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第61話 始業式


「ふわ~あ」

「ヴィンセント様、口は隠してくださいませ。隣にいる私まで今、先生に睨まれましたわよ」

「いや、それはさっきまでシャーリーンが白目むいて寝ていたからだろう」

「し、白目ですって?!」


 始業式であくびをしているヴィンセント様が眠たげに放った言葉に私が思わず声を上げると、近くに座っていた生徒がわざとらしく咳払いをした。


「えー、それでは新入生代表挨拶です」


 こうしたイベントごとがあるホールは、いつだったかヨーロッパ旅行の時にみたオペラ座のような、相変わらず講堂というには忍びないつくりをしている。


 前方から新一年生、二年生、三年生の順で並び座ることになっているので、毎年違った景色を楽しめて飽きないのはいい、というのはジレス様談だ。


 ……たしかにここまで大きい講堂だと、座る位置で目に入る景色もちょっと違うみたいね。



 そんなわけで、最初の方はあちこちきょろきょろと見まわして新しい景色にそわそわしていた私だったけれど、気づけばお決まりの進行に飽きてすっかり眠気に襲われていたらしい。


 とはいえ、白目剥いて寝ていたっていうのは嘘だと信じたい。


 え、嘘だよね?

 たしかに前世の時はよく、上向いて口開けて爆睡してたみたいだし、ありえなくも……ないけれど。



 そうそう、私たちが進級したということは、すなわちお兄様とジレス様が三年生になり、ルイスやラッセンさんは卒業したということだ。


 思い出すだけでげっそりするけれど……本当に、今年の卒業式はすごかった。



 あの日、ルイスとラッセンさんというすさまじい人気……というか信者を大量に抱える男たちをいっせいに送り出すことになった一・二年生と、彼らと同じ空間に毎日いられるという稀有な生活に別れを告げざるを得なくなった三年生は────つまり全生徒は────男女問わず大多数が床に突っ伏して大声でむせび泣き、泣きすぎて過呼吸になったり、悲しすぎて失神したりする生徒が続出した。


 それだけでもすさまじい光景だったのに、それに拍車をかけたのは教師たちだった。


 なんと生徒だけではなく先生たちまで泣き始め、ついには卒業証書を授与するサダト学院長までもが、壇上で声を詰まらせたかと思うとぎょっとするほどの勢いで泣き出したのだ。


 そして、そんなまったく収拾のつかない状態に陥った講堂を救ったのもまた、この元凶であるルイスだった。


 ルイスは床にはいつくばって泣きじゃくる屍たちを乗り越えて壇上へと向かい、そこでいつもの笑みを浮かべながら「ありがたいお言葉」を発したのだ。


 …………その言葉を聞いた人たちが、まるで浄化されたかのように両手を胸の前で組んで、さっきまでとはちがう美しい涙を静かに流して微笑み始めた様子を、私はずっと忘れられない気がする。


 だって、あまりにも気味が悪かったから。



 そんなルイスとラッセンさんは、卒業したので王城での仕事を開始している。


 二人とも在学中からいろいろと、公務や家門の役割を果たすためにあちこち行ったりして何かと忙しそうにしていたけれど、その業務量も増え、ともに「後継者」として本格的に動き始めたということだ。



 ふとヴィンセント様の逆隣を見ると、キラキラした目で真面目に前を向いて話を聞いているマリベルの横顔が目に入る。


 授業中とかにもよく思うけど、マリベルって本当にえらい子なのよ。


 私のことが盲目的に好きすぎること以外欠点が見当たらない素晴らしい令嬢なんだけど、私のことが好きすぎるというところが他の素晴らしい点をすべて消し去るくらいに異様なのだ……。


 そんなことを考えながら、ふと思い出した疑問を私は口にした。


「そういえば私たちの代は誰がしたのでしたっけ」

「新入生の代表スピーチか?」

「ええ」

「はあ。お前はずっと寝てたから知らないだろうな」


 ヴィンセント様の言葉に頭をハテナでいっぱいにしていると、マリベルが小声でいった。


「ヴィンセント様がやっていましたのよ! 私あの時は、ヴィンセント様のこと本当に聡明で素敵な方だなと思っていましたわ」

「マリベル。俺は今も聡明で素敵だぞ」

「まあ、そんなに素晴らしいスピーチでしたの? あとで再現してくださいよ」

「ああ。対価は何にしようか」

「私の笑顔で」

「最初の一文字分にもならない」

「ヴィンセント様は、シャーリーン様の笑顔に価格はつけられないとおっしゃりたいのですわ。尊すぎて」

「いや、まったく価値がな……マリベル、顔をどうにかしろ」


 あまりにも気さくだからすぐに忘れてしまうけれど、ヴィンセント様はこの国の第二王子だし、とても優秀な人間だ。


 そりゃ、代表挨拶も当然するわよね。


 てことは、お兄様の代は、ジレス様かお兄様がスピーチしたのかしら?


 ジレス様のほうが、ああいうのはそつなくこなしそうというか、上手そうだけど。


 ヴィンセント様の代表挨拶はいろんな意味で気になる……。


 私ったらなんで寝ていたのかしら?


「やわらかな風が吹き、太陽の光満ちあふれ、生命が生き生きと活動を始める春……」


 そんなことを考えながらぼーっとしていると、前方から拡声魔法を通じた柔らかい声が響く。


 それを聞きながら私はしばらく、前世の入学式や卒業式を思い出して感傷に浸っていたのだった。


「なんだか懐かしいというか、聞いたことあるような。好きな声だわ」


 丁寧に、それでいて朗々とそれらしい文を読み上げる声が心地よく感じてふと目を向ける。


 そして声の主を視界に捉えた瞬間、私はカッと目を見開きとっさに歓声をあげそうになった口を抑えた。


「テ、テトラ!」

「お前はいちいち声がでかいな、シャーリーン」

「だってテトラじゃないですか!」

「彼は相当優秀だし、まあ、妥当だろうな。驚くこともない」

「テトラってかわいいだけじゃなく、優秀でもあるのですね……こんなの、こんなの絶対モテるじゃないですか! テトラにはまだ恋愛なんて早いのにっ! そうですよね?! どうしよう!」

「はあ。突然モンスターペアレンツ化しないでもらえるか?」

「ハア。焦っているシャーリーン様も、とっても愛らしいですわ……」




 ◇◇◇




 昼休み。


 いつものようにマリベルとヴィンセント様と並んで食堂でランチを食べていると、突如入り口から黄色い歓声があがる。


 ……相変わらずこの光景だけ見ると、ここが紳士淑女の学校だとはとても思えないわね。


 とはいえ、もうこの展開も慣れたもので、みんなの視線の先からはジレス様とお兄様……に加えて、今日は新入生のテトラまでもが食堂に入ってきていたのだった。


「テトラ!!」

「あ、シャーリーンちゃん。なんだか、こうして学院で会えるなんて不思議な感じだね」

「入学おめでとう。一緒にまたこうしていろんなことができるのね。楽しみだわ」

「シャーリーン……僕よりキャリック家の次男を先に呼ぶんだね」

「はっ、違います! ごきげんよう、お兄様……ジレス様も」

「相変わらず食堂はうるさいな」

「まあ、ジレス様たちがくるまでは、もう少し静かでしたけど」


 私の返答を意に介さない様子の三人が向かい側に座ったのを見てから、私は食堂をこっそり見渡した。


 ああ、みんなの注目を浴びるのってやっぱりムズムズするのよね……。


 ふと食堂の真ん中あたりに座っていたエルシーがこちらを忌々しそうに見ているのと目が合い、私は思い出した。


 ────そっか、テトラも学院に来たということは、ゲームのシナリオが本格的に開始する条件が整っているということだ。


 もはやキャラクター設定だってゲーム通りではないけれど、これが「作られた」世界であるならば、まだ何が起こるかわからない。


 シナリオ通りに進めば私は破滅への道を歩むことになるわけで、それだけは絶対にあってはならないことなのだけど……。


 テトラが本当に彼女に惹かれてしまうなら仕方ないけれど、洗脳じみたことや嘘の預言でテトラが誑かされそうになったりすれば、そのときは阻止して……も、いいわよね?!


「ねえテトラ。あなたってかなりモテると思うけど……どんな女の子にどんなアタックをされたかは、ちくいち私に」

「おい、何言ってるんだよ。シャーリーンのやつ頭がおかしくなったのか?」

「それは元からだが、モンスター化しているんだ。なぜかは知らない」

「なぜって、テトラが……」


 ヒロインのエルシーを選ぶかどうかで、私の人生が変わるかもしれないのよ!


 と素直に言うわけにもいかず、私はもごもごと口ごもりながら言った。


「心配なの。なんだか、悪い女に騙されそうで」

「えっ。僕そんなに騙されやすくはないとおもうけど……」

「ち、ちがうの! テトラが頼りないとかじゃなくて、その……。大事な弟を、変な女から守りたいだけ!」

「こんな姉はいらないと言ってやれ」

「シャーリーンは僕の妹だよね?!」

「ユアン、ここでシスコンを発揮するなよ。場の収拾がつかなくなるだろ」

「ハア~。シャーリーン様が姉だなんて、とってもかぐわしい響きですわね~」

「えーと、テトラ。ごめんなさい、私ってば余計なことを言ったわ! 私が言ったことはわすれてちょうだい! 学院生活、一緒に満喫しましょうね!」


 そういうと、テトラは何とも腑に落ちないような表情でうなずいたのだった。


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