神様のお仕事
「さて、じゃあ僕はこれで、」
「ちょ、お待ちください!何も説明されてないです!」
ヒラヒラと手を振って出て行こうとするゼウス様をプシュケーさんが慌てて止めた。
するとゼウス様は少年のように頬をふくらませて、仕方ないなあとぼやいた。
「新入りの仕事は人の心を司ること。神に仇なしたり、著しく下界の秩序を乱すような思想の人間には神の力を使ってなんとかして。」
「か、神の力とは…」
「説明しなくても分かるでしょ。君が思っている通りの力だよ。」
(全く分からない………。物理的に消す…とかではないよね?)
隣に立つプシュケーさんに目で助けを求めると、ため息をつきながらも補足してくれた。
「…簡単に言うと、0から1を生み出すことよ。他者の笑顔が生きがいの聖人を己の快楽のために殺戮を繰り返す悪人に"変える"ことが出来る。その逆も然り。」
「え…」
「丸ごと全て変えなくても、ほんの少しの欲望を芽生えさせるだけで人の心はすぐ変わる。長年苦楽を共にし連れ添った家族ですら簡単に見捨てられるくらい、この世の何よりも脆いの。」
「なるほど、例えが分かりやすいね。君も元人間なだけある。」
プシュケーさんの例え話とはいえ、かなり衝撃的なことを言われ狼狽える。しかしここで動揺してまたゼウス様を苛立たせると良くないと思い、言葉を呑み込んだ。
「…人は1を10に増やすことは出来ても、0から何かを生み出すことは出来ない。それが可能なのは神々のみ、ということでしょうか。」
「そうそう。元人間にしては思ったより理解早いね〜!」
先程から元人間"にしては"という言葉が多い。
だが、不思議とその発言に怒りを覚えることは無かった。彼は正真正銘、雲の上の存在。その神々の頂点。ゼウス様にとって人は壊れやすい玩具でしかないのだ。
(でも、私は、そんなふうに思いたくない。心まで神になったつもりにはならない。)
「…いいね、面白い。特別に僕が君の名前をつけてあげよう。」
「……ありがとうございます。」
さっそく思考を読まれてしまったが、この思いだけはいついかなる時も変えるつもりはない。
いつまで純粋でいられるかしら、というプシュケーさんの言葉の意味が今やっと分かった。
「君の名前は…リデル。心を知り、心を司る、新たな女神だ。」
「リデル…」
「人間に最も近い神として、私をなるべく長く楽しませてくれ。」
こうして私は、心の女神リデルとして神々の仲間入りをしたのだった。