目覚める悪魔族と留守番の鬼人族
黒髪の少女はベッドで転がっていた。肩甲骨辺りまで伸びた髪がシーツの上に広がっている。
彼女は右耳の上に手前側に捻れ曲がった角を持つ片角の悪魔族の少女。
少女は目を閉じ何をする訳でもなく、小さな体でただ転がっていた。
「ゲノム〜、喉乾いたぁ」
普段なら何かと世話を焼く男を呼ぶが、今はいない。
一週間以上前に事故でどこかに消えてから、行方が分かっていなかった。
「ゲノムめぇ、どこ行ったぁ〜」
ゴロゴロ、ゴロゴロ。ゴン。
ベッドから落ち、頭を抱える。
至る所に積まれた本が衝撃で崩れる。
「······これもゲノムのせいだぁ」
暫く悶絶していたが、不意にスクッと立ち上がると目をパチリと開く。紅い瞳孔が妖しく光る。
「直接文句言う」
何処からか現れた彼とお揃いのコートを纏い、少女は淡い光と共に夕闇に消えた。
☆
ガンガンと拳が扉を叩く。
扉の前には白いフリルの着いたエプロン姿の乙女が立っていた。
短く揃えられた短髪に、つり上がった瞳、偶に覗かせる八重歯が特徴的の、まるで彫像が現実に現れたかの様な美の化身。
彼女の身につける衣服からは、まるで彼女に着られるのが恐れ多いと言わんばかりに、ミチミチと音を立てていた。
「ゲヘナちゃーん、ご飯よぉ〜」
野太い声が屋敷に響く。
「············あら?」
しかし待てども返事が無く、彼女はぐしゃりとドアノブを捻る。
何かが壊れる音と共に扉を開ける。至る所に積まれた本と、ベッドが一台あるだけの部屋。しかしその部屋に人の気配は無かった。
「お出かけかしら? ······もう、一言言ってくれれば良いのに······」
彼女の頭に一週間前から姿を消した一人の息子が浮かぶ。
我が家の中で唯一の男性。相も変わらず皆から好かれている様だ。
「シロちゃんも彼を追いかけてしまったし、私も迎えに行こうかしら······」
一瞬そんな考えが頭を過ぎるが、彼女はすぐに頭を振る。
「いいえ、ダメよ。アタシは皆の母ゴルゴンディア。子供達が遊びに行っているのだもの。暖かく迎えるのが母の努めよ」
そう言いながら、小さく拳を握りしめる。
「うふふ、早く帰って来るのよ、皆」
そして彼女は誰もいない部屋を出るのであった。
文中の彫像とは、とある寺にある二体の像がモデルです。
心は女性です。