第50話 王城②
執務室、というには広々とした空間には今にも動き出しそうな動物の剥製や地図、チェスや本などが妙な統一感をもった状態で美しく並べられていて、どちらかというと博物館のようだ。
初めて入る執務室に、思わずおおお、と声が漏れたお兄様とジレス様が、慌てて口元を手で覆った後にほっとした顔をする。
──────大丈夫、防音魔法が効いてるからね。
各々の姿を透明にし、国王陛下の執務室まで二人の案内で進んだあとのこと。
私は執務室を透視して部屋の構成を把握し、三人そろっていわゆる壁抜け魔法で無事に目的地への潜入を果たした。
お兄様とジレス様はひたすら目を白黒させていたけれど、私はそれよりも目の前の光景に圧倒されていた。
────これが権力者の部屋というものか。
「陛下とお父様がいる」
「ええ、いいタイミングですね」
お兄様の視線をたどり、執務室内で話し合っている父と陛下を見つめる。
ジレス様が言うには、今日の午後三時頃には三大公爵家をふくむ大貴族たちと陛下があつまる会議があるらしく、そのために陛下が部屋を出たあとが執務室をあさる絶好のチャンスだ。
午後三時まではあと三十分ほど。
それまでは、社会勉強として大人の会話を聞かせてもらおう、と私が言うと、若干気まずそうにしていたジレス様とお兄様も、最終的にはうなずいたのだった。
「実に面白いと思わんかね、アランよ。今に大陸が私のもとにひれ伏すのだぞ」
「…………すべては陛下の御心のままに」
「ガラクタばかりと思っていた宝物庫に、とんだ贈り物が隠れていたものだ。残念なのは、これが人間に使えないこと。そして……魔物がいないことだな」
「魔物がいないのは嬉しいことではありませんか?」
「ははは。魔物もあの動物らと同じように、思いのまま操ったらどれだけ面白かったか……。そうだ、魔物がいつか現れた時のために、今から準備をしてもいいな?」
「それは……」
「魔物を使役するには強い魔女の生贄を複数使う必要がある」
「魔物を……?」
「だからこそ、忌々しいならわしで我が国の出生に関する情報はすべて他国に共有しなければならないが……。喜べ、お前の娘に名誉を与えよう」
陛下が笑う姿を見て、私は思わず寒気を覚えた。
会話の内容からして、過去にあった真実を知っているのは陛下だけで、お父様は何も知らないようだ。
それは素直に安心した────だって、不器用ながらやさしいお父様が、すべてを知っていて何も感じていないなら、それはあまりにショックだもの。
「娘を死んだことにして監禁してしまえ。カラスの男たちとの子を死ぬまではらませつづけ、皆をカラスにするのはどうだ? 時がくれば、グリーナワの血を引く魔女たちを使って、私が魔物を使役できるやもしれん」
「シャーリーン、聞くな!」
いつも穏やかなお兄様が、声を荒げて私の耳をふさぐ。
もう全部聞いちゃったけど……とはいえず、私はおとなしくお兄様のなすがままでいた。
「……なあ、どういうことだ? シャーリーンが言ってた歴史みたいに、陛下が使役魔法を使っているような物言いだな」
「そう聞こえる。動物に使役魔法を使っているみたいだ……呪文とかは葬られず、まだ残ってたんだな」
「口ぶりをみるに、最近見つけたようでしたね」
「…………なあ、大陸がひれ伏すってどういう意味だろう?」
「侵略するってことじゃないですか?」
私の言葉に、ユアンお兄様とジレス様がぴたりと止まる。
だけど二人も内心わかっているはずだ。
────陛下の言葉は、明らかに使役魔法で動物をあやつっていることを示唆している。
そして、それを使って他国の侵略をすることを考えている可能性があるということを。
「ふ、不戦協定があるよね? 侵略なんてしたら違反のはずだよ」
「だが、それを破ったとして、どんなペナルティがある」
「報復……ですが、報復する力もないほど相手を痛めつけられる自信があるか、相手にそれだけの力がないと侮っているなら、話は別です」
林間学校の時に、使役魔法にかかった動物の成れの果てをみた。
使役された生き物は、自身の痛覚や疲れを一切感じなくなるらしい。
脳が本来かけるべきブレーキやリミットを完全に取り払ってしまうため、自分の身体が文字通り壊れても、最大のパワー出力で永遠に動かされ続ける。
それはつまり、彼らが最強の兵士になると同時に、彼らの魂が闇の奴隷になるということに他ならなかった。
あんな悲しい生き物を、魔法という本来は素晴らしい力で……この世に生み出してはいけない。
「今すぐに……」
「陛下、ルイス様がおいでです」
「…………ああ、入っていい」
私が頭をフル回転させていたその時、扉の向こうから衛兵の声が聞こえ、私たちは顔を見合わせる。
陛下の許可がおりたのとほとんど同時に、颯爽と現れたルイスが明るく澄んだ声であいさつをした。
そうしてそのアメジストの瞳がくるりと部屋を見渡した後、明らかにこちらを見て、笑った。
「なんの用だ」
「この後の会議に僕も参加するので、もうすぐ時間だと父上を呼びに上がりました」
「…………息子よ、無駄なことをする時間があるなら、エルシーと会って話せと言ったはずだが?」
「学院で何度か話していますよ? 僕は先に部屋に向かっていますね。……さあ、行くよ」
(ルイスが、呼んでる?)
こちらを見たルイスの笑顔に魅了されたように、フラフラと扉へむかう。
そして何が何だかわからないまま、私たちは全員でルイスの背中を追ったのだった。
◇◇◇
「さてシャーリーン、何があったのか教えてくれる?」
「それよりルイス。どうして居場所が……」
「ああ、シャーリーンがいろんな魔法を生み出してるのを見て、僕も考えてみたらできたんだ。光魔法の応用で、君の感情が大きく揺れ動いた時に、君のいる場所がすぐわかる魔法」
「すごいですけど、なかなかニッチですね」
「僕にとってこれ以上のものはないよ。シャーリーンが戸惑っているときや、衝撃を受けたときに、君がどんな状態でも必ず僕が助けに行けるってことだから」
「オホンエホン! あー、殿下。今はそれどころじゃないです。あと、僕たちもいます」
「わあ。やあジレス。それにユアンまで」
陛下の執務室からでたあと、私とお兄様とジレス様は、姿を透明にしたままそろって別の空室にうつった。
なぜ透明になっているはずの私たちがルイスに見えていたのか気になっていたけど、まさか私だけしか見えてなかったとは……。
お兄様とジレス様の透明魔法を解除したら、ルイスは楽しそうに、でも少しだけ驚いたそぶりをしていたのだった。
学院は夏休みといっても、ルイスやヴィンセント様のような王族に休みという概念はない。
まだ王子でも、彼らには担当している政務があり、責任があり、そして守るべき部下と勢力、民の生活があるからだ。
ヴィンセント様ともども、学院がない間に集中してすべきことも多いから忙しいし、ルイスに至っては王太子だからなおさらだ……と聞いていたから、自分も王城にいるとはいえルイスに会えるとは思っていなかった。
だけど会うとやっぱり、ちょっと嬉しいし何よりほっとする。
────ルイスがいるから、きっとなんとかなるだろう。
「ルイス。このあとの会議は、何についてだか聞いている?」
「いや。陛下の招集だったからまだ知らされていないけど、それが関係してるの?」
「陛下がお話しされるのは……もしかすると、他国を侵略することかもしれません」
さきほど部屋で聞いた内容を、三人で補完しあいながらできるだけ正確にルイスに伝える。
ルイスは何の感情を出すわけでもなく、ただとても冷静に私たちの話を聞いているようだったけれど、最後の最後に少しだけ眉間にしわを寄せた。
「……使役魔法をかけられた動物はどこにいるんだろう」
「あ……それは伺いませんでした。けれど陛下直々にかけているようでした」
「色々したいことはあるけど、ぜんぶ会議の後だ。僕が今すべきことは、会議でその話が本当にでたら、侵攻を阻止するために話を紛糾させて頓挫させることだね」
「ええ。せっかくアーシラ王国が戦争を仕掛けようとしているのを止められたのに、ここで我が国が侵略行為をするなど……」
グアラ王国へ向かう船の上で嗅いだ、血の匂いを思い出す。
現代においても戦が起こる理由は、いくつもある。
民族や宗教の問題、イデオロギーの闘争、資源や領土の奪取、金と権力。
いずれにせよそれは、形態を変えた政治の延長としての暴力だ。
だけどどんな理由が背景であれ、いま戦をやろうなどと思えるのは、そこから遠い場所にいて、そこで現実を生きている民に価値を見出さない人間だ。
理不尽に傷つけられる苦しみを知らない人間が、悲惨さを知らない人間が、一度の戦争がその後何年にもわたって広範な影響を及ぼすことさえ厭わない人間が、それ以上に意義のある崇高な正義を騙って力を振りかざす────それは歴史上何度も繰り返されてきたこと。
────────だから戦争はいやなのよ。
前世からずっと、傷つく「力なき人々」を近くで見ていたからだろうか。
自分やこの国が傷つくにせよ、知らない誰かが知らないところで傷つくにせよ、それは私にとって決して穏やかでいられることではない……陛下の侵略したい動機がなんであったとしても。
「……信じがたいこと……難しいことを言っていると、わかっています。こんなことを頼んでごめんなさい」
ルイスは私をじっと見つめて、それから愛おしげに瞳を細めた。
「いつだって君を信じるし、何でもするよ。君とこの国をよりよく、守るためなら」




