2-①.無知は罪である
訳もわからないまま座敷牢のようなところに放り込まれた。これが教師のやる事かと思ったが、目の前の大人は少なくとも教師の目ではなかった。何かに例えるとするなら……そう、熟練のハンターが獲物をどう狩ろうかと品定めをするようだった。
「監視係が本部から派遣されるまではここで生活してもらう。何か問題を起こすようであれば、お前の親族、友人に危害を加える事も辞さない」
しかしまあ、人間にする仕打ちではない。この狩人たちに血は通っているのか確かめたくなってしまう。
何かを欲せばすぐ与えられたものの、何かする時以外は能力を封印する鎖でがんじがらめにされる毎日で、自由なんて無かった。
どのくらい閉じ込められなければならないのかと不安から涙が流れた日もあったが、案外すぐに監禁生活は終わった。
本部から監視係が来たと教師が言うと、周囲に教会の人間を従えて小柄な人間がこちらに近寄った。
醸し出す雰囲気からただ低身長の人間だろうと考えていたが、目の前でこちらを見下すのは自分よりも明らかに年下であろう少年だった。
まだ幼さの残る丸みを帯びた輪郭から推測するに、中学生くらいであろう。
しかし、顔の右半分を覆う痛々しい火傷痕と飲み込まれてしまうのではと感じる程に真っ黒く塗り潰されたような右目が子供と思わせる要素をグッと減らしている。
「聖教会本部レゼットタンカー第三隊副隊長、黄田飛耀だ。これから本部でお前への対処が決定されるまではこの学校の寮で生活すること。外出禁止、外とのコンタクトも禁止、また――」
淡々と告げられる理不尽な宣告にフラストレーションが溜まっていく。すぐに聞く気は失せたが、どれもこれも赤塚の行動を縛るものなのは聞かなくても理解した。
「……いや、知らねぇよ。何で……どうして、信者でもないのに俺が教会に従わなきゃいけないんだよ!」
つもりに積もったストレスや、見ず知らずの人間に指図されたことへの怒りからか思わず怒号をあげてしまった。
そのまま怒りのエネルギーに任せ抗議を続けようとした。
が、気づけば地面に押し付けられていた。
「同情はするが、こっちは必要に応じて処分して良しと命令が出ている。命が惜しければ大人しくしろ」
はぁと大きくため息をつき前髪をかき上げ直す。襟足が伸びたオールバックはダウナーさを感じさせるが、ちょこちょこ垂れる前髪やピンと立ったアホ毛がやはり黄田が子供であることを主張している。
何とかして起き上がろうとしても、手先が僅かに動かせるだけで身動きが取れない。まるで大岩に乗られているかのようだ。
「副隊長はdeepランクの中でも特に元素力が濃いんだ。レゼットが発現したばかりのお前では太刀打ちできんさ」
そう一人が嘲笑うように吐き捨てれば、それに同調して冷笑が巻き起こる。
ただ、本人は鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をしているが。
「ディープ……? ランク……?」
一気に笑いは止み、今度は唖然として赤塚を見つめる。
「……おい、こいつの能力科目の筆記試験は何点だ」
怪訝な顔で黄田は煌高の教師に問いかける。質問を投げかけられた教師は慌てた様子で無線を手に取り何か言っている。恐らく相手はそういうものを管理している人間だろう。
「合格ラインを大幅に下回っております。合格できたのは一般科受験かつ、他教科が最上位に位置していたからだそうです」
「そうか。大方、自分はレゼットを操れないんだし、勉強しなくたって死なない――そんな浅はかな考えから来たんだろうな」
こうも真っ向から罵倒されては一発でも殴ってやりたいところだが、ぐうの音も出ない正論の前では拳を振りかざすどころか、反論すらもできない。
「お前にはみっちり教えこむ必要があるらしい。こんな無益な雑談は止めにしよう、早く行くぞ」
彼がそう言えば自分も今まで地面に押し付けていた謎の力はフッと消え、代わりに両手首には手錠のような形をした黒い靄がまとわり付いた。
この靄が先程までの苦痛の元凶であるのはゆうに憶測できたが、能力がここまで変幻自在なものであるとは思わなかった。
半ば押されつつ、一般のものよりも黒いスモークガラスが使われた黒塗りの車に乗せられる。黄田曰く、車体は能力での襲撃にも耐えうる素材で作られているうえ、いざとなったらスポーツカーにも劣らない速度を出せる教会が開発した車だそうだ。
ただの宗教組織とは思えないほどの技術力に、改めて聖教会がここまで根を張った理由を実感する。
ぼんやりとこんなのに捕まってしまった自身の不幸を嘆きながら、さっそく学校生活を楽しんでそうな生徒達を流し見る。
その中に一際目立つ灰色の髪を見る。
「みう……」
ポロリと名前が溢れると、赤塚に見向きもしないまま黄田が問いかける。
「友達か?」
「違う、幼馴染。俺のこと馬鹿とか、アホとか言ってるけど、なんだかんだで助けたりしてくれる良い奴だよ」
「学校まで一緒か。好かれているか、好いているかは知らないが、大切にしろよ。人間いつ死ぬか分からないからな」
黄田もどんどん離れていく武中に視線を向けながら、奥の方に悲哀が漂う声でそう告げる。
機械的でとても同じ人間、ましてや年下だとは到底思えなかった彼が微々たるものだが感情を表に出すとは。一気に不思議と親近感が湧き上がる。
「なんだよお前〜! やっぱ可愛いところもあるんだな! え? 何? もしかして俺とみうの間に恋愛感情あると思ってんの?」
「違う」
「嘘だ〜」と言いながら体ごと擦り寄せる。能力の実力差で負けても、体格差では勝つため黄田が丸々とした頬を端に押し付けられ窮屈そうに身を縮めている。
「そういえばさっきレゼットタンカー? とか言ってたけどそれなんなの? あと本部勤務って言ってたけど、じゃあ教会の本部はどこにあんの?」
「本当にお前何も知らないのか。簡単に言うならレゼットを用いて教会と主のために戦う部隊だ。それ以上は信者でもない人間には言えない。本部ならイギリスのマンチェスターだ。昔はバチカンという土地にあったらしい」
バチカンといえば、三十年前に沈んだイタリアの土地だと学校で学んだ気がする。確かその地域で一気に水元素が増えたため急激に水位が上がり、バチカンだけではなく、かつて南イタリアと分類されていた土地が全て沈んでしまったらしい。
この会話で少しばかり打ち解け、目的地に着くまで声が途切れることはなかった。
口角が上がったりはしていないものの、久々に年齢が近い人間と話せて嬉しかったのか黄田の不健康気味な白い肌がほんのり赤く染まっていた……気がする。
次回投稿は明日12月15日です。




