14
「うっ……」
頬を打つ雪の冷たさに、僕は目を覚ました。
「ここは……」
残された力を振り絞って立ち上がる。
この世界に、まだ生き残っている命があるのだろうかと思うくらいに寒く、冷たい感触だった。
寒さはやがて痛みに変わり、僕の体と心を蝕み始める。
「雪音!」
雪音の名前を叫びながら、僕は吹雪の中を歩き続けた。
今までに経験したことの無いくらいの吹雪だ。
それでも、まったく生き物の気配のしない雪山では、吹雪や冷気や静寂はむしろこの空間に当然のように溶け込んでいて、ただ僕だけが、この場所から拒絶されているような気がした。
凍えた体は、今にもまた動かなくなってしまいそうだ。
それでもいい。
心のどこかで、ずっとそう思っていた。
雪山になんて来なければ。
もっと早く引き返していれば。
そんなことは、少しも思わなかった。
雪音に会うことさえできるなら、引き換えにするために惜しむようなものなど僕には何も無い。
今この雪原のどこかにいるであろう雪音の姿を、僕は思い描いてみる。
どうしてだろう。
僕の心の中の雪音は、独りきりで、ずっと泣いていた。
雪音の泣いている姿なんて見たことが無いのに、なぜか雪音は、ただ独りきりで泣き続けていた。
こんなにも深い悲しみを、僕は生まれてから今まで感じたことが無かったように思う。
自分自身の悲しみよりも、自分のことのように感じてしまうくらいに大切な誰かの悲しみのほうがずっと辛いんだということを知ってしまった気がした。
さっきまで見ていた雪音の過去を思い出してみる。
あれが、雪音の子供時代。
いや、生まれ変わる前、と言うべきだろうか。
いつもマイペースで、明るく笑っていた雪音に、こんな過去があったなんて。
あの笑顔の裏に隠していた悲しみが、ひどく愛おしく思えた。
──私にも分かるよ……。一人きり、誰にも理解してもらえないことが、どれだけ辛いか。
いつか雪音が口にした言葉。
本当は、僕よりもずっと孤独だったはずの雪音。
あの時の僕に、その孤独を受け止められるだけの力があればと、深い後悔に苛まれた。
──生きている時間なんて、本当は人を好きになるには短すぎるんだと思う。だから、せめてその短い時間をどれだけ大切に過ごせるかで、その気持ちの価値は決まってくるんじゃないかな。
それなのに、雪音は僕を孤独から解き放ってくれていた。
僕よりもずっと短い命を生きている雪音が、これまで出逢ったどんな女性よりも、強く輝いて見えた。
同時に、その輝きの理由が、雪音の過去に潜む闇にあったという現実が、僕をたまらなく悲しくさせた。
「雪音……」
僕はずっと、これは雪音の記憶だと思っていた。
雪音の意志が、僕に自分の記憶を見せているのだと。
でも、そうではなかったんだ。
ようやく分かった。
「あれは……」
どれくらい歩き続けただろう。
目の前に、一軒の山小屋が現れた。
雪音はここにいる。
僕には、なぜだかそう分かった。
雪音があの日、この雪山で遭難していた僕を連れてきたのは、この場所だったんだ。
小屋の扉にかけた手が震えている。
たった一人この場所に帰ってきた雪音に、どんな言葉をかけたらいいのか、分からなくなった。
もどかしくて込み上げてくる涙を、ただひたすらに堪えていた。
けれど例え何があっても、僕は雪音を連れて帰らなくてはいけないんだ。
僕は、ゆっくりとその扉を開けた。