第43話 林間学校①
「こんなに本気で山を登るなら、もっといい靴を履いてこればよかったわね」
「おいたわしやシャーリーン様……そこの男子! シャーリーン様をおぶさって差し上げなさいよ!」
「やめろマリベル、死なせたいのか」
「どうして震えてるんです? ヴィンセント様」
私が目を向けると、ヴィンセント様は乾いた笑いを浮かべながら「お前は兄上がどんな人間かわかってない」とつぶやいた。
「……あの、それよりヴィンセント様。先ほどから気になっていたんですが、ひとり楽をしていませんか?」
「まあ、俺は体力がないからな」
私は目を細めてへえ。とそっけなく呟いた。
だからって……輿に乗って移動ってなんなの?
まあ生徒もおかしいけど、それを受け入れているヴィンセント様もたいがい変だわ。
っていうか体力あるでしょ!
この光景を周りの誰も不思議がらないのは、この世界のシナリオライターがおかしいからなのか、ヴィンセント様のカリスマ性ゆえなのか?
「とはいえヴィンセント様以上に体力のなさそうな方たちまでもが支えているのを見るといたたまれませんわ。それに山道ですから危ないですよ」
「うるさいシャーリーン・グリーナワ! 俺たちはヴィンセント様をお支えしたいんだ!」
「ああ、ルイス様もこのようにして山を登られたときいてるぞ! なにもおかしなことはない!」
「ええ……?」
彼らはヴィンセント様の親衛隊だかファンクラブだかのメンバーだそうで、日頃からヴィンセント様のお役にたつために活動をしているらしい。
ちなみにファンクラブはルイスやラッセンさん、ユアンお兄様やジレス様……そしてヒロインにもあって、これが学院の大きな勢力になっている。
「兄上は途中で道草食って、気分良く昼寝してたら探しに来た生徒たちが担いでくれて気づいたら頂上だったらしい」
なんとまあ人騒がせな王太子なんだろうか……。
そのあいだラッセンさんはどうしてたの、と私が聞くと、ヴィンセント様は「一緒に寝たふりして担いでもらったらしい」と答えた。
──────そもそもなぜ私たちが山を登っているのか。
ということだけど、実はサルシム学院にも前世の学校のように遠足や林間学校というのがある。
今回は親睦を深めるためのレクリエーションという位置づけで、一年生みんなで山を登り、山頂のロッジに二泊三日する予定なのだ。
サルシム学院の生徒層は基本的に貴族のご子息ご令嬢ばかりなので、それを鑑みるとこの登山はなかなか酷な試練といえる。
けれど学院長の方針らしく、なんだかんだ毎年全生徒もこうした行事に参加しているらしい。
……まあ、自分より高位の家柄の人間も参加している実績がある以上、下手に不参加できるわけがない、というのが実情のようだ。
「はあ、でもさすがに疲れますね。上についたらもう足がパンパンです! シャーリーン様の美しいふくらはぎが!」
「……でもマリベル。こういう非日常が、ロマンスやおもしろい体験を運んでくるものよ。楽しみじゃない」
ほら、少女マンガによくあるじゃないそういう展開!
にやにやしながら私が言うと、マリベルもそれもそうですねえと言いながらにやけ始めた。
この世界に少女漫画はないけれど、女の子ってきっと、考えることがいつの時代もだいたい同じなのね。
「ロマンスか……。そういえばこの辺りは凶暴なクマがでるって噂だ。運命が見つかってしまうかもな、シャーリーン……あ、うう、寒気が。ただの冗談なのに」
「ヴィンセント様。私を何だとお思いです?」
「シャーリーン様は女神ですわ。クマもその美しさに平伏すこと必至です」
マリベルがさっと懐からマリヴェイユの広告につかった写真の切り抜きを出してきて、私は思わず目をしぱしぱさせた。
「えーっとマリベル? まさかいつも持ち歩いてるのかしら」
「ええ。シャーリーン様のお姿を見るとモチベーションが上がるので!」
「はっ。悪趣味にもほどがあるわね。下がるならわかるけど?」
私の顔というか写真をじーっと嬉々として見つめるマリベルに気恥ずかしさを覚えていると、急に後ろから悪意たっぷりの声が聞こえ、私は振り返った。
「シャーリーン様。いつもいつもヴィンセント様に張り付いて取り入って、必死ですわね。グリーナワ家も落ちたものですわ」
「不吉な身でよくヴィンセント様の近くを歩けること。面の皮が厚いとはこのことかしら」
「……俺は俺自身が歩きたい人と歩いている」
「まあヴィンセント様。さすが陛下同様、慈悲深いお方ですのね」
お神輿上のヴィンセント様にきれいに微笑んだ後、ちらりとこちらを見て勝ち誇ったように笑ったレーナ・サイラスとその取り巻きの生徒たちを見て、私はまたかと嘆息した。
レーナを筆頭としたこの集団は、最近一年生のあいだで幅を利かせているグループだ。
もともとはそこまで目立つグループでもなかったのだが、今まである程度の地位と権力をもっていた令嬢たちが次々と婚約破棄や孤立に追いやられた結果台頭してきたらしい。
私がうんざりしていると、後ろからさらに別の、可憐な声が聞こえた。
「みなさん……そんなふうに言うのはよしてください。シャーリーン様も悪気はないのでしょうから」
でたなエルシー……とは、心の中でだけつぶやくセリフだ。
そう、このグループ、ヒロインであるエルシー・ローグの取り巻きでもあるのよね。
すべての噂の根源にして、拡散元でもあるグループ。
彼女たちによって、どれだけ罪のない令嬢たちが孤立したことか。
「まあ、さすがエルシー様。なんてお優しいのでしょう」
「天からの贈り物だと陛下が評するほどですもの。当然ですわよね」
「しかしシャーリーン様は不吉な魔女なのです」
「まあレーナさん、そんなふうに言ってはシャーリーン様がおかわいそうよ」
「エルシー様は心が美しすぎますわ! 私たち貴族を恐れ慄かせるでは飽き足らず、自己顕示欲で平民まで恐怖に陥れる女ですよ。みてくださいこのマリヴェイユの広告! なんたる厚顔無恥!」
私が黙って聞いていると、ヴィンセント様がため息をはくのが聞こえた。
「はあ。お前たち……」
「あんたたちこそギャアギャアわめいて厚顔無恥よ。はやく歩いてどっかに行って」
「マリベル! この女が帝国の魔女みたいに、悪しきものたちを復活させたらどうなると思っているのよ!」
「魔物や魔獣なんて見たこともないくせに、何を恐れているのよ。シャーリーン様を侮辱しないで!」
「あのね、グリーナワ家の娘だから誰も面と向かって言えないだけよ。みんな思ってるわ、災厄を呼ぶから粛清されてほしい、ってね!」
レーナの吐き捨てたセリフにあたりがしんとなる。
直後、口を開いたのはエルシーだった。
「そんなことを言わないで差し上げて。陛下がおっしゃっていましたわ、シャーリーン様にもしかるべき役割があると」
「……あら。私の話題をしていただいたなんて光栄ですわ」
私が言うと、エルシーはきらきらと輝く笑顔を私に向けて答えた。
「ええ。よく陛下とはお茶をしながら話題にするんですよ。つい先日も、シャーリーン様とルイス殿下との婚約をどう破棄させるか考えていると……あっ! 今のはお忘れください」
「まあ! なんてこと。陛下はルイス王太子殿下とシャーリーン様の婚約をお認めでないのですね!」
「おい、なんでまたそんな……」
「私は以前から思っておりました。エルシー様のほうがお似合いですもの」
「そ、そんな。皆さん、おやめくださいな」
陛下に重用されるほどの予言能力がある、あどけなく愛らしく、そして攻略キャラの強い味方である優しいヒロイン。
ゲームではそんなふうに見えていたけれど、実際に目にするとやっぱり、どうもきな臭い。
以前ヴィンセント様やルイスが言っていたところによると、両陛下は彼女の言うことをいまや、昔からの頼れる部下たちよりも信じるという。
彼女の言葉で意思を左右することもある、いわば洗脳の初期段階。
そんななか、エルシーは以前からどうも私をなぜか嫌っているように思えるし、何かと私からルイスやヴィンセント様をはじめお兄様などとも引き離そうと画策している節がある。
私に不利な噂をあれこれ流されることで大衆はそれを信じ、陛下もそれを信じたとき、私にはその圧倒的な世論にあらがう力があるのだろうか?
私がじっと黙っていると、そんな私をじっと見つめていたエルシーがまた、花のほころぶような笑みを浮かべていった。
「シャーリーン様。どんなつらいことがあっても、私はいつも味方ですよ。気に病まないでくださいね」




