第55話 文化祭②
文化祭は正式には薔薇祭というらしく、文化祭当日、校門前にでかでか薔薇祭と書かれた大きな垂れ幕をみた私は思わず首をかしげた。
これは誰のセンスなのかしら。すっごく、ださいわ……。
ゲームタイトルが「薔薇園の魔獣」だったことを思い出し、その垂れ幕を見た私はなんとなく嫌な気持ちになったのだった。
「シャーリーン、休憩が長いぞ。トイレに長居するなんて……大か?」
「ちがっ、まさかこの失礼で憎たらしいカエルはヴィンセント様? 本当に着ぐるみを?」
直立不動のおどけた顔立ちの着ぐるみをしげしげと見て、どこから見ているのですかと聞くと、鼻のあたりを指差して、ここが唯一の穴だとカエルは宣った。
そこに通気口兼覗き穴があるらしい。
「これじゃヴィンセント様である意味がないでしょう。せっかく午前中はとってもかっこいい執事姿で女の子たちも大騒ぎだったのに」
「そうか? こっちのほうがおもしろいぞ。こんな高貴なカエルはどこにもいないはずだ」
「あっシャーリーン様! 麗しいお姿! 侍女のいでたちでもこの輝きプライスレ……何ですこの不審なカエル野郎は!」
そこにやってきたマリベルが興奮気味に叫んでカエルに殴りかかろうとするのをみて、私は慌てて受け止めた。
「待って、これはヴィンセント様だから!」
「ああ、ヴィンセント様でしたか。どおりで胡散臭いカエルだと思いましたわ」
「中間結果発表はどうだったんだ?」
殴りかかられそうになっていたとは思えないほど飄々とした態度のヴィンセント様に、私は思わず心の中で拍手をする。
いやあ、ゲームシナリオでは心を閉ざして孤独に生き、引きこもってるキャラ設定だった……とは思えないほど、強くなったわよね。
「うちは今三位ですね。一位はルイス様とラッセン様のクラスで、二位はジレス様とユアン様のクラス……でした」
「案の定ね」
「……たしかにジレスとユアンのところは面白かったな。俺は気に入ったが本人たちは心外らしい」
ヴィンセント様の声に苦笑して、私はそりゃそうだろうなと思いながら、先ほどみたお兄様のクラスのロマンス演劇について思い返した。
朝からさっそく観に行ったお兄様とジレス様のクラスのロマンス演劇は、まさかの展開だった。
まず第一に、なんとロマンスの主役はこの二人────そう、恋に落ちるのはまさかのお兄様とジレス様だったのだ。
二人のお相手役、つまりヒロインを決める際にクラス内で乱闘がおこり、最終的には誰も相手になるべきではないという結論に至ったらしい。
そして恨みっこなしのロマンス演劇脚本をつくろうということで見出されたのが、この二人が大恋愛を繰り広げるという道だったとか。
何も知らずにポップコーンを食べながら鑑賞していた私は、坂道を転がるように二人が恋に落ちていく展開に笑いが止まらなくなった。
けれどエンディングで二人がひしと抱き合った時には、今度は涙が止まらなくなった。
かなり感動的なストーリーだったのだ。
観客のすすり泣く声が響く中、今にも二人がキスするかというところで暗転になり、舞台は拍手と「もっと見せろ」「出し惜しみするな」という野次が飛び交う中で終わった。
カーテンコールでも頑張れ応援してるという声援が投げかけられ、お兄様とジレス様は困惑して顔を見合わせた。
それだけで観客から悲鳴のような歓声が上がった。
ジレス様もユアンお兄様も恋愛には縁遠そうだし、今後どんな人と恋に落ちるのかなとふと考えて、ゲームのヒロインのことを思い出した私ははっとした────そうよ、ゲームのシナリオ通りにいけば、この二人は大恋愛どころか憎きライバルになるのよね?!
あんなに今は仲良しなのに、ライバルになって仲悪くなったら悲しいわ。
神様、どうかヒロイン並みの魅力的な子をあと五人くらい投入して皆ハッピーエンドにしてあげてくださいね……。
「でももっとすごいのは三年生です。ルイス様とラッセン様のクラスは、もう、多分追い越すことができないと思います。あまりに差が……。生徒だけでなく保護者のマダムも大量購入しているみたいで」
「さっき俺も三十枚ずつ買ってきたが、なかなかのものだったぞ」
「え。ヴィンセント様、ブロマイド買ったんですか?!」
「どんな様子で兄上やラッセンさんが、購入者と同じ空間にいるのか気になったから」
「で、どうでした?」
「何もない教室の真ん中に、ラッセンさんと兄上がぽつんと立ってた。その周りをぐるっと購入者が囲んで、拝んでた」
「何それこわい……」
想像して私がひえっと息を吸うと、ヴィンセント様が言った。
「だが兄上はさすがだった。同じ空間にいるたった十秒の間で、そこにいる全員の目を見つめて微笑みかけながら一人ひとり名前を呼んだんだ。そのあと、鼻血を出しながら多くの購入者がブロマイドを百枚以上さらに買い足していた。もうこれ以上同じ空間にいたら死んでしまうから、お布施だけさせてくださいと言って」
「なんてこと……」
「兄上とラッセンさんはちょうど、来月から公務で少し学校を休むらしいからな。そのあいだ成績が落ちないように、今回は上位を狙うらしい」
ルイスもラッセンさんもかなり人の扱いがうまいし、実際二人とも色男だもんね。
私もあとで、冷やかしにでも行こうかしら?
「あ、そうですわ! シャーリーン様、私ドレスを持ってきましたの! これから大舞台ですわね。渾身の勝負服を作ってまいりましたわ!」
「え、ええ。ありが……まあ、かわいい!」
「そうでしょうとも! 真紅はシャーリーンさまによく似合います。強く激しい色ですから」
出たくもないミスコンのことを考えて憂鬱な気持ちで受け取ろうとして、その中身をちらりとみた私は思わず大きな声をあげた。
さすがマリベルとでもいうのか、中に入っていたのは装飾と刺繍が細かく散りばめられたきれいな赤いドレスだった。
アクセサリーの類も合うものを見繕ってくれたのか、一緒にいくつか入っているのを見て感嘆のため息を漏らすと、マリベルは満足そうに笑った。
「お願いしますね、シャーリーン様! シャーリーン様を素晴らしく着飾ってより多くの人の目を奪えたら、今後半年間はマリヴェイユのドレスしか着ないと、あの社交界の女王セリーヌ様がおっしゃってくださったので!」
「お母さま……」
私がミスコンに出ると知ったお母さまの燃え具合を思い出して寒気が走る。
今日も娘の雄姿……になるかは別として、姿を見にここまで来ているのは知っているけど、もし恥をかきでもしたら今後半年私のご飯はランクダウンされること間違いなしだ。
「まあ、ここまでくれば、腹をくくりましょう」
私が言うと、ヴィンセント様が私の拳に自らの拳をぶつけ、それでこそシャーリーンだ、と言った。




