主神
「ゼウス様、プシュケーでございます。新入りをお連れ致しました。」
私たち以外は誰もおらず気配すら感じられない神殿のような長く美しい廊下を歩いて辿り着いたのは、ひときわ立派な白い扉。
「…ゼウス様?」
プシュケーさんが呼びかけているにも関わらず、扉の向こうから返事がない。
「ゼウス様?新入りをお連れしましたよー!」
「……もしかしてお休みになってらっしゃいますか?」
「そんなはずないわ。ちゃんとアポ取ってあるもの。私生活はあれだけど仕事は真面目な方よ。叩いたら気がつくかしら。」
その時、扉の向こうから小さな小さな物音がした。ハッとしてプシュケーさんを見るが、彼女は気が付いていないようで。
(もしかして…居留守を使ってる?)
「ゼウス様!」
「待って!待ってください!」
プシュケーさんが扉をグーで叩こうとしたので、私は慌てて止めた。
「なに!」
「恐らくこの場合、強引に呼び出すのは逆効果です。」
「えっ、まさか居留守?!ちょっといい加減に、」
「待って!お願いします、ここは私に。」
出て来いと扉の前で騒ぐと尚更閉じこもってしまう人をたくさん見てきた。かと言って、出てくるまで扉の前に座り込むと恐怖を感じてしまう。その結果、逃げ場がないと感じ、危ないところまでいった人が少なからずいた。
ゼウス様という方がどのような理由で居留守を使っているのかは不明だが、ここは私の力量が試されていると思う。
私は服の裾を摘んで、ゆっくりと頭を下げた。
「…お休みのところ大変失礼いたします。ゼウス様にご挨拶申し上げます。私はプシュケー様のご紹介でこちらに馳せ参じました新入りでございます。」
「…」
「このような形でのご挨拶になりましたこと、お詫び申し上げます。また後ほどお伺いさせて頂きます。失礼いたします。」
非対面となった無礼を詫びる。だけど謝るのは一度だけ。私などにお時間を使わせてしまい〜といった下に出過ぎた態度は、媚びが出てしまい相手に不快感を与えることが多い。
決して急かさず、簡潔に。それでいてゼウス様は地位の高い方だと思うから、私の中の丁寧語と尊敬語の知識を総動員し言葉を述べた。
「…プシュケーさん、出直しましょう。」
「あなた…」
物語に登場するお姫様のようなカーテシーとは程遠く拙いし、そもそもゼウス様に対する挨拶として間違っていないのかも全く分からないけれど、私なりに最大限の礼儀は尽くした。
少し驚いているプシュケーさんと共に扉に背を向けたその時だった。
「なかなかやるね。新入り、入りなさい。」
頭に直接響くような、よく通る声と共に扉が大きな音を立てて開いた。その瞬間、胸を強く掴まれるような息苦しさと圧に襲われる。
(く、くるしい…!!やっぱり、さっきの間違って、た…?!)
「っはぁ、は、ぁ…!」
「ちょ、ゼウス様!」
「あはは!これで君の疑いは晴れた?」
その言葉と同時に息苦しさがスッと消えた。
恐る恐る顔を上げると、白髪に金色の瞳の男が私を見下ろしている。
(美しいけど、恐ろしい……!!人間ではない…!)
私の疑心暗鬼な心を見抜き、そしてあえて居留守を使ったのは私を試すためだったのだと、今理解した。
「っ、大変ご無礼を、いたしました…。」
「まあ、さっきの機転は面白かったし今回は許す。でも次は無いから。主神である僕を疑う行為は危険因子とみなす。いいね?」
「肝に銘じます。」