ロイド編(8)
男が発していた全てを切り裂くナイフの様な気配は一瞬で消え去り、気が付けば尻尾をワッサワッサと振りまくる大型犬に様変わりしていた。
愛らしい犬種ではなく、決して懐かない野生のシルバーウルフの類だがな。
そして、またもや理解不能な会話が繰り広げられている……
しっかりしろ、俺。
理解しようという無駄な努力は止めて、目の前の事実をそのまま受け入れろ!
「女神様!!」
「またお目にかかれる機会を得られるとは、光栄です。女神様のお導きの通り、この地に参り日々研究に邁進しておりました!」
「顔を上げてくださいませ」
「お会いするのは初めてですので、どなたかと間違えていらっしゃいますわ。私はグレイス・コートネイと申しますの。ほほほ」
おい、誰だこいつは。
演技だとしても酷すぎるな。
それはさておき、会話から察するにこの大型犬も兄上と同類でグレイス嬢に救われた口なのだろう。
薬師で輝く銀髪といえば……
まさかとは思っていたが、あの幻の一族の者で間違いない。
一族揃って非常に美しい銀髪をしていると聞いたことがあるが、本当だったな。
さて、どうするか。
幻の一族と幸運にも対面を果たせたものの、グレイス嬢に明らかに心酔している様子を見て俺は対応を悩んでいた。
「ロイド殿下、お初にお目にかかります。薬師をしておりますカイルと申します。私がお側にいない間グレイス様をお守り頂き、感謝申し上げます」
王族にまでこの言いようとは、もはやグレイス嬢信仰だな。
しかしいくら幻の一族といえど、害虫が纏わり付いては困る。
俺は牽制の意味を込めて、グレイス嬢が既に兄上の特別な存在であることを伝えた。
「……あぁ。次期王太子である兄上の大切な女性を、誰からも守るよう厳命されているからな」
「これからは私がおりますので、ご安心下さい」
全く伝わってないな。
ー結果的に、グレイス嬢がお願いした特効薬の融通は、カイルに一瞬で快諾された。今朝、調合済みの薬を早馬で送り出したから明日には届くだろう。これで一安心だ。
ようやく一つ問題が片付いたが、これでは帰城後もまた忙しくなりそうだ。
グレイス嬢は兄上のこともあるが、女神様の遣いの恩恵は想像以上だ。王城での保護が必須になるだろう。
己の価値など全く、これっぽっちも理解していないようだが。
「お薬が無事に手に入って良かったです」
「グレイス様のためならば、如何様な薬でも作ってみせます!何なりとご命令下さい」
「えぇ!?」
「もしや、手にお持ちのその木苺は女神様の聖なるお力が……?この木苺を使って新薬を作れとの思し召しでしょうか」
「ジャム…………パイ?」
頭痛がするな。
もう自分の役目は終わったとばかりに辺りの木苺を山のように摘んで、ジャムにするかパイで包むか真剣に悩んでいる。
このまま屋敷に帰る気満々だろうな。
カイルは、グレイス嬢を女神様と崇めていたが、どうやら完全なる主従関係のようだ。リードに繋がれた従順な犬だな。
ただし、一瞬垣間見えた目は完全に支配する側だった。高位者なのは間違いない。
となると、我が国に直接的に協力するのは難しいか。
……何とかして、取り込めないだろうか。
「カイル殿、薬を譲って頂き心から感謝する。貴殿のお陰で多くの民の命が救われた」
「十分な謝礼をさせて欲しいのだが、王城まで共に来てもらえないだろうか」
「いえ、謝礼など不要です。全てはグレイス様の御慈悲ですから」
「恐れながら申し上げます。今後はグレイス様のお側で、貴方様をお守りしたいのですが、ご一緒に連れて行っては頂けませんか」
……あっさり取り込めたな。
カイルは恐らく俺と互角程度には強く、護衛能力は申し分ない。だが、近衛騎士となり、この調子でグレイス嬢にべったりでは困る。
俺はカイルに王城敷地内の研究室を用意して、グレイス嬢を適度に補給させつつ働かせることにした。
早く開放してくれオーラ全開のグレイス嬢と、尻尾がうっとおしい大型犬を引き連れての騒々しい帰路に、俺は自分の生きてきた世界を思い返して井の中の蛙だったことを痛感し、大きくため息を吐いた。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!
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