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第71話 約束の時


 少し前のこと、昼食の場でいつものメンバーが食卓につくと同時に、ヴィンセント様が言った。


「明日から、学院を閉鎖するようだ」

「明日だって? 急だな」


 ジレス様が驚いた声をあげ、それに重ねてユアンお兄様が沈痛そうな面持ちで言った。


「流行病のせいかな?」

「ああ。学院を含め、劇場や公共施設はすべて閉鎖せよとのお達しが国王陛下から出た」

「まあ、生徒にも感染者がでていますもんね……毎日、少しずつ来なくなって」


 マリベルが寂しくなりますね、とつぶやき、テトラは何度もうなずいてそれに同意する。


「時間がかかりすぎです。もっと早く決断すべきでした」

「気持ちはわかるが堪えろよ、シャーリーン」


 私が低い声を出すと、ジレス様がたしなめるように溜息を吐く。


 ──────だって、もう生徒も何人か、二度と戻らなくなってしまったのよ。




 流行病は、私たちが想像していたより、ずっとずっと早く広がった。


 病の原因や対策についてはできるかぎり周知に努めたけれど、それでも爆発的なスピードで病は各地へと飛び散った。



 とはいえ前世のヨーロッパでの被害を考えると、はるかに少なかった。


 けれど、それでも、もう少し救えると──────私は思っていたのだ。


 青薔薇塾や新聞では草の根的に啓蒙を続けていたし、医療用魔法石を原因や効能ごとに分類して販売し始めたことによって少しは知られてきていたけれど、それでも大陸全体としては、病に原因や対策があるという概念はほとんどなかった。


 だからこそ号外も数多ある情報のうちの一つとして消費されてしまい、誰もが真剣に取り合ってまともに私の思惑通り対策してくれたかというと、残念ながらそうはならなかったのだ。



 感染が広がる中、特に感染者数が多かったアーシラ王国では、恐怖した貴族たちがグアラ王国へ逃げ、その移動によってまた、病は飛び火した。


 地獄の様相になった村や町からも多くの平民が逃げようとしたけれど、彼らは移動を制限されてその土地にとどまって死に追いやられた。


 集落のはずれには|死体が山積みになった荷車デッドカートがならび、貴族も平民も関係なく、街はパニックに陥って誰もが正常な判断ができなくなっているという。



 だから合理性のないこと──────たとえば、腫れたところに鳥の生肉を張り付けたり、火であぶった鉄で患部を焼いたりといった民間療法──────を信じて縋りながら、死んでいくものもいた。



 そうした他の国々に比べると、ラートッハ王国の被害は少ないものだったけれど、それでもゼロではなかった。



 なんとか光魔法で治療ができないか試みるため感染者に接触しようともしたけれど、これも困難を極めた。


 理由としてはまず第一に、症状を発症してから致命的な状況に陥るまでの期間が短すぎたことがあった。


 腺ペストの場合でも発症から一週間以内には死を迎えることが多いなか、この時代の一般的な通信手段は手紙だ。


 たとえ、なんだかおかしいと気づいて私のもとへサインを送ってくれたとしても、それが私のもとに届くころにはもう手遅れだった。


 私がもし感染した場合に、治療してくれる人がいないことも問題だった。


 このように全身を侵す病の治療に関しては、非常に精密で繊細な想像力をもってして魔法をコントロールする必要があり、それはあまりに複雑で膨大な魔力量も必要なことだ。


 そもそも呪文も魔法陣も存在しない魔法を発動することは誰にでもできることではなく、そのうえ、前世の医療知識や常識である程度イメージを補完できる私とは違い、ふわっとした想像力でどうにか治癒できるレベルの話ではない。


 いつも頼りになるレヴィン様も、ケガや目に見えるものならまだしも、魔物には病気の概念がないからこそ想像しづらい部分が多いらしく、私は自分が生き残るためにも、できることが限られていたのだった。



 もちろん、医薬学に精通しているエルフにも、助けになってほしいと早いうちから手紙を送っていた。


 けれども、いっこうに返事は来なかった。


 彼らの住まうロンギア湖周辺までも何度か行ってみたが、これまでとは違って私はもちろん、レヴィン様でさえはじかれ、彼らの領域に入ることはもはや叶わなくなっていた。



 ────────────このままでは被害はもっと拡大する。



 危機感のなか、新聞社やルイス、グアラのオスカー様とユリア様、アーシラの学者たちなど過去につながりのある者たちと協力しながら、できるかぎりのことをし、祈るような気持ちで送る日々。



 そうして、またもダメもとでロンギア湖へレヴィン様と向かった私は、今日ついに、エルフたちの国へ再び足を踏み入れることができたのだった。



「……ずいぶんお疲れのようですね」

「あなたがそれを言うなんて、意地悪ですね」


 私が言うと、エルフの王であるアノーリオンさんは、微笑んだ。


「……話に入る前に、君の能力について、説明してもらう必要があります」

「能力なんてありません」

「ではなぜ、この流行り病とそれに効く薬に関する情報を、あのとき我々に授けてくださったのですか?」


 アノーリオンさんは、美しい瞳をきゅっと細めて私を見つめていた。



 ──────この状況で嘘や隠し事をすると、私はこの人の信頼を得られないかもしれない。


 そう思った私は、横で付き添ってくれていたレヴィン様の手を握り、二人を横並びにする。


 そして立っている二人の前にひざまずいて、言った。


「……まだレヴィン様にも話したことがなかったのですが、この機会にお二人にむけて打ち明けることにします」

「なんと。竜の子にさえ言っていなかったのですか?」

「僕が聞かなかったからね」


 アノーリオンさんが、私がドラゴンを蔑ろにしていたのではと思って鋭い視線を投げてきたので、レヴィン様が穏やかにそれを遮ってくれた。


「……私には、前世の記憶があります。それも、この大陸のどこでもない国で生きた記憶が」


 私が意を決して言ったことに対して、レヴィン様とアノーリオンさんの反応はぬるいものだった。


「……信じがたいかもしれませんが、本当です」

「いえ、そこについては疑っていません」

「うん。歴史をさかのぼれば、そのようなことを言い、実際にそうとしか思えないようなことを成し遂げたヒトというのは何人か存在している」

「え?」

「ヒトの世は徐々に進歩しているように見えますが、実際にはある一点を境に大きく変化する、つまりフェーズの転換点がいくつか存在しています。その転換の役割を担うのが、多くの場合前世の記憶を持つヒトなのです。彼らによってこの大陸は、現在に至るまで歩みを進めてきた──────やはり君もそうでしたか」


 二人の反応に私の方が驚かされてしまい、思わず私はえっと……、と言葉を詰まらせた。


「それで。あなたの前世に、この病があったのですか?」

「……ええ、はい。しかしパンデミックが起こったのは私の生まれるよりずっと前ですし、私の時代では既に治療法や原因も解明されていました」

「それが我々に伝えた薬だったということですね」

「ええ……」

「エルフたちに研究を依頼した時から、シャーリーンはこの病がこの世界ではやるとわかってたの?」


 レヴィン様の質問に、私は少し悩んでから口を開いた。


「いいえ。ただ、この世界は前世でその病が流行った時代に近しい環境だと感じていました。だから万が一同じ病がここでも起こってしまった場合に備えて、エルフを保険に使ったのです」

「起こるかはわからなかったけれど、ってこと?」

「はい。起こってしまった後で薬を開発しだせば、できるのは……かなり死者がでた後になってしまうでしょうから」

「なるほど。ではもし我々が君の言う通りにこの薬や病の研究を進めていなかったら、どうするつもりだったのですか?」

「その時は仕方がありません。私たちにできうる限りの対策をしていたと思います。私たちは常に、その時目の前にある最善を選び続けるほかないのですから」


 私の言葉に、アノーリオンさんは満足したように深くうなずいた。


 いつの間にかまた私の横に立っているレヴィン様も、私を優しい瞳で見ながら微笑む。


「さあ。これが、あなたに依頼されてつくった抗菌薬です。ヒトに紛れて暮らしている我々の同胞の何人かが、この病にかかりました。すでにこの薬を彼らにつかい、効果があることは実証されています。あなたはエルフを救ったのです」

「そう……。助かってよかったですね、本当に。そして……ありがとうございます」


 この薬があれば、このパンデミックもきっとおさまりを見せるだろう。


 でもその安堵感以上に私の心を震わせたのは、エルフたちの誠実さだった。


 だってエルフたちは、信ぴょう性などかけらもない私の言葉を信じて、ずっと研究を進めてくれていたということなんだから……。


 ぐっと胸にせまるものを感じると同時に、これまでの疲労がどっときたのか、私は思わず涙ぐみながらアノーリオンさんの手を握った。


「本当に感謝します。これをペストの薬としてすぐにも流通させます。金額については」

「いえ、我々は売るつもりはありません。我が同胞を救ったあなたに、捧げるつもりです」

「……アノーリオンさん。私とした約束を覚えていますか? 私はあなたがたに、みんなで笑いあう世界をきっとつくるといいました」

「ええ……そうですね」

「私たちはこれから、共に生きながら互いに影響しあう関係になっていくはずです。だからこそ、持続可能な関係が重要だと思いませんか」


 私が笑うと、アノーリオンさんが呆れたような、でも嬉しそうな表情を見せる。


 それを見ながら、レヴィン様はゆっくりと私の髪を優しい手つきで梳きつづけていた。


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