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桜吹雪のシュプール  作者: 七咲ひろむ
11/24

10

八雲に拾われた雪音は始めこそ母親を恋しがっているのか、いつも淋しそうな顔をしていたが、徐々に八雲との生活に打ち解けていった。


毎日、八雲が薪を拾いに出かければいっしょに森へ行き、時には村の子供たちとも遊ぶようになった。


「あ、ほら雪音、見てごらん。キツネがいるよ」


ある日、雪音は八雲といっしょに森を歩いていた。


「あーっ! かわいいー!」


嬉しそうにはしゃぐ雪音の元に、キツネは恐る恐る近付いてきた。


「おいでおいで。よしよし。どこから来たの?」


雪音は、その子狐の顔を覗き込みながら話しかける。


「珍しいな、キツネがこんなにすぐ人間に近付いて来るなんて」


「そうなの?」


「ああ。山の動物たちは恐がりだからな。きっと、雪音には動物に好かれる不思議な力があるんだろう」


八雲にそう言われた雪音は、誇らしげに子狐に笑いかけた。


やがて、子狐は名残惜しそうに山へと帰って行った。


「またねー!」


「さぁ、僕らも帰ろうか。夕飯の支度をしないと」


八雲は、雪音の手をとって歩き出す。


「ねぇ、あの木、すっごく大きいね」


帰りの道中にあった大きな木を指差して雪音が言った。


「ああ、あれは桜の木だよ」


「さくら?」


「ああ。春になるとね、あの木いっぱいに、きれいな薄紅色の花が咲くんだ」


「へぇ~。楽しみだなぁ」


「僕も小さい頃、死んだ母さんといっしょに、よくこの桜を見ながら歩いてたんだ」


八雲は、目を細めながら桜の木を見つめていた。


「よし。春になったら、いっしょに見に来よう」


「うん!」


これが、父親の幸せというものなのだろうか。


嬉しそうに微笑む雪音の姿を見ながら、八雲はそう感じていた。


「雪音ちゃーん! 遊ぼーう!」


振り返ると、道の向こうから数人の子供が手を振っている。


「あ! 今行くよー!」


「雪音、夕飯までには帰ってくるんだよ」


「はーい」


子供たちの元へ駆けてゆく雪音の姿を見届けると、八雲は先に家路へとついた。



雪音の子供時代の記憶。


これは、雪音の意志が僕に見せているのだろうか。


感覚を失いそうになるくらいに凍り付いた意識の中で、なぜか雪音の記憶だけが鮮明に僕の脳裏に浮かび上がってくる。



──桜、見てみたいんだ。



僕は、いつか雪音が言っていた言葉を思い出した。


雪音が桜を見たがっていた理由が、ようやく分かった気がした。


けれど、それならどうして……。



──一度も見たこと無いんだ、桜の花。



幸せそうな2人の姿を見つめながら、なぜか僕の心は、得体の知れない不安に包まれていた。

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