第73話 悪役の末路
エルフから買った抗菌薬は、これまで築いてきた商流と人脈を駆使して、瞬く間に大陸全土に広がった。
薬の効果は絶大で、適切に投与すれば病にかかっても死に至らず食い止めることができる。
感染者と接触した者の罹患予防にも役に立ったため、ペストの流行はすっかり落ち着きを見せ始めていた。
振り返ってみればラートッハの被害は最小限だったし、他国でも歴史で習ったような地獄の様相とまではいかず、流行り病はゆるやかに終息をむかえていた。
ラートッハに関して言えば、上下水道の整備が国全体で進んでいたことや、識字率が比較的高かったため正しい病気の要因や予防法、対策知識がはやく広まったこと、それから、他国では軒下に放置されているようなし尿などの廃棄物を農家で肥料として使用する循環システムができていたため衛生観念が高かったことも、被害を最小限にできた理由だった。
──────そしてそのすべての切っ掛けに、私たちは関わってきていたのだ。
「レヴィン様。なんだか感無量ではないですか? 私たちがしてきたことが、多くの人を救ったのかもしれないって思うと」
「……シャーリーンは本当に、よく頑張ってきたね」
「多くの出会いや出来事があって、そのすべてが価値のあるものだったなら……これほどの喜びはありません」
私の言葉に、レヴィン様が静かにほほ笑む。
そして、ふと思い出したようにつぶやいた。
「エルシー・ローグはどうなったかな」
「どうでしょうね。ちゃんと私の言う通り毒薬《抗菌薬》を飲み続けたなら、きっと今ごろ生まれ変わっているのではないでしょうか?」
エルシーに会ったのは、薬が流通しだす前のことだ。
だから彼女はきっと、あの抗菌薬を私の言葉通り毒と信じて飲みつづけ──────そして死んだのではないだろうか。
既に彼女の名前は学院の名簿からも消えているし、陛下の助言役としてももう長い間姿を見せていないという。
彼女が多くの人たちの生活や人生を狂わせたのは、やはり一種の洗脳によるものだったらしい。
婚約解消していたはずの複数のカップルが再度婚約関係に戻ったという話も風の噂で聞いたが、エルシーがどこへ消えたかは誰も知らなかった。
「ラートッハ国王は、エルシーがいなくなってご乱心のようだね」
「助言にただ従えばいいという状態に慣れると、自分の決断力や判断力が著しく低下するのでしょうね。何をするにも不安がつきまとって、あたりに怒鳴り散らしてばかり、おかしな命令ばかりだとお父様が言っていました」
私が言うと、レヴィン様はゆっくりとうなずいた。
「国の指導者が求心力を失うと、国は崩壊へと向かう。少なくとも、過去はそうだった」
「ええ、決していい状態ではありませんね。変な噂も流れているようですし……」
少し前にロンドさんから聞いた話だ。
流行病がおそっても、結果的にラートッハ王国の被害がダントツで少なかったことはいまや大陸全土に知られるところとなった。
それにはもちろん衛生観念等の背景が影響しているのだけれど、一部の人はそれを、「魔法使いが他国を陥れるために意図的にまいた毒だったのではないか」と考えているというのだ。
「……もしそうだとしたら、魔法使いの被害はゼロでしょうに。ありえない噂です」
「不安を解消するために、狂気化したヒトは叩くべき敵をつくる。今も昔も変わらない」
魔物たちが、理不尽にひどく迫害された歴史のことを言っているのかも、と思った私は、レヴィン様を引き寄せてぎゅっと抱きしめたのだった。
◇◇◇
「シャーリーン! 逃げて!」
午後、家でレヴィン様とまったりしていた私の部屋へ、お母様とお父様とユアンお兄様が駆け込んできた。
「どうしたのですか?」
「いいから聞きなさい。すぐに荷物をまとめさせるから逃げるのよ。壁の向こうに接する町に、あてがあるから身を隠せるわ」
「ほとぼりが冷めるまでそこで過ごせ。必ず、迎えに行く」
「何の話です? お兄様、お父様とお母様が変なこ……ユアンお兄様?」
私はお兄様の方を振り向いてぎょっとする。
だって、お兄様は涙を流して私をみつめていたからだ。
「ごめん、シャーリーン、ごめん、役に立てなくて。守ってあげられなくて」
「いったいどうなさったのですか?」
「王室からの命令だ! 悪女シャーリーン・グリーナワの引き渡しを申し出る!」
その時、聞きなれぬ声が私の名前を呼んだ。
「……嘘よ。ついさっき決議があったばかりなのに……最初から結果が決まっていたの!? あの男、姑息でクズなのは昔から変わらな」
「セリーヌ、やめろ! お前まで連れていかれるわけにはいかない」
「一体どういう……?」
私がこの異様な光景を理解しようとじっとしていると、男がまた言った。
「悪しき魔女、シャーリーン・グリーナワ。大陸に毒をまき、多くの人間を死に至らしめた罪。そして、それによってラートッハ王国および魔法使いへの悪評を生むなどの災厄を呼んだ罪で投獄する!」
「……何のこと? 私はそんなことしてないわ」
「悪女をとらえろ!」
脳みそはまったく状況を理解していなかった。
けれどあまりのことに、抵抗したり、魔法で逃げるなんてことも思いつきやせず、私はなされるがままに縛られて引きずられる。
「不吉な魔女め、間引かれずに生まれてきたことを牢で後悔しろ!」
「いやよ! 私の娘にそんな扱いしないで! やめて!」
母のセリーヌが号泣して暴れようとするのを、父のアランとユアンお兄様が両脇から止めている。
そんなドラマのような光景を、私はどこか他人事のように眺めていた。
そしてそのまま私の身柄は拘束され、王国の大罪人が収容される牢獄へと連行されていったのだった。




