第59話 目論見
ラッセンさんの読み通りというのか、侍女情報網のおかげというのか、海外人はその日、本当に陛下の執務室に姿を現した。
「すげえ、本当に普通の人間だ! でも俺たちとは違うな。オスカーたちが言ってたけど……どっちかというとエルシーちゃんの雰囲気に似てるというか」
もはやお得意になっている、魔法で姿や声を感知されないようにしたり、指定した空間を完全に亜空間にしたりする魔法によって陛下の執務室でお忍びピクニックをしながらその時を待っていた私たちの中で、最初にそんな声をあげたのはラッセンさんだった。
「ああ、本当ですね。じゃあやっぱり、彼女も海外人なのでしょうか?」
「静かに。何を話しているか聞こう」
ルイスが長い指を口元にあてて、私とラッセンさんの言葉を遮る。
陛下の前には二人の海外人らしき男が座り、なにやら神妙な顔で話し始めたようだった。
「…………では、我々のご提案について、検討結果を聞かせていただきましょう」
「ああ、そのことだが」
海外人がアーシラの国王に質問を投げかけ、国王は少しもったいぶった動作で彼らを見やった。
「話に乗ろうではないか」
「賢明なご判断ですね。我々はあなた方のために協力を惜しみませんよ。クマルタの神の名にかけて」
聞きなれない固有名詞に首をかしげながら、三人で思わずじっと息をひそめる。
一体、目の前でこれは何の取引がなされたのだろう?
彼らの言葉にはどうも、奇妙で不気味な響きがあるように思えた。
「いい答えが聞けましたから、さっそく報告に帰ります。それではまた」
そうこうしているうちに海外人は帰っていき、残ったのは陛下と、そばで控えていた側近だけになった。
なんなの、本当に一瞬の訪問なのね?
そそくさと、お茶も飲まずに帰るだなんて。
私が不思議に思っていると、陛下は先ほどまでとは違い、どん欲な笑みを見せながら笑った。
「あの強欲な男がすべてを失うところを見るのが楽しみだな、ハッハッハ。あの小賢しい小娘も、木っ端微塵よ」
「しかし陛下、あの者たちは残虐です。本当に信じてもいいものか……。バタックという島の島民は、クマルタ帝国の支配下で言葉も教育も奪われたそうですよ」
「そんなことか。それは我々もかつて、やっていたことだろう」
「もともと水田だった場所で帝国の貿易商材を強制栽培させられているうえ、法外な土地税の支払い義務も課され、人口の三分の一が飢え死んでいると」
「その貿易商材で帝国はかなりの収益を得ていると聞いたぞ。役に立つ奴隷たちじゃないか」
「……帝国の人間は、余暇の時間にバタック人狩りをしているとか。何匹やったかを競って遊ぶそうです」
「そうだ、それだ。一方的な支配。絶対的な力! それだけの力を、帝国は持っているということだ。魔法使いなどが支配するよりずっと素晴らしい世界を、私たちが……新たな世界秩序を、我々がつくるのだよ」
陛下がにんまりと笑ったのを見て、私は思わず立ち上がった。
そしてルイスとラッセンさんの回答を待たずして、二人の手を片手ずつ握りしめて移動魔法を発動する。
「ピクニックは終わりです。海外人がいるところを見に行きましょう」
◇◇◇
「これは……船上、かな?」
「そのようですね」
「いやあ、三人まとめて瞬間移動しておきながら、ケロッとしてられるなんてすごいな。恐れ入るよ、俺なんか昨日テトラと庭でさ」
「しーっ、ラッセンさん、誰か来ましたから!」
アーシラの国王陛下の部屋からものの一瞬でやってきたのは、どうやら海の上で航行中の船のようだった。
海外人を追跡魔法で捕捉したうえで瞬間移動したから、おそらく彼らはこの船に乗って、どこかへ行こうとしているのだろう──────この行き先が彼らの拠点となる場所か、さきほどアーシラ国王の側近が言っていたバタック島とやらなら、私の気になることが確認できるかもしれない。
近づいてくる足音に、私はまた身を隠すための魔法を発動させる。
三人そろって姿を消した私たちは、静かに足音の主が近づいてくるのを待った。
「……はあ、相変わらず気味の悪い大陸ですね。一時間もいると、もう気が狂いそうになりますよ。うっ……マシとはいえ、このあたりの海域もまだ息苦しいですね」
「これさえなければ、さっさと我らが手中に収まっていたというのに、幸運な野蛮生物どもだな」
「しかしありがたい面もあります。私なんて、この耐性がなければ何も成せずに人生を終えていたでしょうから」
「違いねえ。体質に感謝だな。ラートッハ王国にいっぱなしのあの女なんかは、よく平気でいられるな」
「彼女も卑しい野蛮族の出ですからね。なにか通ずるものでもあるのでしょう。それより……あの大陸にいるのは、やはり知能がない猿でしたね。自分たちを待つ未来も知らず、我々を利用しようと考えている醜い目をしていましたよ」
「ははは、違いない」
アーシラ国王陛下の執務室で聞いたことと、今ここで聞いたこと。
それらが端的に示すことは、たったひとつの単語ですむのかもしれない。
──────大航海時代。
前世において、羅針盤や快速帆船、遠洋航海術のいちじるしい発達が導いたその時代は、香辛料貿易の利益拡大を求めた商人や、レコンキスタ進行とともに高まったカトリック教会の布教熱によってもたらされたといわれる。
この時期、ヨーロッパ諸国は続々と探検航海へでて、武力を背景に世界各地に商業根拠地をつくり、植民地を広げた。
植民地では強制栽培がおこなわれ、それによる利益は帝国だけが独占し、植民地にいた現地人は野蛮人として管理され、奴隷以下の扱いを受けた。
その扱いは記録を読むことにも嫌悪感を覚えるほど凄惨なもの──────そう、まるで、あの側近が言っていたバタック人とやらへの仕打ちのように、おぞましいものだったという。
まさか私たちのいる大陸の外で、世界は大航海時代──────かそれに近しいもの────に突入しているというのだろうか?
だとすれば、海外人の目的は、この大陸を植民地にすること?
それにしては、アーシラ国王と何らかの協力関係を結ぼうとしているのが気にかかる。
「これさえなければさっさと手中に」って、どういうこと?
「これ」って、体質や耐性って……いったい何のことなんだろうか。
「いずれにせよ、このまま彼らの向かう先の様子を見てみれば、また何かわか……ごふっ」
「シャーリーン!? 大丈──────」
なんの前触れもなく、自らの手を染めた血に私はおののいた。
──────まさか、私が吐いたの? この大量の血を?
そう認識したからか、急に息まで苦しくなって、ちょっとしたパニックに陥りながらふと前を見る。
するとルイスやラッセンさんも血を吐いたらしい様子が目に入り、私はフラフラと二人のもとへと歩み寄った。
「なんで……一体、なにが」
「シャーリーン。以前言ったよね? 僕たちは外には行けないと」
突然頭上から聞こえたレヴィンさまの声に、顔を上げる。
「レ……ヴィン様? た、たすけ……」
「もちろん、君を助けに来た」
呆れたような、けれど包み込むような、母親のような表情でそう言ってくれたレヴィン様に安心する。
レヴィン様がそうして私の身体を抱きとめてくれたのを頭のどこかで認識し、私は意識を手放した。




