2-②.無知は罪である
さて、学校数の多い神奈川県にありながらも首位の座を譲ることはない進学校なら、この煌高の寮は周囲の学校よりも優れたものであると勝手に期待していたが、思ったよりも薄汚れた建物だった。
「ここは旧・一般クラス学生寮だ。校舎から遠すぎるという苦情が大量に寄せられたから今は希望者しか使っていない。まあ、今年も誰一人として希望しなかったから実質貸切と思っていい」
確かに、車に揺られた時間は体感でもかなり長かった。だがしかし、誰も使ってないとはいえ近隣住民に見られる建物なのだから外観だけでも掃除はするべきでは……。
「この周辺に民家は無いから学校も放置しているんだ。何より、お前にはこの程度がお似合いだろ」
思考を見透かされたようにそう罵倒される。どうして自分の周りにはこうも息をするように喧嘩を吹っかける人間が多いのかと頭を抱えたくなる。
黄田は同行していた教会の人間らに「ここで待っていろ」と言い、赤塚と歩き出した。
十棟並んでいる中で一番公道から離れた棟を選び、最上階……三階の角部屋に入る。あからさまな逃走防止の策に胃がもたれてしまいそうだ。
部屋は想像と反し意外と普通で、既に本来の寮に送っていたはずの物も搬入されており、きっちりと整理整頓がされていた。
「何かまた牢屋みてーなことになってるかと思ったけど、至って普通だな……」
「僕のことを怪訝な目で見るな。これに関しては『できるだけストレスがないように』と本部からの命令だ、家具等には何も仕掛けてない」
へぇと一通り部屋を見て回り、寝室に入ったところで赤塚は顔だけを壁から出す。
「家具等には……?」
「ん? ああ、僕以外の人間が許可なく玄関に入ると一秒も待たずにレゼットで拘束される。気になるなら身をもって体験してもいいぞ。言っておくが、窓とかの他に脱出できそうな場所もこのトラップは仕掛けたから、余計なことはしないのが身のためだな」
やはり自分は囚われの身であることに変わりは無いのだと上がっていた気分が徐々に萎んでゆく。
「てか腹減ったんだけど。俺が出ちゃダメならお前が買いに行ってくれんの?」
「食材なら荷物搬入時に購入してある。作ってやろうか?」
誰がお願いなんて……とは思ったが体は嘘をつかず、ぐぅと間抜けな音が響いてしまった。
彼は無言でキッチンに向かうと、茶色のウエストポーチから何かを取り出した。
「それって義手? 何で?」
「……能力事変から使っている物だ。ただ、あまり見ないでほしい」
鈍感で馬鹿っぽい赤塚でも、一気に凍った空気から察し慌てて窓の外に視線を向ける。
「でもどうして常にそれ付けないんだよ? ずっと付けときゃ変じゃないだろ」
「お前にデリカシーは存在しないのか。まあ、この際だから言ってやる」
赤塚を近くに寄らせると裾が結ばれた左の袖を解き、少しだけまくる。
左手がまるまる無くなった腕の断面からは滝のように黒い靄が溢れ出していた。あまり詳しくはないが、恐らくこれは闇元素なのだろう。
「限りなく旧式元素に似た元素だ。一般人はこれに触れるだけで体調不良になる。だからいつもこうやって隠している」
「大変なんだな……。でもその義手で蓋とかできないの? あと旧式元素って何?」
黄田は露骨に嫌そうな顔をした。言わずもがな、目の前の野郎が厚顔無恥にもずけずけと質問を重ねるからだ。バカにつける薬はないとはよく言ったものだ。
「……確かにこれは体外に放出される元素をせき止めることもできるが、行き場を失った元素は僕の体に蓄積されていく。それで、僕の体がキャパオーバーを起こしたら蓄積された元素は僕の体を食い破って爆散する。そんなのは嫌だろ?」
そこで一旦間を置き、続けて「もう説明する気力も無いから旧式元素は明日以降説明する」と言い黙々と料理を始めた。
能力事変の起きた七年前、自分はまだ小学三年生だった。つまり黄田は場合によれば小学一年生だったかもしれないのだ。
事変に関しての記憶があまり残ってないことから、きっと自分は大して被害を受けなかったはず。
本人は何もなさそうに振る舞っていたが、手だけは今も小さく震えている。それもそうだ、実際彼は中学生が背負っていい量ではない闇を抱えている。できれば見向きもしたくないはずだ。
心のわだかまりが無くならないまま、少し気まずい空気の中食べた夕飯は味が薄いように感じた。
次回投稿は明後日12月17日です。




