第42話 疑惑③
「いや、ヴィンセント様はちょうど横にいたから勢いで! ルイスはたまたま通り道にいたからですよ」
「いくら兄だからって男女の逢瀬を垣間見るのはマナー違反だと思わないのか?」
「これってどういう鑑賞の仕方をすればいいの? たしなみを教えてよ」
「兄上まで……?」
はあ、とため息をついたヴィンセント様がヤレヤレといったように首を振る。
私はそれを無視して勢いよくルイスに訴えた。
「私が思うにエルシーはお兄様を狙っているんです!」
「……うん?」
「だから狙ってるんですってば!」
「シャーリーンはユアンのことになるとIQ五くらいのアホになるんだ」
「なるほど……」
「ルイス! 違うの! だから……ちょっと待って」
私がシーッ、と人差し指を唇の前でたてると、静けさの中で保健室からの声がはっきりと聞こえだす。
エルシーはベッドに横たわり、横に座らせたユアンお兄様の両手を包み込むように握りながら言葉を交わしていた。
「平民だなんて噂も……先ほどのは、結局デマという形になってよかったですね」
「……どういうことですか?」
「私は預言者ですから。真実を知っているんです」
にこりと笑うエルシーに、ユアンお兄様の表情がこわばった。
「あれは悪質なデマで、僕の両親はグリーナワ現公爵と公爵夫人です」
「どんなに頑張っても、やはり血のつながっていない子供……。家族と距離や壁を感じて辛いこともおありでしたでしょう」
「ですから……」
「家の中でふとした時に感じる孤独みたいなものは、私も経験があるからわかるんです」
「そんな経験は……」
「なによりお母さまのことはおつらかったですよね。女性を恨んだり、信じられないと感じているかもしれません。だけど、私はいつでもあなたの味方だとお伝えしたくて。私、ユアン様の友人に……なってもいいですよね?」
頬を染めて恥ずかしそうに、でも大胆に言う姿も可憐で、まさにヒロインそのものだ。
けれど……
「なぜエルシー・ローグがお兄様の出自を知っているのでしょう?」
「たしかに、ユアンの件は王族とグリーナワ家以外は知らないはずだな」
「口止め料を渡したはずのユアンの実母が、漏らした可能性もある」
「それか、彼女を信頼している父上か母上が口を滑らせたか」
「預言者だから真実を知っていると彼女は今、言っていましたが」
私があごに手を当てて考え込んでいると、ルイスが言った。
「預言か……。そういえばシャーリーン、もし君が僕を裏切るならそれはどんな裏切りだと思う?」
「え? ……ルイスが食事制限をしているときに、裏でこっそりおいしい食べ物を食べるとか?」
「ふふ。じゃあ僕と婚約してるのに他の男に惹かれたり、いい仲になってしまったら、シャーリーンはどうする?」
「……筋は通します。自分の行動で誰かを傷つけたり蔑ろにするのは、いやです」
「じゃあ今度は俺から質問だ。シャーリーン。お前なら俺をどうやって殺す?」
「ヴィンセント様って何やっても死ななさそうなのに何を言ってるんですか? うーん……笑いすぎて腹筋よじれるみたいな、おもしろい死に方はどうですか? 王子様にしては情けなくて最高じゃないかと。渾身の一芸を大放出しますよ」
「「なにが預言だ」」
「え?」
二人の兄弟が顔を見合わせてハハハと笑いあっているのを見て私が首をかしげていると、ルイスが目元をゆるめたままで言った。
「エルシー・ローグは少し前に僕にも接触があってね。近い将来、婚約者があなたを裏切るだろうと。婚約者はヴィンセントともいい仲で、実は僕を二人して裏で笑いものにしているんだとか」
「ちょっとちょっと待ってくださいヴィンセント様と私が良い仲?! いや仲良しですけど良い仲ってどどどどどういう」
「やめろシャーリーン想像させるなゲロゲロゲロ」
「は?」
「いや、ちがう、そうじゃなくて、兄上と対立するなんて考えただけで胃が痛い」
「やだなあ、あはは」
ルイスが相変わらず美しい笑みを浮かべる横で、ヴィンセント様が自らを抱きしめる。
それを見て、じゃあゲームのヴィンセント様シナリオって相当苦痛だったんだろうな……と考えていると、しばらくして息を整えたヴィンセント様が言った。
「あの女だが、俺のところにも接触があった」
「前に私が足を引っかけたあとですか?」
「あれもおかしな言いがかりだったな。ああ、最近複数回にわたってだ。お前がいつか兄上とともに俺を殺すから、二人から距離を置いたほうがいいとな」
またもや出てきた物騒な預言に私は思わず口をあんぐりと開いた。
「私ってそんな悪人顔ですか? いやたしかに悪役ではあるのですが、何のメリットがあって……」
そう言いながら、つい先日ラピス令嬢の一件で知った数々のエルシーの預言について思い返す。
ゲームでは奇跡的な預言の力に目覚めたとかかれていたし、たしかに彼女にそういう特殊スキルがあってもおかしくはない、と今までは思っていた。
けれど、エルシーが今までにやってきた預言って、本当にそんな「スキル」なのだろうか?
まるで、預言者という不確かな肩書を利用して、意図的に噂を作り出したり、人を扇動しているだけのようにも見える。
「そういえば……なんで彼女が両陛下のお気に入りになったのか、その経緯は詳しくご存じですか?」
「ああ。母上が数年前から全身に強い痛みを訴え始めたことはしっているか?」
「ええ、それで療養されてらっしゃって……そういえばお父様が言ってたわ。彼女がそれを治したんですね?」
「ああ。特別な薬とやらでな」
「おかげで父上と母上は彼女に圧倒的信頼をおいている。王都にきてからは奸臣の摘発にも多く貢献しているしね」
「罰を受けた彼らが本当に不正を行ったり、我が国に悪意を持っていたかについては疑問も多いがな」
「どういうことです?」
私が尋ねると、ルイスが言った。
「愛国心の強い、とてもいい臣下たちだったんだ。と、少なくとも僕たちは感じていた。けれど同時に、陛下にとってはうるさく、勢力図を脅かす存在でもあった」
「……だがあの女が彼らの罪とそれによる王権への被害を預言し、陛下は彼らを罰するいい口実を得たんだ」
「そういえばこの間、邪魔な女たちがあの女は天候も読んだって話をしてたよな。だが、お前が青薔薇塾で言ってた通り、天候ってのは預言者じゃなくてもある程度よめるんだろ?」
「ええ、かなり古い時代の為政者には、天候を読むことで民を統治する権力を得ていた者も……。まさか彼女は」
「そう。きっと、ただの人なんだよ。何かカラクリがあるだけの」
珍しく鋭い瞳で、結界の向こうのヒロインを見つめるルイスに私はぞくりとする。
「友人宅から宝石を盗んで婚約破棄になった令嬢の話はしっていますか?」
「あれも白だ。本当に盗んだのは彼女だよ」
「彼女って……エルシー・ローグですか?」
「預言を利用して疑念をまき、関係性が揺らいだ時に決定的な事件を起こす。そして、ターゲットを陥れ、善意をよそおった言葉で関係をどんどん破壊する。戦略家だよ、彼女は」
「そして、孤立した者を陰でこっそりと慈悲深く扱って、まるで自分だけがこの世界での味方かのように思わせるんだ。ほとんど洗脳に近いといっていい」
「さっきのだって、ユアンに言いがかりをつけていた男とエルシー・ローグはグルのはずだ。あそこでもっとあのうわさが広まっていれば、徐々に孤立するユアン・グリーナワを慰めるっていうシナリオにでもするつもりだったかな? 噂がガセ扱いになったせいで、接触をはやめたんだろう」
ルイスとヴィンセント様が淡々と言いながらうなずきあっている様子をみて、私は混乱しながらも頭の中で少しずつ、パズルのピースがはまっていくような感覚を覚えていた。
ヴィンセント様がゲームの中でルイスに「殺されると思って先に殺す」シナリオ。
あれは、エルシーが吹き込んだ考えだった。
あれが、もし、事実ではなかったとしたら?
少しずつ少しずつ、優しい味方のふりをして嘘を吐き続け、仲を意図的にこじれさせたんだとしたら?
ゲームでは、そもそも攻略キャラ同士は家門をかけて戦うので仲が悪く、いつも対立している設定だった。
そしてヴィンセントにとってのルイスは、憧れではあるけれど遠い存在だったし、なによりヴィンセント様は王宮に渦巻く陰謀から耳をふさぐため、幼いころから自分の殻に閉じこもって孤独に生きてきたという設定だった。
こんなふうに二人がお互い気さくに話していれば、お互いに悪意がないことなどすぐにわかることだったのに。
預言をよそおってヴィンセントの中に兄への暗い疑念を植え付けて、腹を割って話す機会さえ与えさせなかったのもまた、ヒロインだったのではないだろうか。
「彼女、何がしたいのでしょうか? いくら両陛下のお気に入りとはいえ、お兄様の出自など他国の女の子が一人で得られる情報とは思えませんし、お兄様を取り込みたい目的も……」
「彼女に接触された者も孤立させられた者も、皆身分も地位も高い家の者だね。ラートッハの権力になにか目的があるのかな」
「ラートッハの社交界でトップに立ちたいんじゃないか? なかなか欲深い女のようだし」
「うーん。そう、なのかし……ギャーーーーー!!」
深刻な雰囲気の中、突然響いた私の叫び声に、ルイスとヴィンセント様がぎょっとして戸惑った様子を見せる。
「どうしたのシャーリーン?」
「あばばばばばば、お兄様が! お兄様をうxvsjぁお」
「なんだこいつは、ユアンは…………あ」
「わあ、なんでユアンがベッドに寝てて、彼女がその上に乗っているんだろうね?」
「あああああ! ハニートラップでお兄様を手籠めにしようって魂胆ならそうはさせないわ! よし、周辺十キロ以内にいる鳩全員集合! なにしてもいいからとにかく集合よ!」
「おいシャーリーン、まさか今の魔法じゃないだろう……あーあ」
「キャアアアアアアアア! な、なんなの?!」
その瞬間、気味が悪いほどおびただしい数のハトが窓の隙間から保健室に突入し、エルシーの叫び声が響き渡った。
あるハトは部屋中を無意味に飛び回り、あるハトは愛の巣になりかけたベッドでせっせと巣作りしている。
またあるハトはひたすら糞をまきちらし、またあるハトは目に入るものすべてをつっつきながら歩きまわっていた。
「だーっはっは、ざまあみなさい」
「おい、いいのか? 彼女もだが、お前の大事なユアンも相当被害をこうむってるぞ」
「あはは、シャーリーンは本当に面白いなあ」




