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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妄想が現実になったらあなたはどうしますか

作者: 妄想めてお


※※※※※


 ――赤信号。

 横断歩道の前で拓也は道路を挟んだ先にいる人物に目を奪われていた。

 高槻ひかり。高校のクラスメイトで美術部所属。あまり目立つ事はないが、物静かな雰囲気と整った顔立ちで彼女に気を寄せている人も少なくない。拓也もその中の一人だ。

 教室では空気のような存在と化している拓也はもちろん一度も話した事がない。それでも視線はいつも彼女を探していた。


 そんな彼女がいつもの見慣れた制服ではなく私服を着ている。これは目が奪われてしまうのは当然の事だった。白のタートルネックに茶色のカーディガン、黒のロングスカートで普段の彼女よりも少し大人びた雰囲気があった。


 ――青信号。

 彼女に見惚れていた拓也は、周りの人が動き出した事で信号機の色が変わっている事に気がつく。カッコウの鳴き声に急かされるようにして少し遅れて横断歩道を渡り始めた。


 近づく彼女との距離。無意識にゆっくりと横断歩道を歩く。少しでも彼女を近くで見ていたいから。近くになればなるほど、拓也の思考は慌ただしくなっていく。


 (クラスメイトに偶然出会ったら挨拶くらいするよな)


 (彼女がもし僕の事を知らなかったら立ち直れないかもしれない)


 (いきなり声をかけたら不審者みたいだろうか)


 そんな葛藤が頭の中で回っている拓也と、高槻ひかりは何事もなく横断歩道の中央辺りですれ違う。そもそも彼女は拓也の事に気が付いていないようだ。拓也も拓也で声をかける度胸があるのであれば高校でも、知り合い程度に話せていただろう。


 自分の不甲斐なさに落ち込みながら拓也は横断歩道を渡る歩みを速める。渡り終える直前に名残惜しくなり後ろを振り返る。


「え?」


 その光景に思わず声が漏れる。彼女は横断歩道の中央でしゃがみ込み、散らばった何かを懸命に広い集めているようだ。よく見ると彼女の持っていた紙袋の取ってが取れてしまい中身が散らばってしまっていた。


 ――点滅。

 彼女は散乱した物を拾うのに必死で、信号機が点滅している事に気が付いていないようだった。思わず、拓也は彼女の元へ横断歩道を引き返す。


 ――赤信号。

 拓也が彼女の元に辿り着く前に信号機が赤く点灯する。その時クラクションが鳴り響き、彼女は顔を上げ自分の置かれた状況に気づくが焦りからか立ち上がるのにもたついていた。


 先ほどのクラクションは青信号に変わったのに動かない大型トラックの後ろの車からだったようで、トラックの運転手は慌てて急発進させようとしていた。それを見る拓也の目に留まったのは左折を知らせるウインカーだ。進行方向に視線を向けると高槻ひかりはまだしゃがみ込んでいる。


 大型トラックはしゃがみ混んでいる彼女に気づいた様子はない。拓也は彼女に向かって走り出した。


「あぶない!」


 先程までの葛藤が嘘の様に、ただ助けたい一心で彼女を突き飛ばす。スローモーションのように驚いた顔に変わる彼女を見た瞬間――。

 強い衝撃と共に拓也の意識は刈り取られた。


 拓也は全身の痛みに目を覚ます。身体が動かない為、視線を動かすとここは病院のようだ。怪我の状態が気になったがそれよりも先に意識が横に向いた。ベッドの隣の椅子に高槻ひかりが今にも泣きそうな顔で座っていたからだ。


「高槻……さん?」


「拓也君……私……」


※※※※※


 授業が終わったチャイムの音で妄想から引き戻される。世界史の授業の殆どを妄想に費やした拓也は使わなかった筆記用具を机の中にしまうと、自然と視線が彼女に向かっていた。妄想をしていたせいか余計と彼女の事が気になってしまう。


 今日は二学期の最終日という事で学校全体が浮かれている。終業式の日くらい通常の授業はしなくてもいいだろうと思っている生徒も多かった様で、授業が終わった開放感からか午後からの予定について会話が弾んでいるようだ。拓也はそんな周りの声を聴きながらいつものように机に突っ伏した。


 体育館で終業式があったが眠気と戦っていた拓也はほとんど記憶がない。その後も教室で担任からの夏季休暇中の注意事項を聞き流していると解散となった。


 これから予定があるのか鞄を持って急いで教室を出て行くクラスメイト。仲の良い人の机に集まりなかなか帰ろうとしないグループ。拓也の耳は後ろの席で集まる女子生徒達に集中する。高槻ひかりは部活のメンバーで買い物に行くらしい。いつまでも聞き耳を立てているのはおかしいので拓也は席を立つとそのまま帰路についた。



 夏季休暇中の予定が特にない拓也ではあったが、明日から休みという事で柄にもなく少し浮かれていたのかもしれない。急に冒険心が出てきてしまい普段利用している一つ前の駅で降りる事にした。

 駅から出ると家がある方向に線路沿いの道を進む。これから始まるちょっとした冒険に心が躍る。そんな気持ちも肌を焦がす日光と、服が肌に張り付く不快感にすぐに後悔が勝った。


 今更電車に乗りなおすのも負けたような気がしてそのまま寂れた道を進む。アスファルトが所々剥がれて雑草が顔を出している農業用の道路である。線路を隔てるフェンスは青々とした蔦が絡まっている。煩い蝉の声が夏感を強調してくるが、青春を謳歌していない拓也にとっては不快感でしかない。


 疲れが出始めた頃、目の前に少し錆び付いた自販機と今にも朽ちてしまいそうな長椅子を見つけた。拓也は助かったとばかりに炭酸飲料を購入して椅子に座り休憩する。

 一息ついて、ふと視線を上げると目の前の電柱に紙が貼られていた。張り紙が気になって確かめてみる。


 ──もし、妄想が現実になったらあなたはどうしますか?


 日焼けして薄汚れた紙に、太字でそう書かれているだけの張り紙。よく見ると端っこには小さく電話番号が書かれてある。宗教の勧誘か詐欺だろうか。いや内容もよくわからないから悪戯なのかもしれない。普通であれば気にも留めなかったかもしれないが、なぜだが拓也はその内容に興味をそそられていた。流石に電話を掛ける事を躊躇して写真を撮るだけに留めた。


 休憩から1時間程歩いてなんとか自宅にたどり着く。冷蔵庫から冷えた麦茶を一気飲みして自分の部屋に向かう。暑さと疲労感で限界だった拓也は力尽きたようにベッドに倒れこむ。


 ──もし、妄想が現実になったらあなたはどうしますか?


 そんな言葉が頭の中をよぎる。何故かどうしても気になって仕方がない。胡散臭い電話番号に電話を掛けるなんてどうかしている。そう思いつつも、何故か携帯電話を取り出してボタンを押していた。


 耳元で流れる呼び出し音。すぐに切ろうかと思ったがあと一回流れたら、五回流れたらと先延ばしをする。呼び出し音が十回流れて流石にもうやめようと耳を離す瞬間。突如呼び出し音が止まる。


 『──アナタの妄想が現実にナリました』


 機械的な音声が流れて電話はすぐに切れた。まだ冷房の効いていない部屋で頭まで布団に包まって震える。



 どれくらい時間が経っただろうか。いつの間にか眠っていた拓也は窓の外を見る。少しだけ日が傾きかけているようだった。小腹が空いた為、冷蔵庫の中を漁るが目ぼしい物がない。母親もまだ帰ってきていないようで夕食まで時間があるみたいだ。


 財布だけ持って拓也は近くのコンビニに向かう。明日から夏休みの為、今日は夜更かししようとお菓子を多めに買おうと拓也は気分よく歩道を歩いていた。容赦のない日光もすこしだけ和らぎ、BGMはミンミンゼミからヒグラシにシフトチェンジしていた。


 コンビニ前の交差点で信号が点滅している。急いで駆け寄るが間に合わなかったようだ。仕方がなく横断歩道の前で待つ。


 ──赤信号。

 横断歩道の前で拓也は道路を挟んだ先にいる人物に目を奪われた。

 高槻ひかりが手提げ袋を両手で重たそうに持って信号待ちをしていた。


 しかも、私服姿である。白のタートルネックに茶色のカーディガン、黒のロングスカートは拓也好みである。もの凄い既視感と違和感を感じる。


 ──青信号。

 既視感の正体を考えていると周りの人が動き出している事で信号機の色が変わった事に気づくのが遅れた。拓也は少し遅れて横断歩道を渡り始める。


 『──アナタの妄想が現実にナリました』


 頭の中で再生される言葉。その瞬間、拓也の頭の中で恐怖を煽る警笛が鳴り響く。確かに妄想した通りの格好で彼女が歩いている。ただの偶然かとも思ったが、この季節にその格好に違和感を覚える。


 彼女とすれ違うが拓也に気づいた様子はなかった。もし、あの電話が本当だとしたら。この後は──。


 後ろで物音がした気がして振り返る。視線の先には彼女の持っていた紙袋の取ってが取れ、美術部で使うであろう絵具などが散乱していた。一瞬、茫然とした様子の彼女であったが急いでしゃがみ込んで散らばった物をかき集めはじめた。


 ──点滅。

 その様子に再度、拓也の頭に警笛が鳴り響く。妄想した通りの展開だ。この後は彼女を助けて──。どんなストーリーが待っているのだろうか。


 ──赤信号。

 点滅する信号機が赤に変わった事に彼女は気がついていない。拓也は彼女を助けるべく一歩踏み出そうとした瞬間。一際大きなクラクションが鳴り響く。

 その直後、急発進する大型のトラックが視線の端に映る。彼女の方向に進むとウインカーが告げていた。


 ──もし、妄想が現実になったらあなたはどうしますか?


 拓也はその場で足が竦んでしまいその場から動けなかった。いや、動かなかった。

 この後の流れを知っているからこそ、咄嗟に動けずに恐怖してしまった。今動けば彼女は助かるが、拓也はあの大型トラックに轢かれるだろう。命は無事かも知れないが轢かれる事を考えるとそれは恐怖でしかなかった。


 彼女にトラックが迫る瞬間。目を閉じてしまう。

 誰かの悲鳴で目を開けると、トラックに踏みつぶされた絵具が色とりどりに広がり、一際目立つの鮮やかな赤が今も広がり続けていた。それはあまりに悲惨で美しく――そう思ってしまった拓也は逃げるようにその場を立ち去った。



 そこからの拓也の記憶はあまりない。いつの間にか自分の部屋で布団に包まっていた。


 ──こんな世界消えてしまえばいいのに。


 そんな妄想をしながら。

誰もがするであろう自己犠牲からのハッピーエンドな妄想。

え?そんな妄想しないですか。そうですか。


ちなみに拓也君は妄想だと喋るのに現実だと一切喋らない。つらいね。

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