第69話 真相
「まだ頭が追い付かないよ。そもそも海外にも大陸や国があるなんて」
「まったくだな……。テトラはこんなわけのわからない話を、一人で情報収集していたのか?」
ユアンお兄様とジレス様が頭に手をあてて深い息を吐きながら言う。
「テトラ、俺は誇らしいよ、お前が! お前ほど賢い弟はいない!」
「本当にその話を信じられるか、まだわからないのでは?」
ラッセンさんが感涙しているなか、昨日の集会のこともあってまだテトラへの疑いをぬぐえないヴィンセント様が水をさした。
たしかに、事実としてそのまま受け入れるにはスケールの大きい話だ。
一方で、もしテトラがエルシーたちと反逆を考えているなら、こんな話をテトラがする意味もないはず。
「ヴィンセント、僕はテトラの話を信じるよ」
「兄上、しかしテトラは……」
「あの、まだ話に続きがあって。実は、昨日……。僕は国家への反逆をもくろむ方々の集会に参加してきました」
「「「は?」」」
ヴィンセント様がぐっと飲みこんで言わなかった話題に、当の本人であるテトラから口火を切ったため、私とヴィンセント様は思わず目を見合わせる。
そしてジレス様とラッセンさんとユアンお兄様は、同時にすっとんきょうな声をだした。
「その集会も、エルシーさんたち……つまりクマルタ帝国によって仕組まれたものでした。ラートッハ国内で現王権への反乱を起こさせて、魔法使いの数を減らそうと考えていたようです。その材料として、僕が利用される形になりました」
「テトラが利用?! どういうことだよ!」
ラッセンさんが声を上げ、ルイスがそれをなだめる。
その姿を横目で見ながら、ヴィンセント様がついに言った。
「実は、俺とシャーリーンは、テトラがその集会で能力を披露するところを見たんだ」
「えっ、そうだったんですか?」
かあっと恥ずかしそうに赤く頬を染めるテトラの姿からは、悪意などみじんも感じられない。
じっとやり取りを見守っていた私は、心のなかでそっと安堵の息を吐いた。
「あの集会のことは、事前にルイス様にはお伝えしていたんです。そういう集会に出るけど、エルシーさんの意図を探るためだから、反逆の意思はないですと」
「うん。まさかシャーリーンたちがあそこにいたなんて、寂しいな。僕も白い仮面をかぶってあそこにいたんだよ」
「えっ!」
私が思わず大きな声をだすと、こちらを向いたルイスは色っぽく微笑んだ。
……まさかあの中に、ルイスがいたなんて。
そういわれてみれば、観衆の中でなんだか妙に光り輝いて見えるところがあったような、なかったような……いや、全然気づかなかったわ。
ルイスがあの場にいたことに気づけなかったことをなぜか残念に思っている間に、テトラは集会で起こったことやエルシーたちの意図などをみんなに詳しく話していた。
「けど、グアラ王国とアーシラ王国は、本当にラートッハに攻め入ってくるでしょうか? 三国間には不戦協定があったはずですよね」
「協定を破っても何の問題もないと思えるだけの、自信があるってことだろうな」
お兄様の疑問にジレス様が答え、それを聞きながらみんなはしんとする。
静寂を破ったのはヴィンセント様だった。
「アーシラやグアラは、どうして魔法が使える生き物はラートッハの魔法使いだけだと伝えたんだ? 魔物たちもいるのに」
「まあ、長い年月誰も見たことがない幻みたいな存在だもんなあ。俺だって実際見るまで、本当に存在してると思ってなかったよ。正直、物語の中の生き物かと」
「……大陸から魔法使いが消えれば、本当に帝国の望む魔力濃度になるのでしょうか?」
「実験して、ある程度の確証があるような様子でした。どんな実験かまでは……読めなかったけど」
「いずれにせよ、帝国は望むままになると信じて、何らかの準備をしている可能性があるということだね」
「とはいえ、テトラの話以外には根拠もないからな。もっと情報を集める必要があるんじゃないか」
ルイスとヴィンセント様の言葉に私が黙ってうなずいていると、ラッセンさんがつぶやいた。
「……エルシーちゃんが俺たちや、ある程度地位のある生徒にやたらとちょっかいを出しにきていたのも、その関係だったのかね?」
「うん、エバーデーン王国の生き残りとしてもともと反逆を画策していた勢力をたきつけたり、貴族間で仲たがいや対立をさせたりして、内乱を起こさせようとしてたみたい」
「魔法使い同士でやりあって、魔法使いを内側から減らす作戦ってことか?」
「……エルシーさんって、すごいわね。もしバックに帝国の参謀のような人がいたとしても、若い子ができるようなこととは……」
「なんだシャーリーン、その年寄りじみた言い方は。お前も人のこと言えないぞ」
「若い子というか……エルシーさんは二十歳をとっくに超えてるよ?」
「えっ」
テトラがきょとんとして言った言葉に、私だけでなく誰もが驚愕の表情を浮かべる。
「ミッションだから仕方ないけど、三十路を前にして制服着るのは恥ずかしいって言ってたよ。心の中で」
「ええ……?」
まさか、ゲームのヒロインがそんな年齢設定だったとは……。
私がエルシーの美肌に感心してうなり続けているあいだに、ヴィンセント様はテトラの言葉をついに信じることにしたらしく、テトラの手を握って言った。
「……テトラ、疑ってすまなかった。あの女は、俺たちをボロボロにすることをずっと考えていたというわけか」
「本当だな。両陛下を絆したのも、何かしらの計画だったってことか?」
「グアラ国王がエルシーを陛下に紹介したということは……グアラも、ラートッハ王国に悪意があるってことだよね」
みんながテトラの話を少しずつ飲み込みながらぽつぽつと言葉をこぼす。
それらを真摯に聞いているテトラを見ながら、私はふとわいた疑問を口にした。
「テトラが読心能力を持っているってこと、エルシーさんたちは知っているってことでしょう? つまり彼女たちは、自分たちの計画があなたにはばれているって、気づいているのよね?」
「気づいてないよ。だってあれは全部やらせだもん」
朗らかに言ってのけたテトラに、私は拍子抜けして間抜けな声を出した。
「エルシーさんは心の中でずっとね、僕につけいるスキが欲しいな、何か弱みや利用できる話題はないかな、って言ってたんだ。だから試しにと思って、僕が昔、寝物語として聞いたことのあるエバーデーン王国の話をしたんだよ。昔は人の心が読めたから、きっと僕はその末裔なんだって。でもみんなが怖くて、能力は封印してもう使えなくなっちゃった。エルシーさんみたいに優しくて素敵な人だけが近くにいたら、きっと能力を今も使えただろうに……って」
そしたら、しばらくして預言があったって言われたんだ。
僕が本当にエバーデーン王国の末裔で、ラートッハ王国のせいでひどい目にあった祖国を救う英雄になる運命なんだって。
「それで……。テトラは英雄に、なる気はなかったの? 実際にあなたを求めているエバーデーンの生き残りたちが、たくさんいたじゃない」
「自分の遠い遠い祖先が受けた傷を、僕の人生につなげて考えることなんてできないよ……今生きているのは僕で、これは僕の人生だから」
「じゃあ、テトラはただエルシーさんのしようとしていることを、明かすために……。テトラが能力を使っていないのであれば、あの集会でのやりとりはエルシーさんたちが全部仕組んだということ?」
「事前にいろいろ情報を覚えさせられていたんだよ。舞台上にあがってくる人も仕組まれてみたいだし」
クスクスと笑いながら言うテトラに、私は今まで、テトラをよく知っていたようで知らなかったんだな、と思っていた。
もし自分に子供がいたら、こんな感覚を覚えるのかしら?
いつまでも、助けてあげないといけない存在だと思っていたテトラが、いつの間にか立派になって一人でこれだけのことを経験してくるだなんて……。
「ただ、あの集会のせいで、もともといたエバーデーンの復興を望んでいた勢力を元気づけてしまったのをどう治めるかは問題になりそうね」
「そうだね……もう一度集会を開いて、僕はエバーデーンの復興を望んでいないことを伝えたらいいかな? それで収まればいいんだけど」
「ううん、その必要はないさ」
私とテトラがうなっていると、ルイスがこの難局をものともしない、いつもの顔で言った。
「あの場にいた者は全員身元を把握済みだ。既に監視をつけているし、可能な限り何らかのタイミングで改心させてこちら側に引き込むから大丈夫」
「そ……そんなことが可能でしょうか? だって、反逆を企んだ者たちは」
「はあ。こういうのはルイス様の十八番だから、気にするな」
「シャーリーン、ルイスの腹心の部下のうち半分くらいはもともとルイスを殺そうとしてたやつらだってこと、まさか知らないのか?」
「は?!?!?!」
ジレス様とラッセンさんが私の肩にそれぞれ手を置いて言い、それを聞いた私は顎が外れそうになった。
「そんなの、またいつ寝返るかわからないじゃないですか。信用できるのですか?」
「裏切るどころか信者化しているぞ。私財や命をなげうってまでルイスに貢ぐことが極上の幸せだと豪語する男も多々……。見返りはルイスの笑顔でいいらしい。ちなみに奥さま方のお許しも出ている」
「ええ……?」
「もちろん全員は無理だ。信者化できなかった危険なやつらは、サクッと始末しぐえっ」
「あはは。それよりテトラのおかげで、以前から不穏な動きをしている者たちが判明して助かった。ありがとうねテトラ」
「い、いえ、そんな。ありがとうございます」
かあっと顔を赤く染めてもじもじするテトラを見て、他にも大の大人の男たちがこうしてルイスに向かって赤面しているのかと思うと、ちょっと変な気持ちになった。
……というかさっき、ラッセンさんは「始末」って言った?
今日はみんなの知らなかった素顔に驚かせられる日らしい。
口を引き結んでそんなことを考えていると、ルイスが私の頭をなでる。
王族や貴族というのは、意外と優雅なだけではない。
権力争いや足の引っ張り合いは常につきまとうものであり、自らを守るためには優しいだけではいられないというのも事実なのだろう。
なにより、大多数にとっての最善を常に選び、理想に向かって邁進しつづける必要がある「指導者」たちにとって、人をきったり、思うように動かしたりすることは重要なスキルのひとつ……なのよね。
そうして私がおとなしく頭を撫でられていると、ふとユアンお兄様が言った。
「あの。エルシー・ローグを国外退去させたほうがいいのではないでしょうか?」
「ああ、あの女だけでなく、あの進行役だった男たちもな」
「退去というか、永久追放がいいんじゃないか?」
「おいおい、けど、国王陛下のお気に入りのエルシーをどうやって引きはがすんだよ?」
「難しいね。素直に僕やヴィンセントが彼女は反逆を目論んでいると訴えても、今の父上なら……」
「あの女のほうを信じて、俺たちを投獄しそうですね」
「そんな。自分の息子たちよりも、エルシーを信じるというの?」
私の疑問に、ヴィンセント様は深くうなずきながら言った。
「陛下は俺たちに王位を脅かされていると思っている。長く王座にとどまりたい人間には、息子たちさえ敵なんだろう」
「僕たちが、父上の相談役であるエルシーを陥れて王座を奪おうとしていると思い込む可能性は大いにあるね」
「それなら、どうすればいいんでしょうか?」
「……そもそも、彼女たちを退去させることですべてが終わることはないだろう。グアラやアーシラには別の相談役がいて、外からも僕たちを狙っているわけだからね」
「けれどエルシーがラートッハのスパイとして機能しているはずです。彼女を監視しながら様子をみるのはどうでしょうか?」
私が言うと、誰もがしばらく考えた後に、時間差でうなずいた。
「そうだね。様子を見ながら我々も情報収集をするのがいいかもしれない。いつ、どのように彼らが我が国を脅かしに来るつもりか不明確な中で、ただ彼女たちを追放したところで……第二のエルシーが現れるだけだろうから」
ルイスの言葉に、みんなが改めてうなずく。
そんななか、ただじっと私のことを見つめていたテトラに、私は尋ねた。
「どうしたの? テトラ。そんなにじっと見て」
「あっ……」
恥ずかしそうに笑ったテトラに、私は首を傾げる。
するとテトラは頭をかきながら、そして瞳を輝かせながら私を見つめて言った。
「エルシーさんはいつもね、シャーリーンちゃんの話をするたびに心の中で言ってたんだ。あの女は危険だ、絶対に有力者から遠ざけないと……って」
「そうなの?」
「うん。計画の邪魔になるって。味方じゃない人に一目置かれるって、すごいと思う。だからかっこいいと思ってたんだ、シャーリーンちゃんのこと」




