第56話 ヴィンセント・ブラットフォードの苦笑
「思ったよりうまくいってるな、シャーリーン」
「それどころか、圧倒的だろう。他の追随を一切許さないレベルで」
「すごいねシャーリーン。ルイス様のリードもすごいから、他が目に入らないや」
「恐れ入ったなあ。普段は淑女のしゅの字もないくせに、やるときはやるんだな」
「まあ、お母さまの教育がけっこう厳しいからね」
薔薇祭のミスコンは毎年ほとんどの生徒が見物する一大目玉だ。
ここで素晴らしい令嬢として多くの貴族に認められることは、今後の貴族社会における発言力や影響力、しいては権力を得るための一歩となるため、毎年多くの令嬢が参加してにぎわうイベントでもある。
目の前の舞台では、何組もの男女がペアでオーケストラに合わせて踊っていた。
ひときわ目を引く薔薇姫候補者は、やはりシャーリーンだ。
年齢にしては大人びた、深紅のドレスが派手な容姿を引き立て、踊りは表情から指の先までスキがなく、社交界で活躍するマダムたちも思わずため息をつくほど洗練されている。
とはいえ、シャーリーン本人だけでも十分だっただろうが、彼女がここまでの衆目を浴びる理由はもうひとつあった────シャーリーンのパートナーが、王太子のルイスだったからだ。
こうして舞台の下から客観的に、兄上がシャーリーンを見つめているのを見て、思わず苦笑する。
──────わかっていたはずだが、このステージが明確に境界をつくっているからか、いつも以上に感じるな。
あの二人の間にある、誰にも入り込むスキなどない、互いへの厚い信頼と、深い慈しみを。
「うらやましいよ、兄上」
「ヴィンセントも踊りたかったの? それだったら、エルシーさんからの誘いを受けたらよかったのに」
頓珍漢なことを言うユアンの言葉で思い出し、エルシーという女生徒の姿を探したら、彼女とそのパートナーはシャーリーンの真横にいたらしかった。
「……彼女も善戦してはいるが、まさかここまで圧倒されるとは想像してなかったろうな」
「ああ、シャーリーンって本当に、優秀なイメージないからな」
「お裁縫はちょっとチートしたけ……むぐ」
ジレスに口をおさえられたユアンが、ごめんというポーズをする。
まあ、たしかにシャーリーンがチートしたのは事実だが、エルシーがこの大会で存在感を示して発言力や影響力を増すことを懸念したゆえ、致し方なく、だ。
このダンスの前にもいろいろな審査項目があったが、そのなかでも裁縫のスピードと出来栄えを評価されるというものがあった。
シャーリーンは裁縫が苦手というのは全校生徒が知るほどの噂だったため、誰もがせせら笑いながらそれを見物しにきたのだが、シャーリーンはものの見事に誰もが目をむくような繊細な大作を、目にもとまらぬスピードで仕上げた。
もちろんこれにはカラクリがある。
魔法を使ったのだ。
魔法陣もなく、無詠唱で発動された魔法。
しかも魔法で裁縫をするなんていうのはこの世界では誰も持たない概念だから、もちろん誰にも気づかれないかもしれない。
それでも、こんな大衆の面前で堂々と、自らの身を危機にさらしかねないことをさらっとやってしまったのには、俺を含めここにいるジレスとユアンも思わずぎょっと目をむいた。
ちなみに裁縫の前には、知識勝負や機転比べの審査もあった。
知識勝負は令嬢としてのマナーやエチケット、詩や音楽に美術の教養、そして社交界での今の流行についてなどで、これはセリーヌ様からのスパルタ教育を受け、かつ大陸中を旅してきたシャーリーンにはたやすいものだったらしく他を力強く圧倒していた。
機転比べもなかなかのもので、パーティーでのトラブルに対してどう対応するかなどのケーススタディで対応を見られるものだったが、これもシャーリーンの番になるとどこからともなく拍手がわくほどの出来だった。
いつもの様子を見ていると忘れるが、シャーリーンは王妃教育まで受けたこの国きっての令嬢なのだ。
まあ、王妃教育を受けた人間はもう一人いるが。
「エルシーも悪くないけど、比較にはならないな」
「最初は自信ありそうだったのに、だんだん焦った様子になってたよね」
「どうせ、問題や模範回答を事前に知っていたから余裕をかましてたってとこだろ。運営委員長のドーナウ侯爵家の長男はあいつにメロメロだし、シャーリーンが裁縫やダンスをあれほどできるなんて、誰も知らなかっただろうし」
「ああ。でも、これでシャーリーンよりあいつが王太子妃にふさわしいなんていう馬鹿なことを言う人間はいなくなるんじゃないか」
「実力で黙らせるってこういうことなんだね……」
そのとき、ひときわ大きい音が鳴って、オーケストラの音楽とダンスがぴたりと止まった。
「薔薇姫候補の皆様、お疲れ様でした。では次はスピーチの審査です」
スピーチまでくれば、もうこのコンテストも終盤だ。
しばらくの休憩の後、司会の声にあわせて舞台にずらりと並んだ候補たちが、今度はそれぞれの想いを語り始めた。
──────マリベルのやつ、またお色直しさせたのか。
さっきの赤いドレスやその前のブルーとピンクもよかったが、今のシャーリーンは煌めく黒のドレスをまとっていた。
「私は幼いころから淑女教育を受け……」
「私の家門では、愛を重んじることを重視しています。自分を愛するように家族を愛し、隣人を愛すること。愛すべき人を傷つけず、思いやる精神を実践し、立派な子供を産み育てることで……」
次々と繰り出されるご令嬢たちの立派なスピーチに、会場からは拍手がわく。
そして順番はエルシーにまわってきた。
「偉大なる声が告げています。この国の未来は明るいと」
エルシーが祈るような仕草で、通る声を響かせる。
美しい少女が慈しむような表情で観客たちを見つめるさまは、ちょっとした宗教の教祖のような、まばゆい神聖さがあった。
「私は、この国で生まれ育ったわけではありません。しかし……」
エルシーはスピーチで、この国への愛と未来について語り、自分はそれを実現しようと尽力している素晴らしき王室や貴族家門らを、心を尽くして支える役目をまっとうできると宣った。
この国であまりみない容姿と美しい心。
それを真摯な言葉でつむぐ少女に、誰もが、すばらしい心がけの令嬢だと拍手する。
────人心を掴むのがうまい女なのは、認めざるを得ないな。
好感度の高い話し方がわかっているとでもいうか。
そのあとも数人の令嬢が似たようなスピーチをして、ついに、満を持してシャーリーンの番がまわってきた。
「社会に求められる貴族らしさや令嬢らしさを、なぜあなたは追い求めるのでしょうか?」
歌うように、しかしいつもよりゆっくりと低めの通る声で問いかけられた言葉に、当然、誰も何も返さない。
ただじっと、誰もが「一体こいつは何を言い出すのか」という困惑した様子で彼女の声に聞き入った。
「貴族令嬢として生まれたのなら、家門を強固にするいい嫁ぎ先を探しなさい。貴族男性として生まれたのなら、家門の力を轟かせるためにもっとも名誉ある仕事に就きなさい。……そうして刷り込まれた言葉は、気づかぬうちにあなたたち自身の人生の目標になっている。けれど、本当にそうでしょうか? 自分の価値や人生の目的は、本当に生まれた時から決められていて、自分の支配下にはないのでしょうか?」
彼女がかすかに笑っているのが感じ取れて、僕は目を細めた。
「あなたという人間を定義するものは、あなた自身の選択と実行であり、それらは他人に道を敷かれたり社会に決められるものであるべきではない」
そうして、つらつらと話すシャーリーンをぼーっと眺めながら、思い出した。
──────そういえば、前にも思ったことがあったな。
シャーリーンの言葉は、人を勇気づける言葉だ。背中を押す言葉だ。
そして、人を鼓舞する言葉だ。
生まれたときに間引かれそこない、歴史上の────それも作り替えられた嘘の歴史の────教訓のせいで、不吉だの穢れだのと言われる憐れな悪女。
本来であれば、将来は国王陛下の道具として使われるのを待つしかない運命なのに、世の理不尽さに気づく賢さを持ち、それに抗う意思としたたかさを持ち、けっして折れずに自身の道を拓こうとしている泥中の蓮。
それは誰しもが認めざるを得ない、シャーリーンというまぶしする人間の魅力だった。
「常識を疑ってもいいの。ときにそれらは理不尽だから。 無知でいることを当然だと思わないで。なにも知らないことは、あなたを世の中の悪意から無防備にしてしまうから。私達を私達たらしめるものは、身分や性別や生い立ちではない。どんな状況にあれど、歩きたい道を歩き、話したい人を選ぶのは、この私。これが私の信条です」
そうして、不敵な笑みを浮かべてスピーチを終えたらしいシャーリーンの姿を、俺たちはただ黙って見つめていた。
「……なかなか前衛的なことを言うな、あいつは」
しばらくして、隣でジレスが興奮気味に言うのを聞きながら、俺はまた苦笑した。
──────やっぱり、シャーリーン・グリーナワは変人だ。
今までのラートッハ王国の貴族令嬢のイメージを覆す程度には考えも行動もまともでなければ、魔力量も魔法の使い方も、長い歴史をさかのぼって見ても完全に規格外。
そしてなにより、周囲がどうあれ、己の信念をもって周りに惑わされずそれを貫こうとする強靭な精神力。
シャーリーンというやつは、いつもこうやって、人に「目を開けて世界を見ろ」と言ってくる。
俺が現実から逃げたかったときに、苦しい現実に目を背けるどころか「しっかり見ろ」と言いながら手をがっしりと繋いできた、あの時のように。
「…………まあ、スピーチの採点が零点だとしても、シャーリーンが優勝するだろう」
そしてこの先、もう誰もお前を貶めたりはしないだろう。




