第36話 私立サルシム学院
私立サルシム学院は、その伝統と実績にふさわしい荘厳な外観をしている。
まるで稀代の芸術家がつくりましたとでもいうような緻密なデザインと、海外の大聖堂みたいな建築。
花が咲き誇り噴水がキラキラ輝く立派な中庭の向こうに正面玄関があり、複雑な絵が描かれたステンドグラスは太陽光を幻想的に取り込んで美しい。
そしてこの学院、外観もさることながら、中も非常に充実している。
音楽室はコンサートホールだし、体育館はドームだし、食堂は高級ラウンジだし……という感じにとにかくすべてが豪華で、前世の学生時代では考えられないような施設や設備なんかも沢山ある。
ちなみにサルシム学院では、学院内での食事、飲み物、設備の利用やアクティビティなどの料金は学費にオールインクルーシブ。
つまり、なんでも食べ放題飲み放題、言い換えれば、やらなきゃ損、食べなきゃ損というわけなのだ。
だからといって熱心にコスパを考えるのなんて私くらいかもしれないけれど、入学後の私のもっぱらの楽しみは食堂でのランチを選ぶことだった。
食堂なんていいながらメニューは高級レストランのそれで、私は値段が高そうなやつから選ぶようにしている。
だって食べ放題なんだし!
……もちろん、そんなそぶりは見せないように気をつけてるわよ。
学院内のなにもかもが高級で豪華なのは、この学院にきている人間の層によるものらしい。
というのも、サルシム学院はラートッハ王国の王族を含む貴族子女が集まる学校で、いわゆる小さな社交場なのだ。
そんなお金持ち家庭の親たちは、在校生である我が子への便宜を図ってもらうため、熱心に学院に寄付をする。
サルシム学院の裏には森や湖もあるんだけど、それも寄付らしい。
卒業生一同から一本の桜の木を寄付、でさえ立派なことだと思っていたのに、桁が違うよね……。
「きゃ、ジレス様よ! 今日も麗しくあらせられますわ」
「はぁ……朝露より儚く美しいユアン様の横顔たるや……」
「ヴィンセント様、今日もアンニュイな表情でどこか遠くを見つめてらっしゃいますのね」
穏やかな思想タイムをさえぎる、あちこちでコソコソと囁かれる鳥のさえずりのような声に、私はぼんやりと目をやった。
晴れてこの学院に入学してわかったこと。
それは、ティファニー先生の魔法勉強会で一緒だったジレス様とヴィンセント様、そしてユアンお兄様がとんでもなく大人気で、学院中の人から支持されているということだ。
彼らのいく先々に花道ができ、男も女も羨望と憧憬のまなざしで彼らをみつめ、叫び、とり入る。
まったく、どこのアイドルよ! とつっこみたくなったけど、そういえば皆ゲームの攻略キャラだったんだものね。
そんな中、私は食堂のすみっこで一人、牛ホホ肉のシチューをつつきながら、ぼーっと華やかな光景を見つめていた。
学院に入学してからはや一週間が経ったけれど、そんな私には絶賛、由々しき問題があった──────そう、いまだにぼっちなのだ。
通常、いわゆる血筋のいい家系では女児が間引かれるせいで、そもそも女子生徒は男子生徒より圧倒的に少ない。
多くないからこそ、皆すでにお茶会やパーティーなどで面識や交流がある状態で入学してくるので、学院に来る時点ではいわゆるグループがすでに出来上がってしまっていたからというのが理由の一つ。
そしてもう一つの理由は、当然ながら私が有力公爵家の間引かれ損ないという悪しき存在であり、同時に恐れの対象だからだ。
そんなわけで、微笑みかけても苦笑いしながら目をそらさずに後退していかれるのが現状だった。
「はあ……女の子同士ってどんな感じでおしゃべりしてるのかしら? もう忘れちゃったわ」
悲しみながらシチューをすすっていると目の前に大きな影ができたので、私はゆっくりと顔をあげた。
「……ごきげんよう」
「やあ。平常運転でひとりぼっちだね、シャーリーン」
「お前は毎日よく食べるな。大盛りを頼んでる女生徒をシャーリーン以外に見たことがないが」
「シャーリーン、僕たちと一緒に食べよう」
話題の三人が次々に隣や前に着席し、私は嬉しい反面表情をかたくした。
……だって、周りの視線やコソコソ話がちょっと気になっちゃうんだもの。
「いいんですか? 私と一緒に食べて」
「なんでダメなんだ? いいからお前はこれも食え。ケーキを二つもらってきた」
「はあ……ヴィンセント様、優しいですね。沁みますわ」
たしかに友達のできない学校生活のなかの癒しの一つは、一学年上に気心知れたお兄様やジレス様がいたり、ヴィンセント様という頼れる(?)同級生がいることだった。
とはいえ、いつも気を遣わせてしまっているから申し訳なくもあるんだけど……。
自分自身の立場に苦笑しながらもありがとう、と三人への感謝を述べる。
そのとき、急に周りが今まで以上にザワザワしはじめ、部屋の温度までぎゅん、と数℃上がったのを感じて、私は「今度はそっちか……」と呟いた。
「それなら僕はどうしたら、ヴィンセントより喜んでもらえるかな? ケーキなら何個でも持ってくるしシャーリーンが寂しい時はいつでもそばにいるよ」
「こいつはマジでやるぜ。ルイスのやつ、常識があるようでないやつだからな」
「お前に言われたくないよ」
落ち着いた食事時間は束の間、立て続けにやってきてそばに座ったルイスとラッセンさんは、共に長い旅をした戦友とでもいうべき存在だ。
嬉しいことに彼らも二年上の先輩としてこの学院に在籍しており、こうしてなんだかんだと話す機会も多い。
──────まあ学外でも、青薔薇塾で定期的に会ってるんだけどね。
私が彼らと会話する様子をみて、ギリリと歯噛みする生徒たちの歯軋り音が後ろで聞こえた。
そ、そうよね。わかってるわよ私に場違い感あることは!
なにせゲームの攻略キャラ三人に加えて、男女問わず多くの生徒のすさまじい熱視線と興奮によって部屋の温度さえあげるルイスとラッセンさんを侍らせている穢れた悪女、それが私の評価だ。
ルイスと私が対外的に婚約者ということになっていることもあって表立った悪口は少ないものの、影では散々な言われよう。
「金と権力と穢れた闇の力で色男たちを脅し手篭めにする、現代の悪しき魔女!」という見出しで学院新聞の表紙をすでに賑わせたことを思い出した私は、思わずハハ……と乾いた笑みを浮かべた。
「はあ。女友達もほしいなあ……」
「それなあ。なんでシャーリーンは友達できないんだよ? 同じようにちょっと近寄りがたいはずのあの子は常に友達に囲まれてるってのにさ」
ラッセンさんが顎をクイっとして指した方向をみて、私はまたもため息をついた。
──────エルシー・ローグはさすが、ヒロインってところよね。
ゲームのヒロインだったエルシー・ローグは、数ヶ月前、突然ラートッハ王国社交界の中心へと躍り出た。
グアラ王国からの紹介でラートッハにやってきた美少女が、不思議な預言の力で陛下と皇后陛下の悩みを次々と解決し、両陛下のお気に入りとなって大事に大事に可愛がられている……。
そんな噂が流れた時は、誰もが魔力もない異国の女が何をバカなと笑い飛ばし、卑しい女だと陰口を叩いていたものだ。
けれど陛下から下賜したというとんでもなくゴージャスなファッションで身を包んで社交界に現れたエルシーを見たら、そんな噂話もぴたりとやんだ。
私は大陸中を旅したけれど、それでも見たことがないような彼女の顔立ちや肌の色とあいまって、その姿はとてもエキゾチックで色っぽく魅力的だったのだ。
最初の頃は、さすがにそんな少女の言うことで国が左右されてはならないという声も多く、エルシーを排除する動きもあったらしい。
けれどそんな人たちは次々に、実は裏で悪いことをしていた事実がエルシーによって明らかになり、表舞台から消えていった。
それだけではなく、彼女は、話すと相手の心が読めるかのように、色々なことを当ててきたりもするらしい。
らしい……というのも、今のところ私はできるだけヒロインであるエルシーを避けていて、あまり関わったことがないから実際のところはよく知らないのだ。
もちろんいじめたりするつもりはないけれど、本来私たちはゲームのヒロインと悪役令嬢という関係性なわけで、これがどう影響するかわからないしね……。
とはいえエルシーから私への接触が全くなかったかというとそうではなかった。
だって、なんといっても彼女はヒロイン。
そしてヒロインの使命は、攻略キャラたちと恋におちることだ。
その障壁のひとつが私という悪役令嬢なのだけど、それはある意味今の時点でもゲーム通りといえた────だって、攻略キャラであるユアンお兄様もジレス様もヴィンセント様も、みんないつも私と一緒にいてくれちゃってるから……!
そんなヒロインと初めて会ったのは、同級生のヴィンセント様と一緒に移動教室で廊下を歩いている最中のことだった。
「きゃあっ!」
誰かとすれ違ったと思った途端、うしろでどさっと倒れる音がして、私はヴィンセント様と一緒にその音の出所へと振り向いた。
「ご、ごめんなさい」
「? 大丈」
「シャ、シャーリーン様っ、申し訳ございません! 私が……目障りですよ、ね……っ?」
「何? とりあえず立ったらどう?」
「ですが私が邪魔だからって、足をかけて押し倒すだなんて……っ」
キラキラと瞳を涙で輝かせながら蹲る美少女を見て野次馬が集まってくる様子を眺めながら、私はフム、と顎に手を当てた。
──────あ、このゲームのヒロインって、実はあざといタイプだったのね!
「はっ……! ヴィ、ヴィンセント第二王子殿下がご一緒だったんですね……御前でお見苦しいところをすみません……っ! ですが私……っ」
そう言って涙をぬぐうエルシーは可憐で、本当に私に足を引っ掛けられたかのように弱々しく見える。
そういえばゲームでのヴィンセント様とヒロインの出会いは、シャーリーンにいじめられているヒロインを助けるところからだったかも、と思い立った私は、仁王立ちしたまま黙ってエルシーの次の出方を伺った。
「……やっぱりシャーリーン様はあの子が気に入らないのでしょうね。ルイス殿下の婚約者をエルシー様に差し替えようって動きがあるらしいわよ」
「私も聞いたわ、必ずヴィンセント様かルイス様の婚約者にと……。エルシー様は陛下に気に入られてらっしゃるし、とても魅力的な方ですものね」
「穢れた魔女がルイス様の婚約者だなんてそもそも……」
周りの野次馬たちのコソコソ話が聞こえてきて、私は思わずヴィンセント様に向かって声を上げた。
「えっ! ルイスかヴィンセント様がこの子の婚約者に?! 本当ですか?」
「ん? この子?」
「ええ、新入女生徒代表挨拶をやっていたでしょう。エルシー・ローグさん」
「ああ……君がそうなのか。陛下が勝手に言っているだけだ。絶対に、ぜっっっったいに兄上にその話をするなよ」
いつにない迫力で言ってきたヴィンセント様に押されて、私はとりあえずええ、と頷いた。
「ところで君は早く立ったらどうだ?」
「え……? あ、いえ、でも足が痛くて……」
「ああ、そうか」
そう言ってヴィンセント様がエルシーに手を差し出したのを見て、私はハッと思い出した。
……そうよ! そうそう、このスチル見たわ!
「うふふふ、ヴィンセント様はもうかわいいヒロインに一目惚れしちゃったのかしら?」
「おいシャーリーン、変な顔してないで行くぞ。教師からも最初の印象が肝心だ。遅刻せず着席しよう」
「え? あ、でもこのあとエルシーさんと医務室に行って色々話してるうちに心のつっかえが取れていき段々気になって最終的にイチャコラという流れは……?」
「はあ? 彼女じゃなくお前がこけて頭を打ったんじゃないのか?」
「ま、待ってくださいっ! ヴィンセント様にお礼を、させてください」
「いや、不要だ。それより、勘違いがあるようだが」
普段割とクールな表情のヴィンセント様が突然うっすらと笑みを浮かべてヒロインの耳元で何やら囁いたので、周りの生徒たちからキャーッと黄色い悲鳴が上がった。
「茶番はシャーリーンという人間をよく観察してからにするんだな。次彼女を巻き込んだら僕も黙っていない」
何やら囁き終わったヴィンセント様が、色気ある表情でじゃあまた、と微笑んだのを見て、またも周りから歓声があがる。
……うん、たしかに今のヴィンセント様は本物の攻略キャラだったわ!
「行くぞシャーリーン」
「え……ええ」
先に歩き始めたヴィンセント様についていきながら、エルシーさんになんて言ったのと尋ねると、ヴィンセント様は「シャーリーンみたいな大根足に引っかかってよく無事でいられたな、と伝えた」と言った。
ふと振り向くと、エルシーは周りの野次馬生徒たちから手を伸ばされて立ち上がっているところだった。
そして……まさしく強い敵意のこもった瞳で、私を見返していたのだった。
────というわけだから、何もしていないはずなのに私はヒロインに嫌われているし、そこはゲームのシナリオの強制力みたいなものなんだろうか。
それでも想定外だったのはヒロインの性格だ。
「神がかった預言の力を授かった奇跡の少女」という素敵な設定に反して、どうにも腹黒さが見え隠れする少女だと私は思っていたのだった。




