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「お父さん! お父さん、来て!」
雪音の声を聞き、八雲は薪をくべていた手を止めて外へ出た。
「どうした?」
「大変なの! いっしょに森に来て!」
必死で急かす雪音に引っ張られ、八雲は森へと向かった。
「ほら! あれ!」
「一体どうしたんだ。……これは……!」
雪音の指差す方を見ると、一匹の子狐が、誰かの仕掛けた罠に足を挟まれてうずくまっている。
「この間の子だよ! ねぇ! かわいそうだよ! 助けてあげて!」
「よ、よし! 待ってろ!」
八雲は、慌てて子狐の足に噛み付いた罠を外す。
「これはひどい……。誰がこんなことを……」
罠を外された足は、真っ赤な血が流れ出し、うっすらと骨まで見えていた。
「大丈夫? 痛い?」
雪音は、まるで自分のことのように辛そうな顔で子狐を励ます。
けれど子狐は、ただ声にならないほどか弱い鳴き声を上げて苦しむだけだった。
「かわいそうだが……。これではもう、手のつけようがない……」
「そんな!」
雪音の目には、涙が溢れていた。
「この足では、もう治るどころか、痛みに苦しみ続けるだけだ。いっそ一思いに楽にしてあげたほうが……」
「嫌だよ! どうして! こんなに痛がってるのに! こんなに辛そうなのに!」
「雪音……」
八雲は、かける言葉を探しながら、雪音の涙を拭いてやった。
ただ、こんなにも純粋な雪音の優しさに応えてあげられない自分の非力さが恨めしかった。
「いいかい雪音? 生き物は、必ずいつか死ぬ日が来るんだ。かわいそうに、このキツネはそれが、他の子たちより早く来てしまったんだよ」
「嫌だよ……。私が治すもん……」
「無茶を言うな、雪音」
雪音は、涙をこぼしながら子狐の足に手を触れる。
八雲は、目を強く閉じて再び開いた。
初めは見間違いかと思ったが、雪音が手を触れた子狐の足が、淡い光を放っているのがはっきりと見て取れた。
「これは……」
すると、さっきまで骨が見えそうだった子狐の足が見る見るうちに周囲の肌の色に戻り、さらには毛皮も元のように生えてきた。
今まで苦しそうに悶えていた子狐は、何事も無かったかのように立ち上がると、嬉しそうに雪音に足元に頬ずりをしてきた。
「もう痛くない? 大丈夫?」
子狐は、雪音に答えるかのように体を擦り寄せてくる。
「そっか、もう大丈夫なんだね! あはは、くすぐったいよ!」
無邪気に笑う雪音の姿を見ながら、八雲は呆然としていた。
そうか。
ずっと忘れていたが、この子は雪女の子供だったのだ。
この子には、何か不思議な力があるらしい。
「お父さん、もう痛くないって! 良かったね!」
「ああ……」
その時、八雲ははっとした。
「雪音。今、何と……?」
「何?」
「お父さん、って言ったか……?」
「あ……」
雪音自身、初めて気が付いたという顔をしている。
八雲は、ほっとした顔で雪音を抱きしめた。
「……ありがとう」
ようやく分かった。
大事なのは、雪音が人間かどうかなんてことじゃない。
ずっと自分がこの子を守っていこう。
八雲は、そう胸に誓った。