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10-①.氷海に浮かぶ

 水谷先生……もといアップ先生の笛の音で、皆が先生の元に集まっていくのを見て自分も周りに座ってみる。そりゃ全員いるよなと呟きながら縦長の手帳にペンを走らせ、既に膨らんで見えるジャージのポケットに手帳をねじ込む。

 ポケットから茶色の手帳を飛び出させつつ、一番近かったからという理由で陣内愛(じんないみのり)に号令をさせた。

「昨日言った通り、今日はレゼット実技のソチエタ先生はお休みです。で、担任の俺が代打なんだけど、普段何してんの?」

 すかさず、壁側であからさまにつまらなそうな顔で膝を抱えていた青木が、目一杯瞳にハイライトを入れ指の先まで真っ直ぐ上に腕を張る。

「出力を一定に保ったり、すぐに発動を停止させたり……あと! 模擬戦がありますよ! 模擬戦!」

「ふーん。じゃあ模擬戦にするか。怪我のない範囲でよろしくな」

 先生がそう言うやいなや、立案者の彼はガッツポーズをした。自分がやるだけでなく、観戦も楽しいのだろう。彼のような人間は、この特別科にぴったりの生徒に違いない。


「青木と大内は見学だから、四人で適当にグッパしといて」

 アップ先生にそう言われグッとっパーで分かれましょ、と四人で声を合わせる。出されたのはパー三つとチョキ一つ。

「勝ったわ」

 チョキを出した岩下が真顔でそう言うと、続けてアップ先生が「そうじゃないだろ」と突っ込み笑いが起きる。仕切り直してもう一度手を出すと、グー二つ、チョキ二つ。

「僕は赤塚くんとだ。よろしくね」

 左手で後頭部を撫でながらはにかんだのは星岡晴爾(ほしおかせいじ)。僕弱いけど……と付け加えたのに対し、そんなことは無いと返せばまた彼もそんなことは無いと言う。お世辞でも何でもなく、経験値の差でストレート負けすると予想しているのだが……。

 隣では岩下が陣内に啖呵を切っている。可愛い対決だ何だと聞こえた気がするが、そんな気がするだけだろう。

 ペア同士お互い間隔を空けてから、改めて距離を取る。壁からは三メートルほど、目の前に立つ星岡とは十五メートルくらいは離れているだろうか。全速力で走れば、三秒かかるか、かからないか……いける。

 どんな攻撃が飛んでくるか皆目見当もつかないが、真っ先に本人を叩いて早々に決着をつけてしまえば、相手がどんな手を打ってくるかは考える必要もない。一時間目で戦った青木も、周囲から強い強いと畏怖されていたが、結局その内容も水を操る力に過ぎないはず。手のひらに炎を出してみる。少しコツを掴んできたのか、意識して出すとライターほどのものでしかなかったこの炎も、今は火力がどんどん強くなる感覚がする。準備はできた。

 

「本人への攻撃は禁止、自分の手で相手にタッチした方の勝ち。制限時間は授業終了十分前までな。それじゃ、よーい――」

 ホイッスルの甲高い音が部屋中に響き渡る。スタートダッシュは成功。一歩、二歩、三歩……確実に歩みを進める。

 星岡はと言うと、突然のことでまだ反応できていないのか、指一つ動かない。

 勝った。

 申し訳ないが、端から能力の押し合いで勝つつもりは更々無い。こちらは力の調整もままならないというのに、相手は既に場数を踏んでいる。素人が玄人に挑もうなんざ、とんだお笑い草だ。

 距離はあと少し。一、二秒後には彼に触れているだろう。

 腕を伸ばす。

「タッ……」

 チの言い始めくらいか。気がつけば自らの体は宙に浮いていた。

 どうして空中に? 星岡に何かする素振りは見えなかった。能力によるものであることは間違いない。なら、一体どんな力を。

 いや、その前に落ち――

 背中に何かがドンと当たった。しかし、床ではない。床にしてはあまりにもぶつかるのが早すぎる。

 何だろうと確認する前に視界が回転し、そのまま落ちて……いや、これは滑っている?

 勢いのまま床に放り投げられジクジクと痛む体を起こし、振り向くとそこには、自分の背丈の何倍もある氷塊が見上げんばかりに立っていた。

「まだ慣れてないから戦いたくない、ってことなんだろうけど、早めに慣れておいた方が良いと思うよ」

 もはや星岡が何と言っているのか聞き取れなかった。これが能力で生み出されたものであること、その能力の持ち主が目の前の小柄な少年であること。そして……今彼と戦っているのが自分であること。正直、帰りたくなった。

次回投稿日は年内を予定しています。

クリスマスですね。サンタが来る方も、来ない方も何かしらのプレゼントがありますように。


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