3-①.知らぬが仏
軟禁生活二日目。まだ一夜を過ごしただけだが、もう既に何ヶ月も過ごした気分になっている。
唯一の話し相手、黄田飛耀とはまだ微妙な空気が続いたままで会話をしようとは思えない。
(ああ、誰か遊びに来てくれたらいいのに……)
何十回と読み返した漫画を読みながらそうぼやく。実家にはそれなりの量があるが、ここに持ってきたのは中でもお気に入り、飽きるほど読み返したものだ。
外部との接触は禁止のため、インターネットが使えないのでこうしてずっと読んでいる訳ではあるが、そろそろ完全に暗記してしまいそうだ。
春特有の暖かな日差しにうつらうつらしていると、玄関がコンコンと鳴った。
「どうぞー」
つい癖で言ってしまった。だがきっと黄田がどうにかしてくれるだろう。
「次郎〜! 久しぶり……ってうわー?!」
バンと大きな音を立てて戸が開く。パーカーにスウェット、伸びっぱなしの黒髪。見るからに適当そうな男性が騒がしく入室しようとしたが、黄田の能力がそれを許さなかった。
「どこの人間だ。目的は何だ。答えろ」
昨日彼が言っていた罠とはこれのことだろう。闇元素で構成された縄のようなものが侵入者の体を締め付けている。
「えっ何なにドッキリ? 俺そういうの苦手だって――」
「答えないなら殺す」
ギッと鋭い眼光で睨みつければ、ギチギチと音を立てて締め付けが強まる。
「あー! 言います言います! 俺は土生彰宏、中野区に住んでる大学一年生! 彼女募集中!」
「何の目的で来たか聞いているんだ。死に急いでいるのか?」
「とっ友達! 友達に会いに来たんだよ! ここら辺の大学寮に住んでいるとは聞いたんだけど、道がわからなくて……それで人に寮はどこにあるか聞いたらここだって言われたんだ! 信じてくれ!」
そういえば入学時の電車内で大学生も多かった気がする。黄田は警戒したままで、解放しそうな気配は無い。可哀想だから助け舟を出そう。
「その友達って環秀大学の人?」
「そう、その大学!」
「やっぱり方面は間違ってなかったか」と続ける彼、土生を見て拘束を解く。
「僕の早とちりみたいだったな。申し訳ない」
一転して謝る黄田。お辞儀の角度は完全に九〇度で、声色から誠心誠意謝罪をしているのは疑いようがない。
「そんな、頭を上げてよ。元はと言えば間違った俺が悪いんだし……まあ、お互い様ってことで止めにしよ! ね?!」
おずおずと頭を上げ、土生の様子を伺っている。いつもは高圧的なのに、こうやって腰を低くしている様はなんだか面白く見える。
「それじゃ」と扉を開け、土生は一歩踏み出すとその場に倒れ込んだ。
*
「本当に申し訳ない……」
先程から土生の手当てをしながら黄田が弱々しく謝罪の言葉を繰り返している。
どうやら拘束された時の体勢が悪く、右足を捻挫してしまったらしい。
「あんなに威張ってた割には力加減ができないんだな」
余計な一言を言った赤塚は無言で拘束される。
「ごめんって! 外して!」
「えっと、あの子はいいの……?」
「あいつは別に良いですよ。馬鹿が風邪をひかないのなら、怪我だってしないはず」
氷袋を退け、手際よく患部に包帯を巻いていく。
赤塚はというと、二人の背後でギリギリ締め付けられ苦悶の声をあげている。
「応急処置はできました。でも、数時間は安静にしないと悪化する可能性があるので狭い部屋ですが休んでいってください」
キッチンに移動し、紅茶とコーヒーどちらがいいか問いかける。土生が「コーヒーがいい」と答えた数分後には芳醇な香りが部屋に広がる。
コーヒーの銘柄やら何やらは全くわからないが、どこのスーパーにも置いてあるような安いインスタントコーヒーではないことは察した。
「俺にはジュース頂戴」
「お前は下水で十分だろ」
怒りの混じった声でガンと机に麦茶を置く。下水で良いとは言っているが、何だかんだ優しい……優しいのだろうか?
叩きつける音と同時にピリとした空気が部屋に広がる。気まずい空気が流れる中静寂を破ったのは土生であった。
「そんなにイライラするのはよくないんじゃない? てか、そろそろ解放してあげたら?」
「…………」
だいぶ間を置いた後に叩きつけるようにして床に転がり闇の縄が体から離れてゆく。痛みは伴ったものの、さっきまでの無理な体勢よりかは圧倒的にマシだった。
「まあ君もちょっと位なら能力で抵抗すればよかったのに」
「いや、俺には能力なんて……ある!?」
今まで無能力者として過ごしてきたからか、その考えは指摘されてようやく気づく程であった。
「へへっへへへ」と謎の笑い声をあげて黄田を見る赤塚だったが、指摘した本人は不思議な顔をして続ける。
「普通能力には能力で対抗するくらい考えるでしょ? 何でそんな無能力者みたいな反応なの?」
次回投稿は明後日12月19日です。




