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6-①.真実求めて三千里

 野を越え、山を越え、過酷な道の先に特別クラスの校舎はあった。

 誇張表現ではなく、本当に野も山も越えたのだ。

 本来特別科の校舎へと運んでくれるバスは、今は運転手がいないとのことで動かせないらしい。

 しかし、車だったとしても無事に辿り着けるか怪しい道のりだった。

 至る所に仕掛けられた数々のトラップ。紐を引っ張ったら矢が飛んでくるようなものから、レーザーで感知し警報音が鳴るものまで様々だ。

 担任である水谷昇(みずたにあがる)がいなければ、今頃自分は矢で頭が血塗れで、落とし穴にひっかかり体を針山で貫かれた上で猟犬に噛まれた状態で警備員に捕まっていただろう。

「水谷先生……これ通学路って正気ですか……」

「俺もそう思うけど、慣れれば全部避けられるぞ」

 そんな訳ないだろ、そう悪態の一つでもつきたかったが、本当に全ての罠を綺麗に避けていくものだから赤塚賢斗(あかつかけんと)は唇を噛み締める他なかった。


 荒れた息を整えて、目の前に建つ校舎を見上げる。

 元々の普通科と同じようなシンプルな白い校舎だ。相違点と言えば、薄汚れている箇所が少しあるくらいだ。

 だが、普通の清掃業者があの道のりを無事に切り抜けられるか……と考えれば自然なことだろう。

「ほら、ホームルームはもう始まってるぞ。急げー」

 さっさと上靴に履き替え、腕時計に視線を向けた水谷を追い赤塚も上履きを鞄から取り出した。


 *


 時は遡ること、一週間前。

「教えられないって……同じ学校内の事じゃないですか!」

 周囲にいた人々の視線が彼女に集まる。

 職員室内であるのにも関わらず、柄にもなく声を荒げる武中(たけなか)みうの顔をちらと見てから一呼吸置き担任は答える。

「彼……赤塚くんだっけ? 彼が特殊なんじゃなくて、元々特別クラスの情報は基本的に機密情報として取り扱われるんだよ。同じ教員と言えど、僕らみたいな普通クラスの教員が知ることは君らと大差無いんだ」

 でも、と溢れた声に続く言葉は生憎思いつかない。

 朝の会議が始まるからと言いそそくさと立ち去った先生の背中を意味もなく見送ってから、失礼しましたと言いながら職員室の扉を閉める。

 建て付けが悪いその扉はしっかり閉まらず、外からも中の声が優に聞き取れた。

「……賢斗のばか」

 私を置いていくなんて。

 頭の中に浮かんだ言葉をかき消すためにまた続ける。

「違う、あいつそそっかしいから私が面倒見ないとダメなだけだから」

 熱くなった耳を冷ますように手で耳をいじるが、指はすぐに温まって逆に熱をしっかりと確認する羽目になってしまった。

 勝手に思い込んで、勝手に恥ずかしがって、馬鹿みたいじゃない。

 隣が寒い。隣が静か。

 本当に面倒を見なければならないのは――

 ふざけた思考だと笑い飛ばしたかったが、せかせか動く心臓のせいでどうも笑えなかった。


 そこから朝のホームルームまでどんな風に過ごしていたかはあまり覚えていない。

 意味がないから覚えてないのかもしれないし、それ以上に気掛かりかことがあったからなのかもしれない。

 いつも通り、号令をして、今日の連絡を聞いて。いつもの学校なのに、いつもいたあいつだけがいない。

 一番左の最前列の席に目を向ける。彼が座るはずだった席には誰もいない。急遽特別科に行くことが決まったため、座席を片付ける暇はなかったらしい。

 来月からは私も出席番号が二十番から十九番になり、座席も一つ詰めると聞いた。このクラスに赤塚が来るはずだった証拠は来月には消えてしまうのだろう。

 なぜだかそれが酷く悔しかった。

「……で、今週末に学校近くの教会でやるイベントのスタッフを募集してますよ。聖教会の偉い人も来るらしいから、コネ作るチャンスだよ」

 先生の軽口で笑う人間はいなかったが、その一言で背筋を伸ばした者はいた。

(偉い人ってことは、もしかしたら賢斗のこと……)

 僅かな希望を見つけた彼女は、ホームルーム後すぐに手をあげた。


 *


 時間が流れるのは早いもので、気がつけば週末になっていた。件の教会は普段自分達が過ごす校舎より一層真っ白で、三角屋根の頂上に鎮座する大きな十字架はまさに教会というイメージそのままだった。

 教会の前には思い切り走っても人とぶつかることはなさそうなくらい広い芝生が広がっており、武中らボランティア達はそこに集められていた。

 周囲を見渡すと、ボランティアは中学生から大人まで幅広くいたが、やはり高校生が一番多そうだ。

「はい! 皆さん初めまして、聖教会本部からやって来ましたヴィーア・エンリです。気軽にヴィーアさんと呼んでくださいね」

 パンと未だに寒い春の風を割くような手を叩く音が耳に入る。

 見ると、緑色のふわふわとした癖毛に優しげな黄色の瞳をした女性が立っていた。

 声色も髪と同じようにふわふわしていたが、左目のあたりに垂直に伸びた傷跡だけが一見優しげな彼女の中で異質な空気を醸し出していた。

「日曜日にも関わらず、集まってくださりありがとうございます。本日は私が現場の総轄をいたしますので、指示に従ってくださると幸いです」

 今日やるイベントとは、会場内にある輪投げなどのちょっとしたミニゲームや、食べ物屋台を一定数回り、スタンプラリーをすれば景品を貰えるというものだそうだ。

 そのままあれよあれよと担当割り振られ、私は入り口でスタンプラリーのカードを配る係となった。

 一通りの説明が終わり、各々の作業をしようと皆が一斉に動き出した。

 

 その人混みに乗じ、彼女、ヴィーアに近づく。

「あの、ヴァーアさん。お時間よろしいでしょうか……?」

「大丈夫ですけど……もしかして、説明不足でしたか?」

「ち、違います! あの、えっと……どっどこの国出身なんですか? 日本語お上手ですね!」

 そう真っ直ぐ目を見つめられると、顔を背けたくなってしまう。

 一瞬流れた気まずい空気を無くそうと必要の無い質問が口をついて出てしまった。

 驚いたように手で口を隠すと、ふふと笑って返答する。

「そう言われると嬉しいです。私はイタリアのプラートという場所の生まれですよ。これと言った観光場所はありませんが、繊維業が盛んな街なんですよ」

 挙動の一つ一つに気品があり、落ち着いた様子を見ていると質素な黒いシスター服も童話のお姫様が着るようなドレスに見えてくる。

 私のこれくらい落ち着きがあったらな、思わず彼女の雰囲気に呑まれかけたが、本当に聞きたかったことを思い出しハッとした。

「ヴィーアさんは聖教会の偉い人なんですよね? 賢斗……最近、煌高の特別科に急遽入学することになった赤塚賢斗のことを知りませんか?」

 顔を背け手を頬に当て、うーんと言ってから視線だけをこちらに戻す。

 夜道を照らす月のような眼差しは無くなり、代わりに無機質な街灯のような視線が降り注いだ。

「どうしてそれを知ってるんですか? それを聞いてどうするんですか?」

次回更新は来週1月25日です。


追記(1月21日)

微々たるものですが、加筆修正を行いました。

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