第74話 穏やかな反撃
「通信が来たときはどういうことかと思ったけど、まさか指定された場所に本人がいるとはなあ」
「そうですよね。あまり驚かずにいてくれてありがとうございます」
「まあ、もはや何があっても驚きはしないというか……。で、ここにいるのは……俺の幻覚なのか?」
目の前に座っているロンドさんがいつになくこちらをじろじろと眺めるので、私は苦笑しながら首を振った。
「いえ、私が本物ですよ。牢屋の中には私のレプリカを置いてきています。あっちの音も拾っているから、必要に応じて喋ったり動いたりさせていて」
「はあ……はあ……はあ。ハア?」
「シャーリーン。今日は特別いい茶葉が入っているみたいだよ」
「あら、そしたらおやつにしましょうか」
二人で話していたところにお茶を運んできてくれた人物を見て、しばらくしてからハッとしたロンドさんは、口をあんぐりと開けたままで素早く起立して頭を下げた。
「ル……ルイスお、王太子殿下?! なぜ殿下にお茶を運ばせ?! え?! 殿下がお嬢ちゃんの脱獄を扶助したのか?!」
「脱獄って。その言い方は、まるでシャーリーンが犯罪者みたいじゃないか」
「犯罪者……じゃないんですか?!」
「ロンドさんは、私が犯罪者だとしても話を聞こうと思ってくれてたの?」
私の言葉にいやあ、と気まずそうに目を泳がせたロンドさんをニヤニヤしながら見ていると、突然吹いた風にともなってピンク色の花びらがはらはらと降り注いだ。
──────もう桜が咲く季節だ。
ペストは落ち着いたので隔離や閉鎖が解除され、学院はそろそろ新学年の始業式を迎えているころだろうか。
私は収監中の身だから、三年生にはなれなかったけれど……。
私がいるここは、王城の敷地内、あまり通行者が多くない北の庭園だ。
王城の敷地内には許可証をもらった者しか入ることができないけれど、ロンドさんは記者としての実績と信頼があるため、取材をするという名目で許可証を比較的容易に取得することができる。
だからこうして来てもらい、自身とルイスには認識阻害の魔法をかけ、まるでロンドさんが王宮勤めのしがない誰かと話しているかのように、誰の気にも留まらないように見せている……というわけだ。
「まあ、ルイスが私の協力者であることは、間違いありませんね」
投獄された私のもとに最初に現れたのは、ルイスだった。
いつになく余裕がない表情で牢獄へと面会に来たルイスは、そこですぐさま人払いをして、私とその肩の上にいたレヴィン様に対して深く謝った。
「陛下に命じられてグアラ王国へ向かっていたんですが、道中、急にシャーリーンの感情が大きく揺らいだことに気づいたので。何かあったんじゃないかと思って、帰ってきました。そしたら君が……」
「え。ルイス、まさかあの魔法、まだ効力を発揮していたんですか?」
「まだ、というか……常時発動させてるけど」
以前、お兄様やジレス様と一緒にアーシラ国王陛下の部屋にこっそり侵入した際に、迎えにきてくれたルイスが使っていた魔法。
それは、私がすごく動揺した時に私のいる場所が、私がどんな状態でもわかるというニッチすぎて使い道がほとんど誰にもなさそうな魔法だった。
まさかこんな無意味そうな魔法が長期間、しかも二十四時間発動されていたとは……。
そのおかげでルイスが異変を感じて戻ってきてくれたわけだし、そのあと私が牢から出て身を隠す場所を提供したり、身の回りの世話をしてもらえているわけなのだけど。
帝国が持ち込んだペストは、我が大陸においては彼らが想像していたよりはるかに小さい規模で終息を迎えた。
帝国側も初めは、この大陸の住人ならではの耐性や免疫のようなものがあるのかと思っていたらしい──────そして特に魔法使いを擁するラートッハ王国の被害が極端に少ないことが、その言説を補強していた。
けれどある日、特効薬が出現し、帝国も半信半疑で罹患した自国の者にそれを飲ませたところ症状が治癒したため、この大陸の人間だけ特有の耐性があって深刻化しにくいといったことでもないのではないかということと、薬が本当に効くものであることを彼らは知ることになった。
まだこの時代、他の大陸でさえペストの原因菌は発見されておらず、つまりはまともな治療法もない状態だったらしい。
にも関わらず、実際に「不治の病」を治癒できる薬をタイミングよく広めたラートッハ王国は、大陸の多くの人にとって救いであると同時にあまりに不審で、かつ帝国にとっては脅威でもあった。
そもそも帝国はペストを持ち込む前から、ペストの原因はラートッハ王国であるという噂を意図的に立てて広めることで、ラートッハを孤立させようという計画をもっていたらしい。
しかしこの薬の出現と、その出所が私であることがわかると、そこから芋づる方式で私が過去にあちこちでやってきたことが判明し、危険を感じた帝国は、私個人をまずつぶすことを決断したようだった。
そんなわけで、彼らはアーシラ王国とグアラ王国を使ってラートッハ国王に圧力をかけさせ、今回の罪を悪しき魔女にかぶせて舞台から消し去ることが友好関係を維持する唯一の方法だと詰め寄り、トントン拍子で私を投獄することが決まったのだという。
──────まあ、残念なことに国王陛下はエルシーがいなくなって思考もままならないし、過去のエルシーの助言による人事のせいでラートッハ王国の中枢部はほとんど、帝国の息がかかった工作員が牛耳っているというのも、この話が素早く進められた理由だったのだろう。
唯一よかったのは、私の両親や友人たちが、必死で奔走して私の罪を否定し、減刑をつかみとってくれたことだ。
…………もしそうでなければ投獄では済まず、すぐさま処刑されていただろうから。
「さて、今日ロンドさんを呼んだのは、記事制作のお願いです」
「記事……ですか?」
「ええ。ご存じの通り、魔法使いやラートッハ王国、そして私への批判が横行しています。こうした世論に対抗すべく、ロンドさんに奮闘していただきたいんです」
目的を達成するため、あるいは持論を正当化するため、プロパガンダは静かに、それでいて着々と展開される。
その情報は嘘であろうが誠であろうが、受け取る民には知る由がない。
圧倒的な情報で感情を揺さぶり、思想をコントロールし、帝国は──────それに倣うアーシラとグアラは──────ラートッハ王国とそれ以外の国の対立構造を、明確につくろうとしていた。
それはかつて魔物と契約している魔法使いたちが、当然のごとく迫害され命を狩られていったように。
魔物が、何も悪事を働いていないにも関わらず、悪しきものとして人から烙印をおされたように。
力の強い家系の女児を災厄ととらえて間引くことに、いまや誰も疑問さえ抱かなくなったように。
民はたやすくコントロールされうるということを、どんな「善人」も「悪」に貶められうるということを、歴史は証明している。
レヴィン様がかつて言っていた「大多数のもつ共通認識は、えてして真実にもまさる」というのは、ある意味で事実なのかもしれなかった。
これまでも誰かがその役割を意思に反して演じてきたように──────この大陸の多くの者にとっての悪役が、今度は私や魔法使い、それを擁するラートッハ王国になったという、ただそれだけのこと。
だけど、それを黙って見過ごしてやられるわけにはいかない。
私は何も恥ずべきことをしていないし、私は今までもこれからも、誰かを害することをしようとは思っていないのだから。
それに、問題は他にもあった。
──────「悪い魔女」である私を、特権を使うことで間引かないという選択をした、グリーナワ公爵家への非難の声。
──────私を広告に使ってくれていた、マリヴェイユへの非難の声。
そんな目にあっても、私の家族はそれぞれのやり方で戦ってくれているのを知っている。
マリベルだって、広告を取り下げるどころか新たに出したりまでして世間の論調に歯向かっているのを知っている。
そうやって私のことを信じてくれている人がいるから、私は戦わなきゃいけない。
たとえ相手が、巨大な存在だったとしても。
「……じゃあ、嬢ちゃんが毒をまいたというのはやっぱり、嘘なんだな」
「シャーリーンと長く仕事をしていながら、そんなバカげた質問をするんだね」
ルイスがにっこりとほほ笑んで言うと、ロンドさんは額から汗を流しながら滅相もないことでございます、と慌ててつくろった。
「我らの祖国を危機から救うためだと考えて取り組んでほしい。どんな手段を使っても構わない。謂れのない罪を被されたまま国を滅ぼしたくはないだろう?」
国が亡ぶというルイスの言葉に、深くまでこちらの事情を知らないまでもかなりの圧を感じたのか、ロンドさんが力強くうなずいた。
「わ、わかりました。やりましょう、全身全霊をかけてやらせていただきます」




