第48話 王妃の寝室
王妃陛下の寝室の前には常時二人の衛兵がいる。
一言も会話をせずにただ前方の空を見つめてかれこれ十分以上動かない彼らを見ながら、私たちはじっと息を詰めていた。
魔法を使っているから相手にぶち当たったりさえしなければ気取られないのはわかっているんだけど、なんかつい、ね!
「で、エルシーちゃんはもうこの中なのかしら?」
「いえ、多分いないかと。熱反応が二人分、メイドらしいかいがいしい動きをしているのと、ベッドに横たわっている人の分しか感じられません」
「あんたの魔法ってつくづく、私たちでさえ意味不明なのよね」
ティファニー先生が面白いものを見る目で見つめてくるので、私は笑いながら言った。
「もう少し科学が発展したら、エルフもいろんな新しい魔法を思いつくと思いますよ」
「カガクってなによ?」
「あっ! それよりちょうどエルシーが来ました!」
ティファニー先生にウインクしながら親指を立てて合図すると、先生はヤレヤレといったようにまつ毛をまたたかせた。
「じゃあ、いきましょう」
エルシーが衛兵に会釈しながら王妃の寝室へと入っていく。
そして扉を開け放たれた部屋へと、私たちも体を滑り込ませたのだった。
◇◇◇
「あなたのおかげよ。本当にあなたが来ると、気持ちが和らぐわ」
「王妃様……。私もですよ。お薬、また補充しておきますからね」
「ええ、ええ。ありがとう。光魔法使いたちとは比べ物にならないわ。本当に痛みがどこかへ消えていくのよ」
「以前おっしゃっていた、息苦しさはどうですか?」
「それはまあ……だけどとにかく、このおかげで気分がいいの」
王妃の部屋にいるのはメイドも最低限の数で、とても静かだった。
昼間にもかかわらず寝台にいる王妃を見やると、その脇に座って王妃の手を握っているエルシーの姿も目に入る。
……優しくてかいがいしい、ヒロインらしい姿だ。
「あら……王妃殿下ったら、痛みは良くなってると聞いてたのに」
「あまり健康そうに見えない」
「そうですね。彼女の病気がなんなのか、エルフたちはわかっているんですか?」
「さあねえ。誰も実際に診てないし。だけど、顔や体に激痛が走って、一時期は風があたるだけでも痛いほどだったと聞いたわ」
「神経痛のたぐいでしょうか」
レヴィン様やティファニー先生と話しながら、私はじっと王妃を見つめた。
ずっと懸念だった身体の痛みがエルシーのおかげで治ったなら、もっと元気そうでもよさそうだけど。
なのにベッドの中にいるし、さっき息苦しいなんてことも少し口にしていたわね……。
「さきほどエルシーが王妃殿下に薬を渡していましたが、どんな薬なのでしょう? 薬があるってことは、病気の原因もわかってるってことですよね……」
そういって私は、エルシーが王妃と話しているすきに、ベッド脇に近寄って様子を伺った。
「あんた、いくら周りから見えないからって勇敢ねえ」
「赤褐色の液体。ティファニー先生は、何か覚えがありますか?」
「さてね……」
ティファニー先生の返答を聞きながら瓶のフタをあけると、レヴィン様が鼻をすん、と吸って言った。
「アルコール……ワイン。それからハーブ、竜涎香、あとは何かわからない……色々」
「ワインに竜涎香? 薬に…………まさか。ローダナムでしょうか?」
「なによそれ。聞いたことないわ」
ローダナムは、前世では特にヨーロッパで長い間、万能薬として重宝されていた薬だ。
ワインなどの酒にハーブの他、アヘンを配合してつくられた経口薬で、処方箋なしでも手に入り、風邪から頭痛、子供の寝ぐずりや伝染病まであらゆる悩みに効く……と多くの人々に信じられていた時代もあったという。
実際のところ万能薬ではないものの、たしかにアヘンには中枢神経を麻痺させることによってもたらされる鎮痛や鎮静の作用がある。
とはいえ、問題はその依存性と副作用、過剰摂取の際の死亡リスクだ。
「……摂取している間は高揚感がありますが、一方でなくなったときに鬱症状がでたり、痛みを和らげたい一心で過剰摂取し、致死量をこえてしまうと死に至る危険もあります。付き合い方が非常に難しいのです」
「そんな薬、どうやって彼女がつくったのかな?」
「たしかに、どこで手に入れたのでしょう。エルフでも知らないということは、エルシーが自分でつくったとしか考えにくいですが……」
「ねえ、エルシーちゃんは純粋に王妃殿下を痛みから救ってあげるつもりで、薬をつくってあげたのかしら? それとも、シャーリーンちゃんのいうような副作用を分かった上で悪意を持ってあげてるのかしら?」
「わかりませんね……ただいずれにせよ、王妃様のご様子を見るかぎり乱用の懸念があります」
私はしばらく考え込んでから言った。
「一般的に、ローダナム中毒から抜け出すには嘔吐を促したり胃を洗浄したり、あとは静脈……なんですかティファニー先生?」
「シャーリーンちゃんって、本当におもしろいわ。私たちも知らないようなこと、知ってるんだもの」
「……とにかく、まともな知識のある医師を身近において、適切に管理する必要があると思います」
「うーん。そんなことできる医者はいないんじゃない?」
「ええ、ヒトにはね」
私が笑うと、その横でレヴィン様もふっと笑った。
そんな私たちを見たティファニー先生が、大きな腕を振り回して言う。
「あ~、いうと思った! 私たちにやれっていうのね」
「はい、エルフにしか任せられません。あなたがたなら、身体の痛みの根本原因も、みつけて治療できるかもしれませんし」
「シャーリーンちゃんって強引よね。……保証はできないわよ。時間もかかるかも」
「わかっています」
「……でもいいわ、特別よ。私たちは、あなたのことが好きだから」




