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桜吹雪のシュプール  作者: 七咲ひろむ
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6

雪音と出逢ってから、僕の生活は変わった。


毎日が、まるで太陽に照らされたゲレンデのように輝いて、目にするもの全てが眩しく見えた。


最初こそ雪音に人間の世界を案内するという名目でいろいろな場所へ行ったけれど、よく考えてみたら、これまで狭い世界を生きてきた僕にとっても、初めて経験するものも多かった。


遥美とはすっかり仲良くなったらしく、いつの間にか雪音のために合い鍵まで作ってくれたらしい。


正直、素性の知れない雪音をそこまで簡単に信じ切ってしまう遥美の危機感の無さを不安にも感じたが、雪音の宿を面倒見の良い遥美にお願いしたのは正解だったようだ。


というより、他に頼める当ても無かったのだけど。



大晦日には、僕も遥美の家に行き三人で年を越し、元旦にはいっしょに初詣にも行った。


「んー……? ねぇ、七海」


「何?」


「これ、何て読むの?」


雪音がもどかしそうに、開いたおみくじを僕に見せる。


「どれどれ……。うわっ、雪音、大吉かよ」


「何それ? 当たりなの?」


「当たりっていうか何て言うか……。何かいいことあるってさ」


「ホントに? わーい! 遥美ちゃん、見てみて! 大吉だってー!」


小躍りしながら、隣の遥美におみくじを見せつける。


「へー、すごいね雪音ちゃん」


「遥美ちゃんは?」


「私は中吉。まぁまぁかな。雪音ちゃんほどじゃないけどね」


「何だ、また凶だよ」


去年とほぼ同じ内容の書かれたおみくじに、僕は思わず肩を落とした。


ある意味、すごいくじ運だと思う。


「キョウ? 大吉とどっちがいいの?」


「……勝負にもならないよ」


「あはは、七海くん、凶が出ちゃったの?」


僕の手元を覗き込んで、遥美がおかしそうに笑った。


人の不幸を笑う、とはまさにこのことだ。


「まったく……。何だよ、『待ち人、遅し』って。いいよ別に、誰も待ってやしないから。せいぜい雪音が待ち合わせに遅刻するくらいだろ」


「えー、何それ。人に八つ当たりしてー」


「うるさいな。雪音、これからはもし遅れてきたら置いてくからな」


「もう、私遅刻なんてしたことないのに。いいもん、私は大吉だから」


風に緩んだマフラーを巻き直し、「大吉、大吉」と嬉しそうに口ずさみながらスキップする雪音。


そんな様子に、新年早々散々なおみくじに冷え切った僕の運命も、少しだけ温められた気がした。



やがて年が明け、学校の冬休みも終わり、僕は久しぶりの授業へ向かった。


そう言えば、今日は美香と同じ授業の日だった。


あの日、美香と明日美の会話を聞いて以来、美香とは会っていない。


今までは、この授業に出るのが楽しみで仕方なかったのに、今日は、とてもそんな気分にはなれなかった。


教室のドアを開け、適当な席に着いた。


できるだけ授業中に教授から目立たない席を選ぶのは、入学したときから変わらない僕の癖だ。


教科書とノートを開き、準備を整える。


「……しまった」


すっかり忘れていた。


前回の授業に来たときには、あんなことがあったせいで、結局そのまま教室を飛び出してしまったきりだった。


授業は欠席してしまったから、当然、ノートなんてとっていない。


「まいったな……」


「七海くん」


途方に暮れて天井を見上げていると、後ろから名前を呼ばれた。


「美香」


今でも声を聞いただけでそれが美香だと分かってしまう自分が悔しくて、僕は振り向いて初めて気付いたフリをした。


「あの、ノート、良かったら……。ほら、こないだ授業出られなかったでしょ?」


そう言うと、美香は僕に前回の授業のページを開いたノートを差し出してくれた。


戸惑いながらそのノートを受け取り、開かれたページを眺める。


女の子らしく整理されたノートだった。


「……丁寧な字、書くんだね」


「え?」


「美香の字、キレイだな、って思って」


「あ、うん。丁寧に書いた方が、後で見直した時も気持ちいいでしょ?」


「……そう」


写し終えたノートを、僕は美香に手渡した。


「……ありがと」


「う、うん。あのさ」


美香は、言いづらそうに切り出した。


「こないだは、ごめんね。あんなこと言って……」


「……どうして謝るんだよ」


「だって……。七海くんを、すごく傷付けたと思って」


「あんなことを言ったことを謝ってるの? それなら別に良いよ。美香の言うように、僕が冴えない男なのは事実だろうし。それに、馬鹿にされるのは慣れてるから」


「そんな」


「美香の言うとおりだよ。僕はただ、自分で望んで美香たちについて行ってたんだ。誰に命令されたわけでもない」


僕は、何を言っているんだろう。


あんなに好きだった美香が、僕の目の前で、こんなにも悲しそうな顔をしているのに。


「怒ってる、よね……」


怒ってるわけないじゃないか。


信じていたものが嘘だと分かったときに抱く感情は、怒りじゃなくて悲しみなんだ。


しばらく、気まずい沈黙が続いた。


「そういえば」


沈黙を破ったのは、美香のほうだった。


「こないだいっしょにいた女の子、見たこと無い子だったけど……うちの学生?」


雪音のことだろう。


「いや、違うよ。何て言うか……友達」


「あの、変なこと聞くみたいだけど」


「何?」


「七海くんの友達って、その……空を飛んだり……」


「え! いや、それはその」


すっかり忘れていた。


雪音が僕を連れて飛び回る姿を、美香にも見られていたんだった。


「それから、七海くんも」


「いや、何て言うか、雪音は……そう! マジシャンなんだよ!」


「マジシャン?」


「そうそう! 時々ああやってみんなの前でマジックを見せては、驚かせて楽しんでるんだ。いやあ、美香までビックリさせちゃったね、あは、あはは……」


必死でごまかしたが、よく考えたらどうして僕が雪音の素性を隠さなきゃいけないのかよく分からない。


ただ、何となく知られてはいけない気がした。


美香は不思議な顔をしつつも、それ以上は追求しなかった。


「……とにかく、もういいから」


「ホントに、ごめんなさい……」


「もう、いいから……」


お願いだから、もう謝らないでくれ。


美香が謝るほど、自分が惨めで仕方なくなる。


こうして優しく傷付いている美香と、あのとき笑顔で僕を傷付けた美香と、どっちがホントの美香なのか。


疑っている自分が、すごく嫌な人間に思えてくる。


いっそ、もう美香を大嫌いと言い切れるくらい、もっと思い切り傷付けてくれたらいいのに。


歯がゆさと情けなさで胸がいっぱいになりながら、僕は大好きだった美香の顔を見ないように、目を反らすしかなかった。

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