第49話 王城①
「シャーリーン……本当に行くの?」
「ええお兄様、これも社会勉強の一環ですわよ」
「犯罪行為ともいうんじゃないか?」
「おほほ、ジレス様はいつも一言多いんですから」
楽しいはずの学院の夏休みにもかかわらず、王城に住み込みで王妃教育を施されている私のもとに、今日は二人の来客があった。
一人目は家族みんなが避暑地へ行くと私が心細いだろうという理由で、一緒に王都に残ることを決断してくれた心優しき天使のお兄様。
二人目は私をおちょくりにきたジレス様だ。
「だって、ジレス様にだって接触があったんでしょう? しかも濃厚な!」
「濃厚ってなんだよ。あの子はただ、話してる途中で突然噴水に落っこちて、びしょびしょになってた……ってだけだ」
「それで、張り付いた白いシャツの下に、た、たわわな……す、透けていたんでしょう! それをジレス様の腕にぴったりくっつけて!」
「……誰からそんなふうに聞いたんだ?」
「ヴィンセント様です」
「はあ……」
ゲームのヒロインだったエルシー・ローグは、シナリオの大枠をたどり、攻略キャラであるジレス様やお兄様たちを現在進行形で熱心に口説いている。
ゲームで私が操作していた時はかなりスムーズに口説けたはずだけど、現状、エルシーは攻略になかなか難航しているらしい。
────おそらく、ゲームの時と違って攻略キャラたちは孤独じゃないし、かしこく強い仲間がいて、攻略キャラ同士も幼いころから絆を深め、団結しているからだろう。
お兄様やヴィンセント様、ルイスにもこれまでエルシーから接触があったのは知っていたけれど、やはり当然ながら、彼女はジレス様にも接触していたらしい。
まさかそれが預言を伝えるのではなく、雰囲気の良い庭園の噴水のところで雑談した後に水に落っこちるというギャグ……もとい、ラブ戦略での接触というのは想定外だったけれど。
ちなみに雑談の時は、「わたし貴族のことよくわかんない。天真爛漫純粋女子だから」アピールをひたすらしていたらしい。
これもヴィンセント様が言っていたことだ。
どうしてそんなことを……と私がつぶやいていると、ヴィンセント様は、ジレスの関心をひくためだろうな。と答えた。
いわく、私の前ではいつも生き生きしているからあまり気づかなかったけど、ジレス様は学院ではわりと無気力なキャラらしい。
というのも、ジレス様は昔から基本的に優秀すぎて、ほとんどのことに対して魅力や刺激を感じないらしいのだ。
だからいつも面白くなさそうに、つまらなさそうにしていると……。
そんなジレス様に面白みを感じてもらうため、周りにいなさそうな女子像を演じたのではないかと……。
そういういうことらしい。
そういえば、ゲームの設定もそんなかんじだったし、昔ティファニー先生の魔法勉強会に参加し始めた頃のジレス様は、実際にそうだったかもしれない。
「ジレス様、だけどヴィンセント様だって彼女とムフフな感じになったそうですよ? 林間学校の夜の話、ヴィンセント様に聞きましたか? 木陰に連れ込まれてあんなところやこんなところを」
「シャ、シャーリーン!!」
「はあ……お前は令嬢としての自覚があるのか? 王妃教育を受けているって嘘なんじゃないのか」
お兄様が真っ赤な顔で私の口をおさえ、私はもごもごと言葉を飲み込む。
ジレス様が呆れた顔をしているけれど、これは誇張でもなんでもなく、ヴィンセント様本人から聞いた話そっくりそのままなのだ。
合宿の時、エルシーは新たな預言をさずかったからヴィンセント様に話したい、とずっとしつこく言っていた。
そして、夜になってみんなが静かに寝たころ、彼女はヴィンセント様のテントにこっそりと忍び込んで木陰へと誘い込み、色っぽいムードでヴィンセント様を誘惑したそうだ……って、なんで私はこんなことをちゃっかり聞いてるんだろうか……。
ちなみに預言の内容は相変わらず、要約すれば、ルイスがヴィンセント様を殺害して自分の王位継承権を確実にしようと目論んでいるから信じず距離を置くべきだということ、そして、私が王妃にのぼりつめるためヴィンセント様を利用しているから惑わされず突き放すべきだ、ということだったらしい。
「それでヴィンセントはなんて答えたんだ?」
「面倒だからとりあえず、エルシーを信じて兄や私とはいったん距離を置く、と言ったそうですよ」
「で、距離を置いたのか?」
「少なくとも私たちは距離をおいています。いつも隣同士で歩いてたんですが、ヴィンセント様が私の後ろを歩くようになりました。教室でも隣同士に座るのをやめて、間にマリベルをはさむようにしましたし……あと、ぜんぶ念話で話してます」
「突っ込みたいところは他にもあるけど……念話ってなんだ?」
「魔法で、声を出さずに自分の思念を相手に音として送るんです」
「なんだそれ、僕にもやってみてよ」
ジレス様がウキウキしながら体を乗り出してきて、私はもちろんと言って応える。
そしてお兄様を含めた三人でしばらく念話をためし、大笑いした後、ふと大事なことを思いだした私は念話をやめて声を上げた。
「あ、名誉のために言いますけれど、ヴィンセント様は、ムフフについては紳士的にお断りしたそうですわよ。据え膳食わぬは……っていうことわざを、知らなかったそうです。一応、お教えしておきましたが」
「お前は一度口を閉じろ」
「念話で言ったほうがよかったですか?」
「そういうことじゃない」
ジレス様の言葉に私がムスッとしていると、お兄様が私の頭をなでながらまあまあ、とたしなめてくれる。
はあ、お兄様って本当に癒しだわあ。
「……ちゃんとしてれば、シャーリーンほどの王妃の器はいないと思うんだけどね」
「ユアンの言うとおりだよ。民や国のことをお前ほど……そういえば、こないだの青薔薇塾なんかは、すごくよかったな」
「ああ、あれは好評でしたわ」
ジレス様たちも参加してくれている私の私塾では「生きる知恵」も生徒たちに伝授している。
直近取り上げたのは、医療に関して────つまりは、光魔法や医療用魔法石を使わなくてもある程度のけがや病気が治ること、その根本治療や免疫力のあげ方、衛生観念のことや対処療法などについての知識だ。
前世での常識はもちろんのこと、戦地で働いていた経験ゆえ持っている知識も、この世界ではまだ誰にも知られていなかったりする。
些細な当たり前に思えることでも、ここでは人の役にたつ、素晴らしい知恵だったりするのだ。
「まあ、シャーリーンがすごいけど変、ってのは今に始まったことじゃないからな。ところでエルシー・ローグの色仕掛けとどう関係あるんだ? 国王陛下の執務室に忍び込むことが」
そう、この話の発端は、私が陛下の執務室に潜入するから道案内して、と私より登城経験があるジレス様とお兄様にお願いしたことだった。
この国では男性がすべての政務に携わるので、女性が城に来ることは王城主催のパーティーの時くらい。
一方、男であれば小さいころから将来を見据えて、父親が城に連れてきて社会勉強させたりするので、彼らは私より城内の地理について詳しいはずなのだ。
「エルシー・ローグが攻略キャラたちにシナリオ通り色仕掛けをしてるってことは、他のこともシナリオ通りに……つまり、悪い方に進んでいるかもしれないんです」
「でもね、いくらシャーリーンが魔法に長けていても、他人の部屋に侵入するのはよくないことだよ」
「お兄様……そんなまっとうなことを言われたら、返す言葉もないのですが……」
「執務室に行けば何かわかるの?」
鹿のようなつぶらな瞳で見つめられ、私はしばらく迷ったあとに口を開いた。
────ええい、お兄様がかわいすぎるのがいけないのよ!
「陛下が何か、隠しているものがあるんじゃないかと。そのヒントがないか、知りたいんです」
林間学校でヴィンセント様に、レヴィン様の正体を知られた後。
私たちは、ジレス様とお兄様も呼んで、改めて私たちの知る確からしいこの大陸の歴史や魔物のこと、強い魔法使いの家系で女児が間引かれる理由と私が間引かれなかった理由などを共有した。
一緒に旅したルイスやキャリック兄弟、そしてグアラ王国のオスカー様とユリア様は、一緒に魔物に会って歴史を聞いたけれど、実はほかの仲がいいメンバーにはなかなか言う機会がなかったのだ。
私たちがしらないことが、この世界にはある。
それを知った今、「知っていて隠している」人に興味が出るのは仕方がないことだと思うのだ。
「……でも、どうやって?」
私の意図をくんでくれたのか、前向きな言葉を発したお兄様に、私はにやりと笑って答えた。
「もちろん。私に任せてください!」




