第37話 属性宣告
学院長のサダト・ヨークシャーは、眩しいはげ頭がトレードマークの太った小男だ。
教室の一番後ろの長机に座って、ぐるりと見渡す。
受講する生徒は二クラス合同で四十人程度らしく、離れた席にはヒロインであるエルシー・ローグとその取り巻きたちの姿も見えた。
……そう、このヒロイン、これがヒロイン力というやつなのかなんなのか、信者といっても過言ではないほど彼女に心酔し、献身的な生徒たちにいつも囲まれて女神のごとく笑っているのだ。
この世界では女子は女子、男子は男子でわりとはっきりした境界線があるのが常だけど、珍しいことにエルシーの仲良しメンバーには男女ともに含まれていた。
そして今まで観察しているかぎり最も興味深いのは、男子にしろ女子にしろ、身分や親の社会的地位が高く、発言力と影響力の強い生徒ばかりが周りにいるということだ。
おかげでエルシーの学院での評判は当然とても高く、そしてなぜかいつも比較対象としてサゲされる私は相変わらず、若干遠巻きに見られている。
にしても学院長、ヒゲが濃いの気になるわ……なんでピンポイントでそこだけ毛が生えるのかしら。
「自己申告制でいいのに。俺は闇属性だとわかっている」
まっさきに教室に来た私は、横の席に女の子が座ってくれるようにカラフルなインクをいくつか机に並べてソワソワしながら待っていた。
……そうそう、この世界はまだボールペンがないのよ。だから羽根ペンを使っているので、インクが必須。
小学校の時、机の上にカラーペンを広げて友達と使いあいっこしてたのを思い出してこれは友達づくりに使えると考えたのだ────ええ、わかりやすくもので釣る作戦よ。
なのに!
女の子は全然近寄って来てくれず、かわりにやってきたのは「お前の近くは人がいなくていいな」という失礼発言のあとに「こんな色を何に使うんだ」とまじまじとインクの瓶たちを眺めながらのたまうヴィンセント様だった。
ちなみにこの時、エルシーとその信者の男子生徒たちがヴィンセント様を自分たちの近くに来るよう誘いに来たのだけれど、ヴィンセント様はそれをにべもなく断り、最初からそこにいただけの私にはなぜか冷たい視線が投げかけられたのだった。
「まあ、ほとんどの生徒は学院に入るまで魔法を使う機会がなく、属性など無自覚ですからね。もちろん、発現の時に想像はついているでしょうけど」
「……なあシャーリーン、今すぐ気絶しろ。お前は検査を受けない方がいいだろう」
「なかなか過激な心配の仕方ですわね……」
「俺が気絶させてやろうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。ありがとうヴィンセント様、心配しないで」
「だが……」
「心を穏やかに。全員、手のひらを水盆にいれなさい」
学院長の発した声に教室が静まり返り、私が大丈夫だから、と親指を立てて笑ったことで、ヴィンセント様も一瞬の逡巡のあとに口を噤んだ。
生徒各々の前にひとつずつ置かれた水の入った銀盆に、私は右手の手のひらをゆっくりと浸ける。
すると、ひやりとすると同時に水面が虹色に揺れ、光の粒が舞いあがった。
「目を瞑って深く息をしなさい。静かな森の中に自分が歩き入る姿を想像して……奥まで行けば湖があることに君は気づくだろう」
幼い子供に言い聞かせるようなサダト先生の優しい声に、だんだんと体が軽くなるような錯覚を覚える。
なんだかふわふわした思考の中で、いつの間にか脳裏には美しい湖と、人けのない鬱蒼とした森の中の情景が形作られていた。
「さあ、湖に足を踏み入れよう。すると君は水の中で何かに足を取られてしまう」
ぽちゃん、と水の音が聞こえ、脳内の私は湖に足を踏み入れた。
ひやりとした水が気持ちいいと感じながら、もう一歩踏み出す。
その途端、何かに掴まれたかのように足を取られ、がくりと膝から崩れ落ち、顔まで水に引き込まれた。
────────まずい! ここから出ないと溺れ死ぬ!
「死にたくない君は必死でもがくだろう。手を伸ばした先にあるものは一体何だろうか?」
「っ…………! げほっ!」
本当に溺れて、水からあがったかのように、大きくむせる声があちこちから聞こえる。
そして隣から、悪趣味な調べ方だなと毒づくヴィンセント様の声が聞こえて、ようやく私はパチリと目を開けた。
「今、それぞれの水盆に浮かび上がったモチーフが属性を表しています。ああ、きれいな炎だ。君は火属性だね、おめでとう」
周りを見渡すと、水面に浮かぶちいさな炎、草花や小麦の穂、そして雪の結晶や氷柱など、さまざまなモチーフがそれぞれの水盆の上には現れていた。
サルシム学院では、生徒を強力な魔法による幻覚で危機状態に陥らせ、本能的に発現する魔力と、予め水盆に込められた魔力を反応させることでモチーフを出現させる。
そのモチーフを指標として学院長のサダトが一人一人に属性を宣告していき、これがサルシム学院での学習を始めるための「属性宣告」という儀式なのだった。
「あらヴィンセント様。水の色、よく染まってますわね」
横を向くとヴィンセント様の盆の水は深い夜色に真っ黒く染まり、その上にゆらゆらと黒い靄のようなものがかかって揺らめいているのが目に入って、私は何気なく声をかけた。
「……真っ黒だ」
「ええ、何者にも染まらず、何もかも染める黒。それより強い色などない、貴い色ですね」
「でも、闇の色だろう」
「はい、だから私は好きですよ。夜闇はどんな者にも優しいもの」
「そうか」
「ええ」
ヴィンセント様がふっと笑ったので、私もほっとしてニコリと笑った。
「君は闇属性だな、ヴィンセント。そしてシャーリーンは……土、か」
ふと顔をあげるとサダト先生が目の前にきていて、いつの間にやら宣告は私たちの番になっていたらしい。
私が「へえ、土か〜!」と無邪気ぶって笑うと、横でヴィンセント様が驚いたようなほっとしたような表情をした。
◇◇◇
「で、どうやって切り抜けたんだ?」
いつも通り、意図せずも色男たちに囲まれたランチタイムは、私の属性宣告の話題で持ちきりだった。
「どんな仕組みと魔法で属性宣告をしているのか、それがわかれば対抗する魔法も自ずとわかります。今回はもとの魔法を完全に打ち消して、土属性と判別されそうなモチーフを後から出現させただけ」
「だけ、って……。すごいね、僕の妹は」
ユアンお兄様が花も綻ぶ笑みを見せたので、私も思わずエヘヘと笑った。
「無事に終わってよかったね。君を信頼してるけど、それでも心配だったから」
「ありがとう、ルイス」
ルイスの言葉に、私はまた微笑む。
そして、「ヴィンセント様もあらためて属性が確定しましたね」と話題をふると、ルイスは慈しむような表情で弟を見ながら言った。
「ヴィンセント、僕たちは二人合わせたら最強だね」
ルイスは火属性だと公言しているが、実は二属性もちで光魔法も使える……というのは、彼の親しいごく一部の人間にだけ知られていることだ。
おそらく光と闇という相反するようで対となるような魔法を兄弟が手に入れたことに対して、ルイスは喜びを伝えているんだろうと考えていると、ヴィンセント様もその意図をわかってか微笑んで言った。
「……そうなるといいけど」
「間違いないよ。嬉しいな、二人ともおめでとう」
「ヴィンセント、お前は知らないかもしれないけど、ルイスってすげえ弟バカだぜ。こないだも……」
ルイスはこの国の第一王子で、ヴィンセント様は第二王子だ。
微笑ましい二人の姿を見ながら妙な違和感を覚えた私は、少し考え込んでふと気づいた。
──────そういえば、ヴィンセント様ルートのシナリオの中に、「ヒロインによって第一王子である兄がヴィンセントを貶めようとしていた事実が明らかになり、傷ついたヴィンセントがヒロインに力づけられて兄を殺す」っていうエンディングがなかったかしら?
そして、兄だけでなく他の王位継承者まで皆殺しにしたあとで王位を得たヴィンセント様は、ヒロインと結婚して二人で国を統べようとする、と……。
今はこんなに微笑ましい二人の関係性が、壊れていつか互いを傷つけ合うだなんて考えられないし、考えたくもないけど。
それにしてもゲームの中でのルイスは、ヴィンセント様シナリオの中で「敵対する第一王子」という文字でしか出てこなかったから違和感なかったけれど、実際にルイスの人柄を知ってみればどうにもあのシナリオは不可解だ。
これから、何か悲しいことが起こるきっかけでもあるのかしら……?
「どうしたの? シャーリーン」
はっと飛んでいた意識を向けると、ルイスの綺麗なアメジストが目の前に映り込んだ。
「い、いえ。妄想に耽ってしまっていましたわ、おほほ」
私が慌てて言うと、ルイスがふうん、とおもしろそうに笑った。




