【序章】闇夜に輝く幻想魔術④
今回はかなり短いです。すいません。
階段を下りた後、ゲノムとリッツは右へ左へ、時には同じ場所を通りながら暗い地下牢を進んでいた。
この場所は複雑な結界が施されており、正しい手順を踏まなくては永遠に迷ってしまうとの事だ。
その割には迷いなく進む彼を不思議に思い尋ねると、この回廊に魔術を施したのは彼だと言う。
「言っただろう、結界魔術は得意だって」
との談。
結界魔術とは、周囲を囲む結界を作り出す事が出来る魔術の様だ。さらに、結界内には様々な条件を付ける事が出来る模様。ゲノムを捕らえたのはその応用だ。
通常複雑な魔術には、相応のデメリットがあるはずなのだが、リッツにそんな様子は見られない。彼は魔術師としても一流の様だ。ゲノムは彼の剣を見た事がないが。
「君は家族がいるかい?」
道中、唐突に彼は口を開く。
「······いるよ」
多少の含みを持たせながらゲノムは答える。
「そっか、羨ましいね。私は一人だから」
「······君にとっては国民が家族なんじゃないの?」
「はは、確かにそうだ。······うん、確かに······」
彼の表情に陰りが見えたのは、篝火のせいでは無いだろう。
「······でもね、私には本当に大切な家族がいたんだ。言ってしまえば、国民より大切なね」
「······騎士団副団長様の言葉とは思えないね」
「それはゴメン。でも事実なんだ。彼女は」
「······」
「君は言ったね、何であんな王に仕えるのかと。確かにそうだ。私はあんな男に仕えている訳では無い!」
「············」
石畳に彼の大声が反響する。無意識か彼の手には剣が握られていて、ギリと軋む。
我に返った彼は立ち止まり、深く息を吐いた。
「······済まない。私が仕えているのは王女殿下だ。彼女は素晴らしい人でね。私の恩人なんだ」
そうして彼は王女との出会いを語り出す。魔物により火の海になった彼の村を救ったのは騎士団を率いた齢一桁であった王女であったこと。同時に騎士団に憧れ入隊を志願したこと。入隊後自分を見て村を救えなかったことを涙ながら謝罪したことを。
「後で知ったんだが、騎士団長は私の村を救いに行こうとはしなかったらしい。何でも、自分を馬鹿にした平民の娘を鞭打ちにしなければならない、とか言う下らない理由でね」
その後は一心不乱に剣と魔術の腕を磨き続ける事で、次の王である彼女を支え、王国を守り続けと誓ったようだ。
「だけど、この国は私の想像以上に腐っていた。······おっと、ここだ」
目的の牢屋は、突然目の前に現れたように見えた。
紋様が刻印された鉄の柵、一枚板の石畳、地下であるため当然窓がない。広さは一般家庭のリビング程だろうか。牢屋としてはかなり広い方だろう。
「ここは凶悪犯罪者が入る特別な牢でね。柵は魔道具になっていてどんな方法でも破壊が出来ないようになっている」
「トイレも布団も無いんだけど」
「言っただろう、凶悪犯罪者が入る牢だって。そんな人物にそんな物は必要ないと排除されてしまったんだ」
「僕この部屋嫌なんだけど」
「我慢してくれ。ーー今夜だけの辛抱だ」
「今夜だけ?」
それはどういう意味かと問おうとするが、ゲノムは口を噤んでしまう。それは、ゲノムを見る彼を瞳が鋭く真剣な物になっていたから。
そこにいたのは騎士団副団長としての優男ではなく、野心に燃える一人の青年。彼は冷たくも力強い声を放つ。
「私は今夜、クーデターを起こす」
「······クーデター?」
ゲノムは思わず聞き返す。
「そう。だから君がここにいるのは今日限りだ」
「仲間は?」
「騎士団は皆仲間さ。だけど直前に全員遠征を言い渡されてね。私だけは辛うじて戻って来れたが、他の皆はこちらに向かっている最中だろう」
「······待てばいいじゃんか」
「そうかもね。でも、止まれないんだ」
「············」
ゲノムは口を閉ざす。
「私が遠征に出る直前にね、兵士から深夜巡回を押し付けられたんだ。そこで、私は許し難いものを見た」
「············まさか」
ゲノムは思い出す。王の言葉を。彼は確か王女の事をーー。
「大勢の兵士に囲まれ、手足を鎖で縛られ······。中に私に夜勤を押し付けた兵士もいた」
「············」
淡々と述べるリッツは静かながら激しい感情を身に纏っていた。
ゲノムは両手で顔を覆っていた。もし自分がその場にいたのなら。そう考えると············。吐き気が込み上げる。
「すぐ様私は寝ていた騎士をたたき起こし、事の旨を伝えた。私の唯ならない様子を見て、出立前夜にも関わらず、皆真剣に話を聞いてくれた。中には知っていても言い出せず、泣き出す者もいたよ。だから私たちは決意した。例えこの命を投げ出してでも王女殿下をお救いすると······!」
言い終わると深い溜息を吐き、真っ直ぐにゲノムを見据えた。その瞳には確固たる意志と、燃えたぎる殺意が感じられた。
「ーーそれには及びませんよ、リッツ」
何やら王都が騒がしい様です。




