん、進め」
「後ろがつかえてる。早くそのバリケードを何とかしろ」
号令と共に、部隊はゆっくりとエスカレーターに乗り込んでいく。
身を屈め、銃口を構えながら、金属の段差を踏みしめる足音が重たく響く。
「……ワリィがここは通行止めだ」
バリケードを撤去するため、武器から手を離していたのが仇となった。
誰かが息を呑んだその刹那、火を噴いたのは、バリケードの向こうに潜む銃口だった。
最初の一撃は、雷鳴のような音を伴って放たれる。
4ゲージという大口径のスラッグ弾が、弾丸というより質量の塊として先頭を進んでいた鉄鬼衆の兵士の装甲を殴りつけ、黒鉄の胸部を大きく凹ませた。
銅鑼を叩くような鈍い音と共に兵士が仰け反り、重心を崩して後方へ倒れる。
二発目、三発目が連続して撃ち込まれる。
続く兵士たちの動きが一瞬遅れた。
崩れた先頭にぶつかった後列が連鎖的にバランスを崩し、重装の塊がそのままエスカレーターを逆流するように転げ落ちていく。
金属同士がぶつかるくぐもった音。装甲がきしむ耳障りな音。怒号と呻きが混ざり合い、ひとつの塊になって下階へと崩れ落ちた。
その様は、まるで“将棋倒し”。
先頭の転倒によって後続が押し潰され、逃げ場を失った兵士たちが装甲ごと押し流される、軍隊における最悪のパニックの一種だった。
崩れ落ちた兵士たちの中から、かろうじて立ち上がった一人が叫ぶ。
「て、敵襲! 上にいる! 待ち伏せされている!」
その声に合わせて、他の過激派たちが視線を上げた。
階上、バリケードの上から身を乗り出したファルが、光学サイト越しにTHOR-4を構えた姿で見下ろしていた。
彼はわずかに肩を揺らし、告げる。
「俺の名はファル。『黒備え』が百人隊長“信玄”の一番槍、 青き武器庫のファルだ」
その名に、敵の陣営に一瞬の沈黙が走る。
極東重工が誇る鉄鬼衆。その数千人の私兵部隊の頂点に立つ精鋭中の精鋭こそが『黒備え』である。黒備えひとりは鉄鬼衆百人の戦力にも匹敵するという逸話は、鉄鬼衆なら誰もが知りうる“事実”だった。
彼らの銃口の先にある 存在が放つプレッシャーが、その逸話が誇張された嘘や冗談ではないことを、誰もが肌で悟った。
だが、その沈黙を破ったのは鉄鬼衆過激派の主犯格だった。
「怯むな! 奴の武器はショットガンひとつ! 撃ち切らせれば高々一人の武装兵だ! 進め! 大義に殉じよ!」
煽動の声が新たな怒号を生み、エレベーターホールへの再突入が始まった。
ファルは息を整え、銃身の温度を確かめるように手を添える。
「へぇ、さすが鉄鬼衆、こんなもんじゃビビんねぇか……んじゃ、『黒備え』に喧嘩売るってのがどういうことか……思い知らせてやらぁッ!!」
暴風のように猛り狂う怒声と共に、肩がわずかに沈む。
わずかな静寂ののち、下階から足音と怒号が一斉に駆け上ってきた。
鉄鬼衆の過激派たちが銃を構え、エスカレーターを突き進む。
ファルは身を低くし、遮蔽物の奥で呼吸を一つ。バリケードの隙間から射線を見極め、そっと引き金に指をかけた。
次の瞬間、 THOR-4の銃身が爆ぜる。
鋭い轟音とともに放たれたスラッグ弾が、敵のヘルメットを真正面から撃ち抜いた。
「……空っぽ?」
だが、中身は空だった。ヘルメットごと頭部が吹き飛び、装甲の内側から布切れのようなものが舞い上がる。
ファルは一拍遅れて理解した。
先ほど撃ち落とした兵士たちの装甲を回収し、即席の囮として前線に立たせていたのだ。
背後の兵たちは、その影に隠れてエスカレーターを進軍していた。
「そんな程度で俺が怯むと思ったかよ」
ファルは歯をむき、 THOR-4を一度脇に預けた。
近くに放置されていた丸テーブルに目を留めると、両手でそれを持ち上げ、即座に投擲体勢を取る。
パワードスーツの腕部、そして脚部モーターが唸りを上げる。
腰を捻り、脚部フレームのアクチュエータが火花を散らすと、丸テーブルは空気を裂いて飛び出した。
次の瞬間、丸テーブルは弾丸のような軌道で、ほぼ直線的に空中を飛翔する。
放物線すら描かずに放たれた一撃は、敵の持つ囮の装甲ごと、前衛の兵士を薙ぎ払った。
金属の衝突音がホールに反響し、鎧ごと持っていかれた兵士が後方の兵と激突する。
ファルは狙いが命中したのを視認して、 THOR-4を構え直した。
「ストラァァイク!」
叫び声とともに、再びショットガンの銃口が火を噴く。
二発、三発、続けざまの雷鳴が戦場に轟いた。
圧縮された非殺傷弾が空気を割き、敵の肩口や脇腹に衝撃波のような打撃を与える。
重装パワードスーツでなければ骨が砕けるような一撃を連続で受けた兵士たちは、次々と倒れ、後列と交錯しながら階下へ転げ落ちていった。
煙が立ち上り、金属と肉の軋む音が交じり合う。
エスカレーターを登ってくる敵の足取りは明らかに鈍っていた。
ファルは呼吸を整えつつ、視線で敵の数を確認する。
地の利を生かした迎撃は、今のところ成功している。
だが、永遠には続かない。
THOR-4のドラムマガジンはすでに撃ち尽くしていた。
そして、地を揺らすような重厚な足音が再びホールに響き渡る。
次に姿を現したのは、第三波。
彼らはもはや囮など用意しなかった。
武装は、重機関銃とショットガン。確実にバリケードを破壊するという意思の表れだった。
上り側だけでなく、下り側のエスカレーターをも逆走してくるという、強行突破そのものの戦術。
まるで装甲を身に纏った黒鋼の波濤が、壁をなぎ倒しながら迫ってくるようだった。
ファルは口を真一文字に引き絞り、ドラムマガジンを取り外し新たなマガジンを装填する。
チャンバーが閉鎖される金属音が重々しく鳴る。
肩に銃を構え直すと、吐息を一つ、深く吐き出した。
「気迫じゃ、負けてたまるかよ……」
黒鉄の兵士たちが第三波となる攻勢の構えを取り始めたそのときだった。
エスカレーター下の戦場に、まるで場違いなほど気取った声が舞い込んだ。
「苦戦しているな、ファル」
凛と発せられた言葉と共にひときわ大柄な鉄鬼衆が崩れ落ちるように膝をついた瞬間、その背後から一陣の風が吹き抜けた。
風に乗ってきたのは、 赤い軌跡。
鮮烈な飛び蹴りが、鉄鬼衆過激派の一人の顔面を撃ち抜く。ヘルメットのバイザーが砕け、鈍い音を立てて巨体が後方に吹き飛んだ。
「貴様、何者だ!」
「おあつらえ向きのセリフだな、悪党ども!」
唐突に響いた芝居がかった声。
飛び蹴りからの着地と同時に、赤い腰マントが翻る。刻まれた赤いラインが目を引く強化装甲服に、黒い戦闘ブーツ。乱れのない動作で構えを取ったその男の輪郭は、先ほどまで言葉を交わした男の、しかしファルのよく知る姿だった。
「……セイナ! 無事だったか!」
上階から思わず声をかけたファルに、男は一度だけちらりと振り返り、唇の端を上げて応える。
「俺の名前はセイナではない。俺は悪を切り裂く一陣の赤き閃光、“正義のRED LINE”だ!」
ほんの一瞬、戦場に沈黙が走った。
ファルは呆れを通り越して肩を揺らし、苦笑する。
「……お前って、ノッてくるとそうなるんだな」
「赤き……? だ、誰だか知らないが、 強き國の実現を邪魔するなら、貴様も敵だ!」
鉄鬼衆の一人が咆哮し、銃口をセイナに向けた。
「……フッ、そうか、では君たちの“大義”を、俺の“正義”で打ち砕こう」
ビシッと人差し指を突き出したその宣言と同時に、セイナは跳び込んだ。
銃口が追いつくよりも先に、肘が鉄鬼衆の側頭部を撃ち抜く。振り向いた兵士の顔面に膝蹴りが突き上げられ、連撃が重装を穿つ。
ファルはその隙にバリケードの裏から飛び出すと、ショットガンを構えて援護射撃に入る。
「邪魔立てするなら潰せ!」
過激派主犯格の号令とともに、銃口が一斉にセイナへと向けられた。
だが、その全てがワンテンポ遅れていた。
彼はすでに、鉄鬼衆の集団の内側へと入り込んでいる。
最前列の兵士が銃を構えきる前に、セイナの膝蹴りがその顎を跳ね上げる。
装甲の隙間を狙い澄ました一撃。内部構造に響く衝撃は、火器よりも早く戦意を奪った。
「一撃目、確実に。二撃目、静かに。三撃目、派手にいこうか」
足払いからの回転肘。赤いマントが翻り、巨体が重力に負けて倒れ込む。
その上、上階から雷鳴が轟いた。
ファルの THOR-4が火を噴き、階下の過激派を襲う。
照準を定めた一撃は、鉄鬼衆のパワードスーツの関節部を正確に捉え、装甲を捻じ曲げるように貫いた。
「派手にやりゃいいってもんじゃねぇが……今回は特別だ」
ファルは遮蔽物の合間から身体を乗り出し、立て続けに2発、3発と撃ち込んでいく。
爆音とともに散る火花。煙が薄く立ち昇る中、敵の前衛が軒並み後退を余儀なくされた。
「俺から視線を外すたぁ、随分と余裕じゃねぇか。あぁ?」
セイナが声を上げると同時に、ファルに銃口を向けていた兵士を、床ごと踏み抜く勢いのかかと落としで沈めた。
機械仕掛けの脚部がきしみを上げて倒れ込み、爆発的な重量がエントランスの床を軋ませる。
「鉄鬼衆相手にあくまで格闘戦に持ち込むつもりか、あの正義バカ……!」
呆れ混じりの呟きを漏らしながらも、ファルの視線は確実にセイナの動きに合わせていた。
セイナが前を引き付け、ファルが後列を削る。上下で交差する援護と打撃の連携が、乱戦の主導権を握りつつあった。
「援護、感謝するよ。もう少し引き付けられる」
「引き付けすぎて死ぬなよ、ヒーロー。そっちは無傷でいいからな!」
通信は通じずとも、視線と動きが言葉の代わりになる。
この場にいるのは二人。だが、その戦いぶりはまるで十人分の手数を持っているかのようだった。
セイナの乱戦が火種となり、敵の陣形が一気に崩れた。
「隊列を組み直せ! 距離を取れ!」
過激派の主犯格が怒号を飛ばすも、先程の THOR-4の直撃で部隊は既に満身創痍。
再編を待たず、ファルは再びトリガーを引いた。
ズン、と低く腹に響く衝撃。
発射音と同時に、二人目の兵士が胸を抉られ、後方へ弾き飛ばされる。
「どうした? 《《たかだか一人の武装兵》》も食い破れねぇってか」
吹き飛ばされた兵士が三段、四段と跳ねながらエスカレーターを転がり落ちていく。
その度に過激派の足元が乱れ、誰かが転び、また誰かが引きずられる。
「そんな詰め方じゃ、また将棋倒しになるぜ?」
ファルは言葉と共に、また一発。
だが。
次の引き金に指をかけた瞬間、カチリと軽い音。
スライドが後退し、薬室が空っぽであることを告げる。
「……チッ」
即座に予備のマガジンへ手を伸ばすが、その隙を逃すまいと重機関銃の掃射に慌てて身を隠す。
「くそ、こういう時に限って余裕がねぇ……!」
敵の足音が、エスカレーターを踏みしめて近づいてくる。
装甲の擦れる音が徐々に階上へと迫り、黒い面頬の仮面が手すりの向こうから覗く。
ファルは舌打ちし、何か武器はないかと左右に視線を飛ばした。
視線の先には、先ほど自らが築いたバリケード。
来客用の丸テーブル、椅子、サインスタンド。どれもこれも銃撃で穴が空き廃材同然だった。
しかし、ファルは何かを思いついたように獰猛に口元を歪める。
「……ッシャァ! 即席 青き武器庫、見せてやらぁッ!」
言うが早いか、バリケードの端に転がっていた椅子のひとつを掴み、パワードスーツの出力を最大にまで引き上げる。
膝を沈ませ、溜めた反動を利用して、一気に投げた。
椅子が、唸りを上げて宙を飛ぶ。
弧を描くはずだったそれは、パワードスーツの補正と腕力によって、ほとんど直線的にエスカレーターの中腹へと飛来した。
丸テーブルが風を裂いて飛び、空の鎧ごと構えた敵兵を吹き飛ばす。
階下でガシャリと何かが潰れる音が響いた。
「ストラァァイク! は……言ったっけ」
すかさずもう一脚。ラウンジチェアが回転しながら宙を舞い、後続の兵士のヘルメットに直撃。鈍い音と共に彼の姿が背後へ崩れ落ちた。
「デッドボォォォル!!」
高らかに叫びながら、ファルは残る“即席兵器”の数をちらりと確認する。
「 青の武器庫、在庫限りで大特価だぜ……!」
重量物が空を切り、敵の装甲にぶつかるたびに爆音が鳴る。
破壊音が連続し、エスカレーター下は一時的に混乱へと飲み込まれた。
階段の下、エントランスホールの中心に残ったのは、未だ抵抗を続ける鉄鬼衆の最後の部隊。
十数名が横隊を組み、銃口をセイナへ向けて陣取っている。
「……固まってんなら、狙いやすくて助かる」
エスカレーター上階。ファルはバリケードの影に隠れながら、静かに息を吐いた。
ショットガンは空。だが、彼にはまだ“弾”が残されている。
自身の背後に山積みにされた弾を一瞥し、ファルは床を踏み締めた。
「ヒーロー! ちゃんと避けろよっ!」
ファルが振りかぶったのは、先程まで自身が籠っていたテーブルセットの椅子。
片手で回転をつけて投げると、それは大きな風切り音を立てて、アーチを描きながらエントランス中央へと飛んでいく。
鈍い音が鳴った。
狙い澄ました一撃は、陣形の中央にいた兵士の頭部にクリーンヒットし、そのまま背後へと吹き飛ばした。
予想外の攻撃に、残る兵士たちが一瞬、射線を見失う。
「ファル!? 君は何をしているんだ!」
「見て分かんだろッ! 敵をぶっ倒してんだ、よっ!」
叫びと共に、第二投。飛来するは大きな観葉植物。
土と鉢が粉砕音を立てて炸裂し、巻き込まれた敵兵が呻き声を上げて膝をつく。
「そんな攻撃があるか! 馬鹿なのか君は!?」
「うっせぇ! 文句言う暇があるなら戦えよヒーロー!」
第三投は、案内スタンド。
鋭く放たれた金属製の板は、盾を構えていた兵士の手元にブーメランのように突き刺さり、思わず装備を落とさせる。
そのまま前線が崩れ、セイナがさらに突撃。
下から突き上げるような踵落としが敵の仮面を叩き割る。
「いいタイミングだ、ファル!」
「狙ってやってんだよ! そら、次! 受け取りやがれッ!」
次の瞬間、ファルは大きな丸テーブルの脚を両手で抱え、重心を沈める。
パワードスーツの補正が作動し、ハンマー投げのように放たれた丸テーブルは鉄鬼衆の左翼へと突っ込み、吹き飛ばされた兵士が二人まとめて床を転がった。
さらに続けて椅子、パネル、雑誌ラック。ファルは手に届く物すべてを武器に変え、上階からの雨のような投擲で、エントランスの部隊を容赦なく打ち崩していく。
その光景は兵器の行使というより、そうあるべくしてあつらえられた舞台装置のような投擲の連打だった。
「ふざけた攻撃を……だがっ、止まれ! 陣形を……!」
「む、無理です……! これ以上の戦闘継続は……」
主犯格の怒声が響く。だが、砕かれた陣形はもはや崩壊寸前だった。
ファルの“空爆”によって統制を失い、セイナの拳がそこへ突き刺さる。
エントランスの床を蹴り裂くような足音が交錯し、破砕音と怒号が混じり合う戦場。そのただ中で、セイナは赤い稲妻のごとく動いていた。
重厚なパワードスーツの巨躯を相手にしながら、一歩も引かぬ踏み込み。
接近戦。それも徒手空拳という、現代戦闘からすれば常軌を逸した戦法。だが、その拳と脚が描く軌跡は、まるで型を持たぬ舞のように流麗で苛烈だった。
「遅いぞ、その銃口。隙だらけだ」
低く呟くと同時に、鉄鬼衆の一人の背後へ回り込む。
踵を軸に半身を回し、装甲の関節を正確に突く掌打。ドン、と鈍い音が響き、兵士の身体が傾ぐ。
さらに肘、膝、拳が連撃を成して全身へと叩き込まれた。
たまらず膝を折った鉄鬼衆を、そのまま床へと沈める。
その刹那、背後からの火線が閃いた。
上階のバリケード、だいぶ目減りしたその奥から、ファルの THOR-4が再び火を噴いたのだ。
残された最後の一本のドラムマガジンを装填。構えた銃身が火花を散らす。
弾丸が放たれる度、鉄鬼衆の重装を打ち抜く。関節部、視界装甲、重心軸。
そのすべてを、ファルの正確な射撃が崩していく。
「セイナ、一気に畳んじまうぞ!」
叫びと同時に、ファルはバリケードを蹴って跳躍。
黒のパワードスーツがしなり、階段の縁を踏み込んだ反動を乗せて、そのまま地上階へと飛び降りた。
着地の衝撃が、床を震わせる。
ファルの着地に、一瞬敵の動きが止まる。
眼前に降り立ったファルの威圧感に、主犯格が声にならない悲鳴を漏らした。
「よう、“強き國”の主張は終わりか? 俺から一発、感想のプレゼントだ」
構えた THOR-4の銃口が、まっすぐに主犯格を捉えた。
引き金を引く。
非殺傷弾とはいえ、4ゲージの衝撃は強烈だった。
炸裂音と共に撃ち出されたスラッグが、主犯格の胸部装甲をえぐり、壁際へと吹き飛ばす。
パワードスーツごと叩きつけられた主犯格が呻き声を上げ、動かなくなる。
ファルは躊躇なく駆け寄ると、その胸ぐらを掴んで壁に叩きつけ直した。
「誰に唆された?」
声は低く、だが決して穏やかではなかった。
「“強き國”だとか、直訴だとか……テメェみたいな下っ端が思いつく言葉じゃねぇだろ」
主犯格の男は、荒い息を吐きながら、口の端を吊り上げた。
「言えるわけ……ないだろ。知らねぇよ、そんなの。俺は、ただ……指示された通りに……」
「指示されたって誰からだ!」
拳を振り上げたファルを、セイナがそっと肩に手を置いて制した。
ファルは唇を噛みながら拳を下ろし、代わりに地面に転がっていた通信機へと手を伸ばした。
無骨な通信端末。主犯格が戦闘中に使用していたものだろう。
チャンネルを探りながら、ファルはそれに口を近づける。
「聞こえるか。こちらはメディオ支社エントランス制圧部隊……を制圧した者だ」
短くノイズが走ったあと、通信の先に何者かの反応があった。言葉ではなく、微かな呼吸音と、動揺の気配。
ファルはゆっくりと口を開く。
「俺の名はファル。“黒備え”が百人隊長『信玄』の一番槍、“ 青き武器庫”のファルだ」
怒気を含んだ声音が、沈黙の空間を貫く。
「首謀者は俺がぶん殴ってシメた。テメェの敷地内で好き勝手にしてくれた礼は、きっちり返した」
ファルの声は、ますます低く、凍りつくように響く。
「仲間に銃口向けたテメェらも、見つけ次第、一人ずつ落とし前を付けさせてやる。地の果てまでも追いかけて、な」
静かな怒りが、その場にいる全員の胸に残響を刻んだ。
一拍の沈黙。そのあと、ファルは短く息を吐き、無線機を地面に叩きつけた。
衝撃と共にひびが走り、金属の筐体がねじれながら床に転がる。
「震えて待ってろ」
そう吐き捨てると、ファルは近くの鉄鬼衆から拘束具を回収し主犯格の両腕を背後で固定する。
その間、セイナは沈黙のまま、倒れ伏した兵士たちをひとりずつ確認していた。
「Punishment complete……悪はここに鎮圧した」
ファルは一つ息を吐き、背中から THOR-4を下ろして静かに構えを解いた。
天井の非常灯は依然として赤く明滅を続けている。
耳をすませば爆発音や銃声が聞こえてきていた。
それは、敷地内で過激派が暴れているということ。
「……これで終わりじゃねぇ。外でまだ暴走してる馬鹿どもも黙らせねぇと。セイナ、手伝ってくれるか?」
セイナは無言で頷き、ゆっくりとマスクを外す。
額に浮いた汗を指で拭い、湿った前髪をかきあげる。
ふたりは視線を交わすだけで、次に向かう場所を理解していた。
「外に俺のバイクが停めてある。……黒備えの景色、見てみるかヒーロー?」
ファルもフルフェイスマスクを脱ぎニヤリと笑うと、片手で支社の正面玄関を指差す。
そこには、黒の大型バイクが人工光を反射して舗装を静かに煌めかせて佇んでいた。
「フッ、一つの戦いを終えたヒーローはバイクで去る。それが美学というものだ」
セイナは嬉しそうに頷き、疲れを押し殺してその背に乗る。
エンジンが静かに点火され、低く地を這うような唸りが夜の空気に溶けていった。
二人を乗せたバイクが、ゆるやかに動き出す。
静まり返った支社を背に、非常灯の赤が遠ざかる。
遠く、まだ途切れずに響く銃声と怒号。
戦いの火は、完全には消えていなかった。




