1-②.地球は緑だった
「えーっと、私のクラスは……N三組で……あっ! 賢斗あんたも同じクラスじゃない!」
表面上は険悪そうに見えても、やはり幼稚園以来の幼馴染が一緒の組というのは安心感があるようで、今日一番と断言できるほどの笑顔が溢れる。
紙が展示されていた下足箱から離れ、一年生の教室となる四階へと上がる。今日のために買った新品の上履きは履き慣れず、足には少しばかりの拘束感があった。
四階の廊下は談笑している人たちの声で活気づいていたが、反対に教室は静かに座っている人のみであった。
赤塚と武中の二人のような友人同士で受験して受かったような人間は少ないため、おおよそ外で話しているのは中学からの内部進学生なのだろう。
登ってきた階段側から数えて三番目。これから一年を過ごすN三組の教室は、利便性とデザイン性を兼ね備えた洗礼されているものであった。また私立であるため、公立とは違い設備もしっかりしているように見える。
自分たちが通っていたところは小中共にもっともらしい空調設備は無く、夏は時たま吹く風で暑さをしのぎ、冬は教室の端に置かれたストーブを休み時間中クラス全員で奪い合いながら過ごしていたというのに、この教室には暖房がついている。
私立の恩恵をありがたく享受しながら教室でしばらく会話を楽しんでいると、先生が詳しいことは入学式後に説明すると言い、息をつく間も無く赤塚と武中達は体育館へと移動させられた。
校長からのとてもためになる訓示が何十分も述べられていたような気がするが、ほとんどの生徒はこれからの学校生活に想像を膨らまし話は一切聞いていなかったことだろう。
上の空の状態で連れられた先はとにかく広く、地面から生えた直方体の上に固定された豪勢な器の中に、手のひらサイズの球体が置いてあるだけの簡素な部屋だった。
「本校の特色として、レゼットを使用する実技授業がカリキュラムに含まれていますが、事故防止のためホームルームクラスとは別に元素力の強さで実技クラスが振り分けられます」
教会から派遣されたと思わしき祭服に身を包んだ男性が説明を続ける中、赤塚は武中にそっと耳打ちする。
「……なあ、レゼットとか元素力ってなんだっけ?」
「はぁ?! そんなんでよくここに受かったわね……レゼットは教会特有の能力の呼び方。元素はこの世界の至る所に存在していて、能力を扱うために必要不可欠なもので、身体から作り出される元素の量を略して元素力。わかった?」
全く私がいないと駄目なんだから……そんなことを言ってしまえばまた小競り合いが発生するのが目に見えてグッと言葉を飲み込む。
元素力が強ければ強いほど、各々がもつ属性に対応した色が濃く輝くらしい。
一組から順繰りに呼ばれ、次々と生徒が前に出る。人数が多いだけあって、待っている間に全ての属性は見た気がする。
「N三組出席番号一番、赤塚賢斗」
名前を呼ばれ気は乗らないがしぶしぶ前に出る。三歳、六歳、十二歳時に各教育機関でこの元素力測定を行うよう決められているのだが、彼はどうしてもこれが嫌いだった。
始まりは六歳。テレビのヒーローが自由自在に能力を操っているのを見て、自分自身もかっこいい能力を持っていると信じて疑っていなかった。
しかし、測定器は少しばかり赤く光ったきり何も言わなかった。
この時は酷くショックを受け、大泣きしてせびり再検査をその場で受けたものの、涙の跡が増えるばかりであった。
今では能力が扱えない自分も受け入れてはいるが、やはり現実を直視するのは多少なり痛みを伴う。
また泣いてしまいたいものだが、もうあの頃のように分別がつかない訳では無い。覚悟を決め測定の玉に手をかざす。
瞬間、赤みがかった光が部屋全体を照らす。教師陣も驚いていたものの、最も驚愕したのは他でもない。赤塚と武中であった。
「……はぁ?」
やっと出せたのはそんな腑抜けた声。
周りの視線や先生たちが駆け回る音が心臓を忙しなく動かさせる。
今まで能力に憧れなかった日は無かった。けれども、こんなのは望んでいない。
「測定は中断します! 生徒の皆さんは各教室に戻ってください!」
教師達に凶暴な野生動物のように運ばれる中、武中の不安そうに揺らぐ瞳だけが目に焼きついていた。
しかし、後に赤塚は知る。この波乱の入学式なんて、これから始まる世界の存亡を賭けた戦いの序章でしかないのだと。
これは、選ばれてしまった少年を中心に繰り広げられる、少年少女らの数奇な運命を書き記した物語なのだ。
次回投稿は明日12月14日です。