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桜吹雪のシュプール  作者: 七咲ひろむ
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7

「それでね、他にもいろんな話を教えてもらったんだ。私、中でもかぐや姫の話が好きだなぁ」


雪音は楽しそうに、遥美から聞いたおとぎ話のことを説明してくれた。


「遥美ちゃん、すごく物知りだよね。本もたくさん持ってるし」


「うん、遥美は文学部だからね。それに、小さい頃から図書室が大好きだったし」


「へぇー」


ちなみにかぐや姫の話くらい僕だって知ってる、と思ったが、敢えて主張はしなかった。


「それにしても、雪音、いつもソレだよね」


僕は、雪音の飲んでいるホットショコラを見て言った。


「うん。だって、甘くて美味しいんだもん」


「……何だかなぁ」


「何?」


「ホットショコラが好きな雪女、って、やっぱり何かしっくり来ないんだよな」


「だから、それは人間が持ってる偏見でしょ? 雪女の話も遥美ちゃんから教えてもらったけど、全然私の生活と違うし」


雪音は、頬杖をついて窓の外を眺めながら言った。


雪音と出逢ってから、もう一ヶ月以上の時間が経っていた。


僕と雪音が、こうして二人で街を出歩くのも、ずいぶん自然なことに思えるようになってきた。


今までの人生で、こうして女の子と二人、カフェで話をするなんて経験したことも無かったのに。


デート。


そんな言葉が頭をよぎって、何だか少し、照れくさかった。


「あ、そうだ。ショコラで思い出した」


「ん?」


雪音は、バッグから何かを取り出した。


「はい、コレ」


「何?」


僕は、雪音からキレイにラッピングされた箱を手渡された。


「チョコレート?」


「うん。今日って、バレンタインって言うんでしょ?」


「バレンタイン……え!?」


雪音が!?


僕に!?


チョコレート!?


「そ、それって、つまり……!」


僕は、しどろもどろになりながら手渡されたチョコレートと雪音の顔を見比べた。


「いや、あの、何て言うか、すごく嬉しいって言うか、あまりこんな経験無いもんだから、何てお答えしたら良いのか……」


「何かね、遥美ちゃんが、『これを七海にプレゼントしたらきっと喜ぶよ』って」


「……遥美が?」


「うん。それにね、『14日になるまで渡しちゃダメだ』って。毎日のように会ってるのに、何でだろう。うっかり今日持ってくるの忘れちゃうところだったよ」


「それはつまり、バレンタインの趣旨を理解していないわけで」


「バレンタインって、何の日なの?」


「……一年で一番チョコが売れる日だよ」


なんだか、拍子抜けした。


「何? 変なの」


首をかしげる雪音を連れてカフェを出て、僕たちは近くの公園に行った。


「うーん、街中も楽しいけど、やっぱりこういう場所もいいよね!」


気持ち良さそうに深呼吸する雪音に、僕は思わず見とれてしまう。


「ん? 何?」


「いや、別に、何でも無いよ」


僕は慌てて目を反らした。


「……ねぇ、七海」


「ん?」


「私、ここに来て良かった」


「ここって、人間の世界、ってこと?」


「うん。ずっと雪山で暮らしてたら、絶対に知らずにいたことを、たくさん知ることができたから。それに……」


「それに?」


「……ううん。ありがと、七海」


「な、何だよ急に」


「へへへ」


微笑む雪音の顔を見ながら、僕は今、はっきりと分かった。


きっと、ホントはもっと前から気付いていたんだと思う。


けれどずっと、自分に自信が持てずに生きてきた。


だから、こんな気持ちになっても、どこかでその気持ちを押し殺すことを覚えていた。


美香のときも、僕は美香を追いかけているつもりで、ホントはずっと、自分の気持ちから逃げ続けていたのかもしれない。


「……雪音」


僕は、前を歩く雪音を呼び止める。


「何?」


雪音は立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、僕の目を見つめた。


「僕は……」


思わず目を反らしそうになってしまうのを何とか堪えて、今度はしっかりと雪音を見つめ返す。


「僕は、君が好きだ」


生まれて初めてだった。


自分の口にした言葉で、僕はずっと抱え込んでいた何かを解き放ったのを感じると、すぐにまた別の何かで胸がいっぱいになるのが分かった。


「七海……」


一瞬、雪音は驚いた顔を見せたが、すぐにまた元の笑顔に戻った。


「……ありがと」


静かに微笑む雪音は、そっと僕の腕の中に飛び込んできた。


戸惑いながら雪音を受け止めた僕は、安らぎとか生きがいとか、この世界にあるわけないと思っていたものが、初めて自分の胸の中に生まれてくるのを感じた。


「雪音」


冷たい風が吹き抜けてゆく。


その風が僕らの体を包むほど、僕は自分の胸の中にいる雪音の暖かさに満たされていた。

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