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第63話 体育祭①


 ある日の午後、廊下の人だかりが気になって覗くと、そこには「体育祭」と書かれた大きな文字が躍るポスターが貼られてあった。


「えっ、去年はなかったのに、今年だけ特別かしら?」

「ああ。去年までは、ルイス様とラッセン様の身の安全のために中止していたそうですよ。お二人が一年生のとき、大惨事だったそうで。再開するんですね」

「そのままなくて良かったのに」

「確かに、ヴィンセント様たちは大変な目に合う可能性がありますよね? どうして再開に踏み切ったのでしょうね」

「ちょっとちょっと、どういうこと? 大惨事とか、大変な目とか……何がどうにかなってしまうの?!」


 一緒にいたマリベルとヴィンセント様に向かって、私は焦って尋ねる。


 そうして返ってきた答えをひととおり聞いて、私は思わずハハハ……と無気力な笑いを発したのだった。




 ルイスとラッセンさんが一年生のとき。


 その頃はまだ毎年体育祭が行われていて、貴族の子女とはいえ学生らしく元気に本気でバトルをおこない、参観にきた親────というか家門の使用人たち────による応援合戦や、家門の力を見せつけるためシェフの料理ショーが校庭で行われて競ったりもする楽しいイベントだったらしい。


 しかしその年は、今までとはどうも勝手が違った。


 ルイスとラッセンさんがいたからだ。



 なんとかして二人とお近づきになりたい、汗のにおいをかぎたい、身体にさわりたい、あわよくば体液がついたものを手に入れたい、というか肉体も心も手に入れたい、という欲望にまみれた生徒たちが大量発生し、突拍子もない行動と珍事件が続発。


 二人は大量の追いはぎに一日中ひっきりなしに襲い掛かられつづけたという。


 そして生徒たちの熱は徐々に保護者にまで伝染し、最終的には競技そっちのけでルイスたちVSその他全員の「捕まったら終わる鬼ごっこ」会場と化したらしい…………。


「それにしてもルイスって……汗をかくのですね。ラッセンさんも」

「ああ、かかなさそうだろう。だからこそ多くの生徒が暴徒化したんだ」

「それでいうと、ヴィンセント様もどんなに運動してもサラサラしてそうね。それか、汗がキラキラ輝いて……あっ。なるほど。ご愁傷様です」

「やめろ」

「本当にそうなんです。ルイス様の汗がひとしずく入っているという瓶が、オークションで言うのもはばかられるほどの高値で取引されて……」

「えっ」


 美青年の汗って、たしかにちょっと背徳的というか、目が奪われるのかもしれない。


 だからといって、買う人がいたり追いかけられても仕方ないとは、とても言えないけど……。


「ユアンお兄様のファンは、ムッツリ系なので要注意ですね……。ヴィンセント様とジレス様のファンはあけっぴろげな方が多いですから、予測して対処できるでしょう」

「なにを言ってるんだ。俺のことも助けてくれ」

「ヴィンセント様はなんだかんだ、自分でなんとかできるでしょう?」

「あの兄上でさえ、さすがにもう体育祭はいいや、と言ったくらいなんだぞ。対処できると思うのか?」

「…………ご愁傷様です」

「くそ、絶対になにか起こりそうになったらシャーリーンを巻き込むからな」


 そう言ったヴィンセント様に、マリベルがすかさずチョップを入れる。


 熱烈信者のマリベルが近くにいるときに私を煩わせようと予告するなんて、まったくわかってないんだから。


「競技は自分で選ぶのかしら?」

「それはランダムで学院側が決定しているんですって。シャーリーン様の参加競技もあそこに載ってますわ」

「なに?」


 マリベルが指さす方を見ると、そこにはずらりと生徒の名前と、その横に競技名が書かれているリストも貼りだされていることに気づいた。


「…………騎馬戦と二人三脚!」

「俺は玉入れと二人三脚だ」

「私は綱引きとリレーです。リレーだなんて、貴族令嬢がするような競技じゃないですのに!」

「例年、女生徒は走らず歩いているらしいから、優雅に歩けばいいんじゃないか?」


 なんだそれ、それってリレーなの?


 とは心の中で思いつつ、私はへえ、とだけ声に出した。


 たしかに、ドレスを着てマナーぎちぎちの世界で生きている貴族令嬢に、突然走れといったって、そもそも難しいにきまっているものね。


「ヴィンセント様……」


 その時、横から声をかけられたヴィンセント様がびくりと肩をこわばらせた。


「なんだ?」

「あのっ、二人三脚わたしと」

「シャーリーン、俺と二人三脚してくれ!」

「えっ? はあ、いいですわよ」


 急に女生徒の言葉を遮って私のほうへ向き直ったかとおもうと、焦ったように私を二人三脚のパートナーに誘ったヴィンセント様は、しばらくしてからしまった、という顔をした。


 何がなんだかわからないからハイって言ったけど、なにかまずかったかしら?


「どうしました? ヴィンセント様」

「いや、得体の知れない女と二人三脚するのだけは、嫌だったんだ。ただそれだけだ」

「ああ、そうなんですか?」

「だから絶対にこのことは兄上に言うな、というか体育祭があることと日程すら絶対に耳に入れるな」

「ルイスに? わかりましたけど、なんで?」

「赤い雨が降ったらどうするつもりだ。お前には心がないのか?」

「何の話です?」


 ヴィンセント様の深刻な表情に、私は一体どうしたのかと思いながらも、とりあえずうなずいたのだった。


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