【序章】闇夜に輝く幻想魔術⑤
突如現れた姿。くすんだ金髪にギルド職員の制服。以前見た時より萎んで平になった胸。
若干姿は変わっていたが、昼間にゲノムに絡まれていた受付の少女だった。
「君は? 何故私の名前を······いや、それより、何故ここに?」
「少しそこの男に用事がありまして」
「しかし、いや。何でもない」
彼が聞きたかったのは、複雑な手順を進まなくてはならないこの場所に何故来れたのかと言うこと。
だが彼の困惑を勘違いをした少女から、竦んでしまう程の殺気が迸った。偶然視線が彼女の胸を捉えたからだ。
「······私の胸に文句があるのなら聞きますが?」
「い、いや違うんだ。私はどちらかと言えば小さい方······」
彼の言葉に殺気は霧散し、少女は嬉しそうにうんうんと頷く。
「中々見所がある男です。まあ、分かってはいましたが。······こほん。さっきの私の言葉ですね。クーデターは既に始まっている。という意味ですよ。貴方が徒に命を落とす様な、危険を冒す必要はありません」
「それはどういう······!?」
理解の追いつかない彼を無視し、彼女は牢の壁に手を添える。
「流石の結界魔術です。上の衝撃はこちらには来ないようですね」
「······君さ、ギルドにいた時より饒舌じゃない?」
急に背後から聞こえた声に、リッツは飛び上がる。存在を忘れていた訳では無い。急にその場に現れた様に感じたのだ。
「それはゲノムさんが毎日毎日下らない愚痴を言い続けたからでしょう。やれ誰が無視をしたとか、あそこの串焼きが美味しいとか。本当に美味しかったです」
「ありがとう?」
「ええ、本当にありがとうございます。お陰でスムーズにここまで侵入出来ました。貴方のお陰でこちらに怪我人すら出ないでしょう」
「ちょっとまってくれ、話が理解出来ていない。君は、いや君達は一体なんなんだ!?」
「反乱軍ですよ。貴方々と同じ考えの、民衆で構成された、ね」
「······だが彼は」
この国の民ではない。そんな視線にゲノムはやれやれと首を振る。
「僕は完全に巻き込まれただけだよ。事故でこの近くに飛ばされてね。魔物に襲われた所を助けてくれたんだ。そしたらクーデターに参加しろ。参加しないなら国に突き出すって脅されて」
「ひと目で彼が手配中の幻術師と気づきましたから」
「そこからは丸投げ。こっちの被害を出さない為に障害になる騎士団長を拉致して、王女の替え玉を配置。侵入経路を確保する為、城中の窓を外して全部幻術に替えてーー」
淡々と話を続ける二人の言葉を呆気に取られ聞いていたリッツだったが、聞き逃せない一言に口を挟む。
「ちょ、ちょっと待て。王女の替え玉? では私が見た王女は······!?」
「おそらくその時に見たのは偽物ですね。間一髪でした」
「······よかった」
「お礼は僕にね」
「ありがとう、本当に、ありがとう」
「あ、ゲノムさんは帰っていいわよ」
「························え?」
☆
そこから三人が王城内に戻った頃には、事態は殆ど収束に近づいていた。
反乱軍は大した防具を身に付けていなかったが、代わりに掛けられたのは石の首飾り。ゲノムが金貨に偽装した石ころである。彼は内密にそれを流通させていた。
幻術が込められたそれは身に付けた者の存在を惑わせる効果があるらしく、兵士は見当違いの場所に槍を振り続け、その隙に切りつけられていた。
最初こそ感動していた反乱軍は、最後には幻術のオンオフを切り替え「残像だ」や「どこを見ている」等と余裕を見せていた。
余談だが、ゲノムは反乱軍が誰かは知らない。内通者であるギルド職員の少女から教えられたが、覚える気が無かった。結果、反乱軍では無い人にまで偽装金貨で支払い、通報されていた。
職員の少女は彼らのリーダー的な存在らしく、地上に戻ると的確な指示で敵を追い込んで行く。
リッツも彼女に追従し、華麗な剣技で次々と兵士を切り進む。
遠征から戻り、直ぐに状況を飲み込み加勢に入った騎士団も加わった事で、戦いとも言えない一方的な蹂躙は、朝日を見ること無く終わりを迎えるのであった。
王は執務室で蹲っていた。
見つけたのはリッツ。彼は命乞いに耳を貸すことなく切り捨てた。
その後、王女の部屋で何故か鎖に縛られた騎士団長を発見。
辺りには裸の兵士が横たわる。
その惨状に彼は顔を顰めると、剣を使わず暖炉の火かき棒で心臓を一突き。周りの兵士も切り伏せた。
廊下にに散らばる兵士の屍。
それを見て騎士団副団長は何とも言えない気持ちで血の上を歩く。
不安が渦巻く。
これからどうすればいいのか。誰が上に立つ。王女殿下は何処に。内政はどうする。他国との関係は。指示を仰がなければ。誰から。
込み上げる吐き気はさっき見た光景のせいでは無いだろう。
そんな中、一陣の風が吹く。むせ返る程の血と煙の匂い。
窓枠が無く、ただの穴となった場所の奥に見えるのは、焼けた家。貴族の家だろう。
「はは、気が付かなかったな」
それはいつの間にか無くなっていた窓枠に対してか、それとも。
突然、空から大きな音がした。
「砲弾っ!」
慌てて窓に体を預ける。
外を見渡すと、勝鬨を上げていた反乱軍も空を見上げていた。
敵襲では無いようだ。皆の顔に焦りは無い。
瞬間、空に光が瞬いた。
赤、青、黄、いやもっと。様々な光が空を覆う。光が舞い降りる光景にただただ見とれていた。
北国で稀に見るオーロラと呼ばれる現象によく似ていた。
夜空に浮かぶ星々にも負けない幻想的な光景に皆息を飲む。
「ーーなるほど、幻術、幻想魔術か」
そうして、戦いは本当の終わりを迎えたのであった。
☆
「おお! 綺麗なのです!」
「街を覆う程の魔術。ゲノム、無茶をした」
王国近くの森の前、二人は木の上でスープを飲んでいた。
『あら、私も見たかったわ』
ゲヘナが持つ板から力強い声が聞こえる。
「むぅ、今は無理。でも、改良すれば何とか」
『うふ、期待しているわ』
そろそろ夜が明ける。
皆は一人の青年との再会を予見し、胸を高鳴らせた。




