第64話 体育祭②
「いやあ、本当にいい天気だね。ねえヴィンセント」
「そうですね……あ、兄上。本当に体育祭日和ですね。ハハハ」
ヴィンセント様ったら、絶対ルイスに体育祭のことを言うなとか言ってたのに、結局自分から体育祭のこと話したのかしら?
そうヴィンセント様の耳元に口を寄せて聞こうとすると、すっと間にルイスが入って、私ににっこりと微笑みかけた。
「心が狭い人間になりたくはない。けど、少しくらい嫉妬してもいいよね?」
「なににですか? ハッ、まさか、体育祭をまともに経験したことがないからうらやましいのですか?! それなら、ヴィンセント様の保護者として、保護者対抗競技に出るのはどうでしょう? 私が魔法で絶対に保護しますわ!」
「違うけど、まあ、いいや、そういうことで」
体育祭当日。
快晴の下で開会が宣言された、学院として二年ぶりとなるイベントは、文化祭をはるかにしのぐ参加者で大賑わいだった。
────なにせ、貴族の保護者達は家門の力を見せつけるために、使用人総出で競技の応援をしたり、シェフに校庭で料理をつくらせて食べながら観戦したりするので、とにかく来ている人数が圧倒的に多いのだ。
そんななか、我がグリーナワ家からは、両親とその侍女やほんの少数の使用人だけが来てくれていた。
もちろんセリーヌお母さまは最初断固としてそれに反対し、屋敷中総出で来るだけでなく、全員おそろいの衣装を用意して「グリーナワ応援団」を作り上げようとまでしていたのだけど、私とユアンお兄様の、それはもう切実なお願いによって、これは避けることができた。
────だって、家じゅうの使用人たちが大声で応援してくれるなんて、恥ずかしすぎるじゃない!
そもそも、家門の力をこんな場で誇示しようとするというのは、子犬がキャンキャンわめくのと同じことなのだ。
グリーナワ公爵家は圧倒的に君臨するということを見せる方法は、応援団の声量なんかではない。
というわけで、我が家は私の提案で素敵なお重のお弁当とお茶菓子等を用意してもらい、優雅にピクニックシートを敷いて、ほかの三大公爵家であり、テトラの保護者であるキャリック家と、ジレス様の保護者であるカストル家とそろって観戦してもらうことにしたのだった。
────宰相をクビになったお父様の後ろ指をさす者たちも、これできっとしばらくは収まることでしょう。
ちなみにヴィンセント様の保護者はルイスのみだ。
両陛下は当然来ず、王城勤めの部下や使用人たちも、王城をあけることはできないらしい。
王子様って、きらびやかなようで、実はちょっぴり寂しいものなのかもしれないわね。
「それにしてもヴィンセント様、玉入れは経験があったのですか? すさまじい気迫でしたわ」
朝一番に行われた競技のひとつが玉入れで、ヴィンセント様の参加種目だった。
これについては事前に、玉入れをすると見せかけてヴィンセント様にアクシデントキスやハグをかまそうと画策している生徒や、玉を投げた勢いでだんだんと距離を詰めてヴィンセント様を複数人で囲んでしまおうという目論見などがあったことを確認済みだったので、何か起こりそうなら必ず止めに入ろうと思ってはいたのだ。
しかし、開始のホイッスルが鳴ったとたん、すさまじい勢いで腕を振り回しながら玉を投げ込み始めたヴィンセント様に、誰もがあっけにとられ、かつ危険すぎて近寄るのをあきらめたらしい。
おかげでヴィンセント様のチームは、ヴィンセント様以外誰も玉を入れなかったにもかかわらず勝利し、かつ彼は自身の身の安全を守ったのだった。
「経験なんてないが、人は切羽詰まるとなんでもできるんだな。身をもって実感した」
「すさまじい危機を感じるときってあるよね。その間に自分がやったことなんて何も覚えてないほど、必死になるときというか」
「まさにそれです」
「ルイスもヴィンセント様も、なかなか修羅場をくぐってきてるのですね……」
私が苦笑すると、ヴィンセントはもう思い出したくもない、と首を振り、話題を変えた。
「シャーリーンの騎馬戦もすごかったぞ。お前は前世で軍を率いてたんだろうな」
「いえいえ、ごく普通の労働者でしたよ。軍を率いる人たちと接することはありましたが」
「……まるで前世を覚えているみたいに言うんだね」
ルイスが微笑みながら言って、私はぎくりとして口を覆った。
「まさか」
「本当にかっこよかったよ。全員に指示を出しながら、コンビネーションで相手チームをせん滅していく様は鮮やかだった」
「勝手に仕切りだしたときは、どうなることかとはらはらしたけどな。王者の風格があったぞ」
「王者って……」
私の参加種目のひとつであった騎馬戦も、午前中はやいうちに終わっていた。
チームごとで殲滅戦方式の騎馬戦だったのだけど、みんな何の作戦も立てずフラフラと歩きだすんだもの……。
「それにしてもシャーリーンにもファンみたいな人間がいるはずなのに、どうしてお前はひどい目に合わないんだ?」
「うーん……私にはそんなファンのような方はいないんじゃないでしょうか? マリベル以外には」
「もちろんマリベルほどおかしい奴はいないだろうけど、わりといるように思うんだが」
「さあね。シャーリーンに手を出したら、天罰が下りそうな気でもするんじゃない? 賢明だよね」
「あっ。なるほど」
ヴィンセント様がルイスの言葉に深く納得したようにうなずき、置いてけぼりになった私は問いなおした。
「どういうことです? 私ってやっぱり怖いのかしら?」
「ああ、そういうことだ。お前に手を出したら怖い。俺でもそう思う」
「……シャーリーンは誰より気高いんだよ。ね? ヴィンセント」
「はい、そうです、そうです」
「それより二人は、そろそろ行かないといけないね。二人三脚が始まるみたいだ」
ルイスがにこりと笑い、ヴィンセント様が突然額に汗を流し始める。
どうしたのかしら急に?
日差しや気温はさっきからそんなに変わってないけど。
「行きましょうヴィンセント様。やるからには本気でいきましょうね! 私たちなら息ぴったりで余裕の優勝ですわ!」
「ああ……そうだな、やるからには上を獲るぞ」
「じゃあルイス、行ってきます!」
私が手を振ると、ルイスは笑顔で答えた。
「いってらっしゃい。ヴィンセントも楽しんでね」
「はい! 楽しん……あ、はい……頑張ります」




