4
スキーから帰った僕は、翌日は午前中の授業を休み、自宅で昼過ぎまで寝ていた。
ベッドに潜り込みながら、あの雪山での出来事を思い出す。
あの日、滑り損ねた僕はたしかにコースを外れて転落し、意識を失った。
しかし、その後の出来事。
どこかの山小屋で、雪音と名乗った女の子と出逢ったことは、幻覚だったのだろうか。
だが、幻というにはあまりに鮮明な記憶だった。
それに……。
「そうだ!」
あの足の怪我。
立ち上がれない程に痛んでいたはずの足の痛みが、ロッジで目覚めたときにはすっかり消えていた。
あれは、あの雪音という子の不思議な力によるものだったんじゃないのだろうか。
いや、だとすると、今度は別の疑問が生まれる。
彼女は、一体何者なのだろうか。
まさか、本当に……。
「うーん……。何が何だか分からなくなってきた……」
「無理も無いわよね。雪女なんて会ったの初めてでしょ?」
「うん、まぁ。いきなり雪女です、なんて言われてもさ……」
「まぁ、私も実際に人間に会ったのも久しぶりだったけどね」
「へぇ、そうなんだ……ってオイ!」
布団をはね除けると、コタツに一人の女の子が座っていた。
「き、君は……っ!」
そこにいたのは、雪山で出逢った、あの雪音という女の子だった。
「なっ、何してるんだよ!」
「あ、ごめん。寝てたみたいだから勝手に上がらせてもらっちゃった。鍵、開いてたし」
「開いてたし、って。しかも何のん気にお茶なんか飲みながらミカンまで……」
「これ、美味しいね。こんなの飲んだの初めて」
「っていうか雪女がそんな熱いお茶飲んで平気なのかよっ!」
「私、寒いの苦手なの。特に手とかすぐ冷えちゃって」
「なっ……。冷え性の雪女なんて聞いたことないぞ!」
「そんなこと言われても。雪女が熱いものが苦手、なんて人間が勝手に想像してるだけでしょ?」
何て突っ込みどころの多い雪女なんだ。
「頭痛くなってきた……。ああっ! もうこんな時間! 学校に行かないと!」
「あ、私も行きたい!」
「は?」
「だって人間がどんな生活してるか見てみたいんだもん。本の中でしか読んだこと無いし」
何を言ってるんだ?
人間の生活?
「とにかく、このままここにいられても困るから……」
「じゃあ決まり!」
訳も分からないまま、僕は雪音を連れて学校へと向かった。
この時、僕はまだ知らなかった。
雪音が僕の前に現れたことの、本当の理由を。
学校へ着くと、僕はいつもの教室へと向かう。
その日は、昼過ぎから雨になっていた。
午前中は授業を休んだが、午後の授業には行こうと思っていた。
午後は、美香といっしょの授業だったからだ。
どんな理由があっても、僕はこの授業だけは休んだことが無かった。
美香に会える貴重な時間だけは、どんなに体調が悪くても、どんなに他の授業の課題に追われていても、絶対に逃したくないのだ。
「へー、ここが学校かぁ」
雪音が珍しそうに校舎を見回している。
「ホントに見たことないの?」
「だってホラ、雪女だし」
「何だか分かったような分からないような……」
授業が始まるにはまだ時間がある。
僕は、まだ学生もあまりいないであろう教室のドアに手をかけた。
「……だってさ」
声が聞こえる。
もう、誰かいるのだろうか。
「びっくりしたよ。美香がムキになって小泉をかばうからさ」
聞き覚えのある声。
美香と仲のいい、明日美の声だ。
僕はほとんど話をしたことは無いが、明日美もいっしょにスキーに来ていた。
「もしかして美香があの小泉に気があるんじゃないか、ってみんなで言ってたんだよ」
「まさか、誰があんな冴えない男。でもさ、これでまた次回も、彼に荷物持ち頼めるんじゃないかな」
明日美と話している相手の声を、僕は知っていた。
「なるほどねー、そうやって男を手玉に取るんだ。美人って得だねー。それにしても怖いなー、美香」
僕はドアノブに手をかけたまま、ただその場に立ち尽くしたまま動くことができない。
「どうしたの? 入らないの?」
怪訝そうに訊ねる雪音の声にも、僕は何も答えることができなかった。
「そんな、人聞き悪いこと言わないでよ。私はただ、七海くんが責められてるのをかばってあげただけよ。それで七海くんがどんな誤解をして、また快く荷物持ちを買って出てくれても、私には何の罪も無いじゃない」
「うわー、ひどい女。悪女ってこういう人のことを言うんだね、きっと」
嘘……だろ……。
美香……。
「ねぇ? ねぇってば!」
「誰かいるの?」
雪音の声に振り向いた美香と、僕ははっきりと目が合った。
「な、七海くん、もう大丈夫なの?」
突然いつもの笑顔に戻った美香にも、僕はもう、僕の憧れた美香の面影を見出すことはできなかった。
「美香……」
「い、今ね、明日美と心配してたんだよ。早く元気になって、またみんなでスキー行きたいね、って」
「もう、いい……」
「あっ、七海!」
僕は、何も考えずにその場から走り出した。
美香を攻める気持ちも、恨む気持ちも無かった。
ただ、その場にいる自分が、惨めで仕方なかった。
──私、星野美香、よろしくね。
──七海くんか、女の子みたいな名前だね。
──がんばってね、七海くん。
美香と出会ってからの日々が、まるで死ぬ直前のように、頭の中を駆け巡っていた。
ただ美香に憧れ、美香の後ろ姿を追いかけていた日々。
けれどそんなもの、全て僕が勝手に夢見ていた幻想に過ぎなかったんだ。
僕は、一体何に憧れて、何を追いかけていたんだろう。
無我夢中で走り続けた僕は、誰もいない教室に駆け込んだ。
──まさか、誰があんな冴えない男。
信じられなかった。
信じたくなかった。
入学してから、美香のことばかり考えて生きてきた。
どんなにつまらない授業も、美香と会えるなら楽しくて仕方無かった。
それなのに……。
「……そんなに悲しい?」
振り返ると、教室の入り口に雪音が立っていた。
憐れむような目で、僕を見つめている。
「七海、どうしてそんなに悲しいの?」
「……僕は、ずっと独りだった。美香といっしょにいても、美香の周りにはいつもたくさんの友達がいて、僕はどこか、その人たちに埋もれている気分だった……」
「うん……」
「だけど……それでも幸せだった。美香のそばにいられるなら、ただそれだけで良かった。他の人にどんなに馬鹿にされても、笑われても、僕はただ美香だけを見つめて生きてきた。それなのに……。僕は、これでもう、本当に独りぼっちなんだ……」
また、涙が溢れてきた。
僕は雪音に見られないように、窓の外を向いた。
雨が、一段と強くなってきていた。
「……私にも分かるよ」
「え?」
「一人きり、誰にも理解してもらえないことが、どれだけ辛いか」
「……君は雪女だって言ってたじゃないか。雪女なんかに、人間の孤独なんて分かるのかよ」
自分は雪女だなんて人をからかっておきながら、僕の気持ちが分かるなんて言う彼女に腹が立った。
「……そうだね」
けれど、悲しそうに笑う雪音の顔を見て、彼女をそんな表情に変える言葉をぶつけてしまった自分が、ひどく情けなかった。
こんなの、ただの八つ当たりじゃないか。
「雪女なんて、一人で生まれて、一人で生きて。春が来れば、もう消えてしまうの。だから、一人になることが淋しいなんて気持ち、知らずに消えてゆくのかもしれない。だけど……」
雪音は、優しく微笑みながら言った。
「彼女を好きになった時間を、これからも大切にしていけばいいんじゃないかな」
「好きになった……時間……?」
「七海は彼女のことを精一杯好きだった。それなら、これから振り返ったときも、その気持ちをきっと悔やむ必要なんて無いよ」
雪音の目は、何かを懐かしく思い出しているようだった。
「生きている時間なんて、本当は人を好きになるには短すぎるんだと思う。だから、せめてその短い時間をどれだけ大切に過ごせるかで、その気持ちの価値は決まってくるんじゃないかな」
「気持ちの……価値……」
なぜ、雪音は僕の目の前に現れたんだろう。
彼女が雪女かどうかではなく、ただ彼女の存在そのものに、何か不思議なものを感じていた。
「あーあ、それにしてもひどい雨だねぇ」
窓の外を見ながら、雪音は呆れたように漏らす。
「そういえば、今日はクリスマスなのに」
「クリスマス?」
「なんだ、ホントに世間知らずなんだな。せめて雪なら良かったのになぁ」
「どうして? クリスマスと雪が関係あるの?」
「いや、何て言うか、クリスマスに雪が降ってるとさ、なんかロマンチックだろ? まぁ、僕には関係無いけど……」
「そうなの? ふーん……」
何だ?
雪音は、何か思いついたように笑っている。
「どうしたの?」
僕の問いかけに答えず、ただ無言で頷いたあと、雪音は窓の外の空に向かって両手を広げた。
「……? え、……えええぇぇっっっ!?」
すると、土砂降りだった雨が、見る見るうちに真っ白な雪に変わってゆく。
「へへへ、どう?」
僕は、思わず窓を開けて外に手を伸ばした。
「雪だ……」
その冷たく真っ白な結晶は、僕の手の中で一瞬にして溶けてゆく。
手の平に降り注ぐ雪と、雪音の顔を交互に見比べながら、僕は必死で状況を理解しようと試みる。
どんな論理を辿っても、僕の思考はあり得ない結論に行き着いた。
「じゃあ、君はホントに……雪女!?」
「だから最初から言ってるじゃない、疑り深いなぁ。もっと人を信じることを覚えたほうがいいよ? ……よし、行こっか!」
突然、雪音は僕の手をとり、もう片方の手を窓枠にかけた。
「え? 行くってどこへ? ここは三階……う、うわああああっっ!」
何を考えているのか、雪音はそのまま僕を道連れに、窓の外に飛び出した。
雪音に引きずり出され、僕は三階の高さから落下する恐怖で思わず目を閉じた。
「う、うわああああああっっっっっ!」
落ちたら、きっとひとたまりもない。
いや、三階という中途半端な高さは一思いに死なせてはくれず、激痛にのたうち回りながら最期のときを待つことになるのではないか。
頭の中で、一瞬でいろんな考えを巡らせながら、僕はその時を待った。
「……あれ?」
しかし、いくら待っても、想像していた激痛は訪れない。
僕は、そっと目を開けた。
「あ……!」
何が起きているのか分からなかった。
雪音に手をとられた僕は、地面に落下するどころか、もっと高い空へと舞い上がっていた。
「飛んでる!?」
雪音を見ると、悪戯っぽく笑いながら、僕の手を握りしめていた。
「おい! 何だあれ!」
「人じゃないのか!?」
キャンパスに集まった学生たちが、僕たちのほうを指差しながら騒いでいる。
よく見ると、その中に美香の姿もあった。
「ねぇ! あれ、小泉じゃないの!?」
いっしょにいる明日美が僕に気付いた。
「な、七海くん……!」
美香は、信じられないといった様子で僕を眺めていた。
「よーし、このまま街へ繰り出そーう!」
「わ、ちょっと、あんまりスピード出さないで……」
僕は雪音に導かれるがまま、雪の降る空を飛び続けた。
真冬の凍り付きそうな冷たい風を体中に浴びながら、それでもなぜか、僕の心は熱く高揚していた。
「うー! 寒いけど気持ちいいねー!」
「雪女が空を飛ぶなんて、聞いたことないよ!」
「何言ってるのよ。そもそも雪女に会ったのも初めてでしょ?」
「そ、そうだけど」
「あ! 見て! すごくキレイな木!」
雪音が指差す方角を見ると、街の中心地に作られた巨大なクリスマスツリーがそびえ立っていた。
「ああ、クリスマスツリーだろ」
「え? 何て?」
「クリスマスツリー! 知らないの?」
「へぇ、すごいなぁ。木が光るんだぁ」
「人間が空飛んでることのほうがよっぽどすごいと思うんだけど……」
僕らは、そのツリーのてっぺんに取り付けられた星形のオーナメントに腰掛けた。
見た目より頑丈に作られたクリスマスツリーは、僕ら二人が座るのに十分な強度があった。
「すごい! こんな風に街を見下ろしたの、生まれて初めてだよ!」
いつの間にか僕も、まるで子どものように興奮していた。
「きっとこの街にも、たくさんの人がいて、たくさんの出逢いと別れがあるんだよ」
雪音は、静かに呟いた。
彼女が不意に見せる淋しそうな表情に、僕はついドキッとしてしまう。
「出逢いと別れ、か……」
そんなこと、考えたことも無かった。
僕にとって、生きることなんて毎日同じような退屈と平凡の繰り返しだったからだ。
「あのさ、雪音」
雪音は、気持ちよさそうに足を揺らしながら振り向く。
「何?」
「君は、ホントに雪女なの?」
「ちょっとー。まだ信じられないの? しつこいなぁ」
そうは言っても、普通ならこれだけ常識外れのことを主張し続けるほうがしつこいと思われそうなものだ。
「だってさ、雪女って言ったら、雪山で迷い込んだ人を凍死させるとか……」
「だから、それは人間が勝手に思い込んでる作り話でしょ? 七海、私に助けられたの忘れたの?」
「いや、そうじゃないけど」
「私はね、人を殺したりもしないし、温かいところでも生きていけるの。むしろ、温かいコタツが大好き」
「……やっぱり変だ」
僕は思わず頭を抱えた。
「ねぇ、七海?」
「え?」
「彼女のこと、まだ好き?」
「美香のこと?」
雪音は、無言で頷いた。
僕はしばらく黙り込んだまま、すっかり冷えてしまった胸の中に、どれだけ美香への気持ちが残っているのかを確かめてみる。
「分からないよ、あんな風に言われたばかりだし……。けれど、前みたいな感情は、もう無いかな……。何て言うか、人を好きになること自体、自信が無くなってきたよ」
「……あのね、七海」
雪音は、優しさと淋しさとが同居したような声で言った。
「誰かを愛せない人を愛してくれる人なんて、いないんじゃないかな」
「愛せない人を、愛してくれる人……?」
「そう。誰かに愛されたいと望むときは、自分が本気で相手を愛さなきゃいけないんだよ。たとえ、その想いが簡単には届かなくても。……なんて、ある人の受け売りの言葉だけどね」
一つ一つの言葉を大切そうに口にしながら、雪音は楽しそうに微笑んでいた。
「雪音……」
男が途切れない女、女が途切れない男、という人たちがいる。
恋人と別れても、すぐにまた他の人を好きになれる人を、僕はどこか軽蔑して生きてきた。
誰かへの想いを、そんな簡単に断ち切れるわけがない、と。
どうしてだろう。
美香に失恋したばかりなのに、隣で優しく微笑む雪音に、僕は少しずつ惹かれているような気がした。
静かに降り始めた雪がやがて大地を覆っていくように、雪音は、僕の心を優しく包み始めていた。
これから僕たちを待ち受ける、あまりにも大きすぎる季節にも気付かず。
いつまでも、こうしていっしょにいられるんじゃないか。
なぜだか僕は、そう、信じていた。
「さてと、じゃあ、そろそろ帰ろっか」
雪音は、肩や髪にかかった雪を払いながら立ち上がった。
雪女が雪を払うって、やっぱり何かおかしい気がするんだけど。
「うん。……っていうか、君どこに帰るの? 山?」
「うーん、山まで毎日帰るのも遠いしなぁ。七海の家に泊めてよ」
「ば、馬鹿言うなよ! そんなことできるわけ……!」
「そっかー、そうだよね」
……ちょっと、残念。
「じゃあその辺の公園にでも寝泊まりするかな。まだ人間の世界、見てみたいし」
「いや、いくらなんでも女の子が一人で公園で寝てるのはマズイだろ」
「じゃあ、どこに行けばいいか考えてよ」
困ったなぁ……。
「しょうがないな。断られるかもしれないけど、期待せずに付いてきてよ」
「ホント?」
僕は、一人だけ思い当たる友達がいた。
「あ、あっちのほうに飛んでくれる?」
「……付いて来いって行ったクセに」
雪音といっしょに、今度はあまり目立たないように、いつの間にかすっかり暗くなった夜空を飛んでゆく。
「明日から、色々付き合ってもらうからね」
「付き合うってどこに?」
「だから色々。行ってみたいところ、たくさんあるんだ」
「例えば?」
「そうだなぁ、明日までに考えとく」
「……あはは」
「何?」
「いや、なんか面白いね、雪音って」
「どこが?」
「さあ、何となく」
「変?」
「そうじゃないけど……。あ、あそこの家だよ」
僕らは、一軒のアパートの前に降り立った。
ポストの名前を一件ずつ確かめてゆく。
「えーっと……。あ、あった、205号室か」
僕は雪音を促して、積もった雪に滑らないように注意しながら奥の階段を二階へと上がった。
「ちょっとここで待ってて」
目的の部屋の前に立ち、チャイムを押す。
部屋の中で、ピンポーンという音と、それに答える女の子の声が聞こえる。
しばらくすると、玄関のドアが開いた。
「あ、七海くん。どうしたの急に?」
「ごめん、遥美。こんな時間に……。実は、お願いがあるんだ」
遥美は、小学校時代からの幼馴染みだった。
実家が近かったことも会って、小さい頃、僕らはよくいっしょに遊んでいた。
優しく面倒見の良い遥美は、友達の少なかった僕にも、分け隔て無く接してくれた。
僕にとって、遥美は同級生というより、お姉さんのような存在だった気がする。
地元の高校を卒業した後、東京の女子大の文学部に通っている今も、時々こうして会って、お互いの近況や悩みを語り合っていた。
と言うより、本当は、僕の方が一方的に悩みを聞いてもらっていただけなのかも知れないけれど。
「お願いって?」
僕は、雪音を遥美の前に差し出した。
「この子を、しばらく泊めてあげてくれないか?」
「え?」
遥美は驚いて、雪音の顔を見つめる。
「七海くん、まさか……」
少し部屋の奥へ後ずさりしそうになる遥美を慌てて引き留める。
「ち、違うよ何て言うか、その……いろいろ事情があって」
「初めまして! 私、雪音っていう雪女なんだけど、ちょっとワケがあって街に降りてきたんだ」
いきなり正体を明かしてしまった。
「雪女……?」
「いや、その、あれだよ。雪国から来た女っていうか、決して人体に害は無いから……」
「何それー。人をバイ菌みたいに」
ふてくされる雪音を見ながら、遥美は笑い出した。
「あはは、何だかよく分からないけど、ワケありみたいね。七海くんの友達なら、悪い子じゃないだろうし。少しくらいならいいわよ」
「ホントに? ありがとう、遥美!」
僕は雪音の襟を掴んで耳打ちした。
「いいか、間違っても遥美を凍り漬けにしたり、凍死させたりするなよ!」
「ちょっと、何よ人を妖怪みたいに!」
「妖怪だろ雪女なんだから! いいか? 絶対に迷惑かけるんじゃないぞ!」
「分かってるわよ、もう!」
雪音は、ふてくされて頬を膨らませた。
全く、リアクションだけはどこまでも人間的だ。
何はともあれ、これで雪音を寒空の下に放り出さずに済みそうだ。
……雪女のクセに寒がりってのも未だに納得できないけど……。
雪音を遥美に預け、僕は家路を急いだ。
空を飛び続けたせいか、だいぶ体が冷えてしまった。
けれど、なぜか心は、不思議な温かさを感じていた。
空を見上げると、いつの間にか止んだ雪に代わって、いくつかの星が姿を現していた。
冬独特のその微かな白い光は、まるで、いつも俯いて生きてきた僕の足もとを照らしてくれているようだった。